アップルファンが記者をすぐ疑ってかかるのは何故なのか?

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ガジェット紹介記事は微妙なもの。昨秋もラム編集長にZuneファンからこんな史上最強の罵倒のメールが届きましたけど、ほんの少しのネガティブ波長もファンにとっては一大事。「ライバルの○○舐めやがって!」と野次られるのはメーカー問わず、よくあることです。

それにしても始末に負えないのがアップルファンボーイだと、新刊『True Enough』で「Salon」記者兼ブロガーのFarhad Manjoo氏が書いてます(ギズモが書いてるんじゃないですよ)。

本のテーマは「客観性の死」。アメリカでコルベアが9/11の後に流行らせた新語「Truthiness」に代表されるような「信じたいものしか本当と信じない今の風潮」を論じた本ですけど、その中で、ファンボーイの尋常じゃなく狭い世界観の科学的説明も試みているのです。

著者ブログに出た概要によると、WSJモスバーグ記者も2004年、iMac G5絶賛記事の中で、「内蔵カードリーダーがない、メガバイトが足りない」と書いただけでアップルファンから不満のメールが山と届いたそうな。これを名づけてモスバーグ記者は、「へつらい不足のドクトリン(教義)」と呼んでるそうです。不恰好な訳語ですみません。

NYタイムズ紙デイビッド・ポーグ記者も2005年、iPod nano激賞の記事でギガバイト当たりだとiPod Miniより割高、カラーもない、と本当の話をちょびっと書いただけで「ゲイツの○玉舐めやがって」とブーイングが飛んできたそうです。

ところがアップルファンの多くはそれ以上のことを求めてくるようだ。正直な意見はほとんど眼中にない。新聞を広げたら読みたいのは、自分の愛するものに対する宗教に近い自らの熱狂を反映したもの。レビューなんて欲しくない。彼らが欲しいのは聖人伝(hagiography)なのである。

hagiography、ねえ…。

思考停止のコメントが表に出てきてしまうのは「敵意ある報道」が引き金になるそうな。このファンボーイたちの心についてスタンフォード大の心理学者Lee Moss氏はFarhad氏にこんな風に話してます。「反対意見より自分の意見の方により多くの事実的裏づけがあり、よりベターな事実的裏づけがあると思ってるんです。両方に同等のウェイトを置くこと自体バイアスに思えてしまう。まるで不当に平等扱いされたみたいに」

結局愛するものには客観性も公正な批判も要らない、ベストと認めてもらえればそれで、ということなんでしょうね。Farhad氏はこう書いてます。

自分の頭の中のこととページに書かれている内容の間の溝に出くわすと、この受け手は最悪のケースを想定してしまう。そして、ひどい時には記者が誰それの○○を舐めてる、と考えるのだ。

残念ながら直す薬のことは書かれていません。

 

[Machinist via BBG]

matt buchanan(原文/訳:satomi)

 

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