これでいいの? オバマ大統領の就任パーティーに出現したデジカメの海
掲載日時:2009.01.27 13:00
ペンライトみたいでキレイだけど…。
これは、今のアメリカ社会の姿を映しだしている写真かもしれません。これが、オバマ大統領の就任パーティーであろうと、Radioheadのコンサートだろうと、皆デジカメでユニークなショットを撮ることに必死になっています。自分のデジカメに記録を残すことに取りつかれているようですが、それってそんなに価値があるのかな?
これは、最近よく感じることなのですが、人々は何かを実際に目撃しているという事よりも、その瞬間を写真に残すことに興味があるようです。この写真に写っている人たちは、目の前にいる新しいアメリカの大統領夫妻を液晶ディスプレーごしにばっかり見てるんです。
もちろん、彼らは撮った写真をFacebookにアップしたりするんだろうけど、考えてみれば家に帰る頃には100以上の似たような写真や、もっと出来の良い写真がFlickrにあがってるのは明らかなんですよね。きっと、他の人が撮った写真なんか関係なくて、その瞬間に自分も立ち会ったっていうことを証明したり、自分しか撮れなかったベストショットを撮りたいとか、それぞれの想いがあるんだろうけど…。
私は、この就任パーティーには行きませんでしたが、今年の夏にRadioheadのコンサートに行った時に同じ現象が起こりました。私の席はけっこう前列の方だったのに初めの数曲の間は、ほとんど全員がデジカメを頭の上に構えていたので、バンドの姿は辛うじて見える状態でした。彼らは、ショー自体を楽しんでるんじゃなくて、写真を撮ったり、ビデオが手ぶれしないように固定する事に気を留めているように感じられました。
幸いなことに、しばらくすると皆カメラをしまい込み、コンサートに集中してくれました。でも、コンサートが始まったっていう1曲目にかんじるワクワク感や、盛り上がりを最初の数曲の間はカメラの波で台無しにされてしまい、本当にすごい残念。
記念に写真を何枚か撮るのはいいけど、素晴らしい瞬間に立ち会う時にはカメラに気持ちをもってかれちゃうのは、もったいない!個人的には、その場の熱気、言葉、雰囲気を感じて、じっくり味わうのが、生でイベントに参加した時の醍醐味な気がするから。
Adam Frucci(原文/junjun )
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UPDATE : 間違いを修正しました。ご指摘のコメントありがとうございます!
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コメント(7)
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この記事は五木のヒ○シさんも注目しています。たぶん
Flickrのスペルが違いますよ。
日本人よりマシだと思う。 あの秋葉原で起きた無差別殺人事件では一般人が救急車を呼ばずにケータイで被害者の写真を撮ってましたからね。 あの残虐な殺人犯よりも問題だと私は思います。
デジカメならまだマシなんですよ。
例えばコンサートの後に時々あるサイン会、写真を撮りたい気持ちは分かるんですがその撮り方が問題。ケータイのカメラは倍率が低くどうしても腕を相手に突き出して(←ここ重要)写真を撮ってしまいがちです。それは相手にとってとても苦痛で屈辱的なものだと思います。まるで銃を突きつけられてるかのように。
人が情報の早さに追いつけなくなった末の知恵なのか、一瞬のなかに情報の鉱脈を見たいのか、単なるバッファリングなのか...
取りだめしたVideoやDVDを見返しながら「同じようなもんか」と思うwackyでした。
「自分しか撮れない写真か?」と1度考えてから、カメラを持つか決めるようにします!
家に帰り、数時間もしないうちにデジカメの存在を忘れ、撮った事をさらに数時間で忘れ、次使うときにメモリーが一杯で、削除する時に気づく過ち。
「何でこんなの撮ってんだろ」
上にもあるが、日本人のがひどいと思いますよ。
昨年、奈良東大寺のお水取りを見に行ったときに同じ光景を目にしました。
しかも「火=光」を見る行事なのに目の前にあんなに邪魔な光があっちゃたまったもんじゃありません。
それに折角照明や沿道で薄暗い演出をしてくれてるのにあれじゃ台無しです。
日本人の刹那の輝きを愛おしむ気持ちはどこへ行ったのだろう・・・?