『HEAVY RAIN -心の軋むとき-』にゲームと映画の未来を見た

これはPS3もってない方も、知っておくべきゲーム。

ビデオゲームと映画を再考し、「自分で選べるアドベンチャー」というデジタルストーリーの新ジャンルを築いた作品、それが『HEAVY RAIN -心の軋むとき-』です。

完璧と言ってるんじゃないですけどね。本稿はレビューというより新作批評と考えてみてください。まずは物語の始まりから見てみましょう。(若干ネタバレあり)

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『HEAVY RAIN (ヘビーレイン)』の製作元は、フランスの「Quantic Dream」という会社です。ハードコアのゲーマーでもない限り初めて聞く名前かと。この前にも作品はありますが、予算と締切りが苦しかった関係でまとまりを欠くものになってしまいました。それでもソニーは同社に何億円という資金援助を(間接的に)行い、PlayStation独占のIP(知的財産)を作らせた、と考えられています。

なぜか? 彼らのような開発スタジオは世界にもほかに例がないからです。

Quantic Dream社が手掛けるゲームは、ビデオゲームであると同時に映画なんですね。『メタルギアソリッド4』とかスクウェア・エニックスのRPGみたいに、ゲームに合うカットシーンを散りばめたゲームという意味じゃなく。

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『ヘビーレイン』も前作『インディゴ・プロフェシー(英国版:Indigo Prophecy/欧州版:Fahrenheit)』 も、まるで監督が撮影した映画のように物語が進行し、カメラを何台か固定して撮ってるみたいなシーンの中を自分のキャラクターが歩いていくんですね。モーションセンサが微妙な動きを捉えるお陰で窓を飛び越えたり、流しから離れるといった普通の動作にもリアリティが加わってます。

物語は自分が選ぶ言動に応じて筋が変わっていきます。

なので、ゲームで誰かが泣くと、他の映像作品と同じように共感を覚える。その辺が血を流す人が風景を埋める『Grand Theft Auto』との違い。『Heavy Rain』は脚本がメロドラマ風だし、人物の描写もきちんと演技指導したドラマ並みのクオリティーなんでございますよ。

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連続殺人鬼を登場人物4人(デブの私立探偵、若きFBI捜査官、セクシーなカメラマン、傷心の父親)の視点で追う、という設定です。激しいカーチェイス、アクション、どんでん返しも盛り沢山で、寝不足になっちゃうかも。

最初は息子の帰りを待つ父親のシーンで始まります。家の中を歩いていって雑事をこなすパパ。いつでもボタンを押すと、何を考えてるか声に出して言ってくれます。

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『Heavy Rain』は日常の雑事をこなすシーンがほとんどで、プロットに必要なものもあるけど、そうじゃないものもあって、なんだか他の誰かの暮らしを疑似体験する感じですね。30代以上のThe Simsというか。

でもこの髭剃りと料理で学ぶものもあるわけですよ。 ほら、ボタンの組み合わせをマスターしたり、ホールド&リリース、アナログスティックといった妙な操作を覚えたり。これを覚えてないと、パパと家族の身の上に何か起こったとき対処できないので。例えばミルクをパックから飲むときはアナログスティックを釣り針の形に動かすんですけど、これもゆっくりやらないとアウト!で、あんまり速く動かすとリアルタイムのアニメーションで顔にこぼれてしまうんですよ。

髭剃りもそんな調子。

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結局これと同じ動作をやりながらXや四角いボタンをタイミング良く押せるかどうかが、生死の分かれ目になるんです。ゲーム中に死ぬと、その登場人物のストーリーはそれで一巻の終わり。おしまい。サヨウナラ~。

Quantic Dream社が素早いタイミングでボタンを押す操作を使う理由は分かるんです。ゲーマーにキャラクターを本当にコントロールしてるような感覚を味わってもらいたいわけですね。でもこれがやってみると意外と難しい。どんなにタイミングよく操作できる人でも、ランダムなボタンを正しいタイミングで押さなきゃならないと分かってるだけで、ずっとストレスかかるんですよね。

ここに『Heavy Rain』最大の欠陥があります。つまり、自分でコントロールできるようでできない!

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シナリオの結末が幾通りも用意されている、ディテールも何通りも枝分かれしている、というのは物語とゲームの未来に等しく影響を与えることなんだろうな、とは思いますが、こうした決断がゲームのスキルだけじゃなく、Dual Shockそのものの特性によって遮られると急にストーリーは他人事になってしまって、「なんだ、これも架空のキャラしか出てこない他のゲームと一緒だな」って投げやりになってしまうんですね。

僕だって無実の市民に拳銃突きつけて情報を引き出すべきかどうか決めたいし、警察に捕まらずに死体を埋めるベストな方法は何か、女の子にいつどこでキスするか―それぐらい自分で判断したい気持ちは山々なんです。

が、コントローラの振り加減ひとつで生死が決まるキャラが2人いたんですけど、タイミングどんぴしゃ合わせて振ったのに、どっちも殺してしまったんですよ...。

まあ、これでストーリーが終わっても別に構わないですけどね。--人はけっきょく死ぬんだし。それは嫌というぐらいこのゲームで目撃しました。でも選択を左右できるのは面白い反面、X印ひとつミスっただけで大事なヒロイン殺しちゃうなんて...後味悪いです。僕が馬鹿で、殺人鬼が待ってる空き家に行けと彼女に言ったから死んだとか、肉きり包丁じゃなくバナナで闘えと言ったから死んだ、とかならまだ納得できる!

これはほんと大事なポイントですよ。ストーリーの選択で決まる結果がどれぐらいで、スキルで決まる結果がどれぐらいなのか?―今後出てくるこの手のゲームは今以上に良い回答を出す必要があると思います。アナログスティックでブラを外すのも緊張感あります。が、こんなしょうもないミニゲームにしちゃうより、ただ見てる方が楽しいことにみんな気づくんじゃないかな...。

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目の前で全容が明らかになっていくのは、昔と一緒です。単にいくつか選択の幅とリプレイの価値が加わっただけで。

本作品で分かることがあるとするなら、それはテクノロジーが新しいストーリーテリング手法の鍵を開けた、ということでしょう。

ビデオゲームは映画や劇をまね、一直線のプロットにフォーカスしている作品がほとんどです。でも実は観客に物語の一部を作り上げてもらえるという可能性が大いにあるんですよね。「あそこでこうなっていたら...」とフィクションに手を加え、現実の生活にもっと近いものにできる。これは今ある物語のかたちを変えてしまう変化だと思います。

観客は見てるだけじゃなく物語に参加する。そしてフィクションは事実の連続から選択の連続になるんです。人生そのもののように。

ま、批評はこれぐらいにして『Heavy Rain』、絶対やってみるべきですよ! PS3版は先月から日本でも発売中です。メディアの境界が曖昧な作品の醍醐味を10時間たっぷり味わってみてください(キャラごとに別の設定でやり直すともっと長い時間楽しめます)。ゲームやってると「え?本物!?」と思っちゃうレンダリングが何度か出てきますよ(それ以外のシーンもすごくキレいです)。

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あと忘れちゃならないのが、登場人物のひとりがかけてるバーチャルリアリティーのサングラス。めちゃクールです。

Mark Wilson(原文/satomi)