僕と思考、2人になれるのはお風呂の中だけだね

僕と思考、2人になれるのはお風呂の中だけだね 1
Photo by chadmiller
なかなか考えてしまいました。

物思いにふけること最近ありましたか? 自分の思考とじっくり向き合ったのっていつでした? ぼーっとしたのいつでした?

米GIZMODOでネット大好きっ子のDave Pell氏(ブログ:Tweetage Wasteland)が、ガジェットと物思いとシャワーの関係について話してます。

 

僕のお風呂タイムへようこそ。最近ではじっくり考えられるのは、お風呂タイムだけなのです。

先日、友人のAngusとサンフランシスコにあるRitual Cafeにいた時の話。Angusがカフェに知り合いが入ってきたようで、立ち上がって軽く挨拶をしました。Angusが立ち上がって3秒もしないうちに、僕はiPhoneを取り出してTwitterとメールをチェック。よし特に重要なものはないな。チェックするのにかかった時間は2分弱。Angusの知り合いの女性がこちらを向いて自己紹介を僕にしてきました。僕の手の中にはしっかりと握られたiPhone。その時、なんだか急に思ったんです、あー僕いつのまにかあのタイプになってるな、と。

あのタイプ。ガジェットを常にいじる人。もちろん僕だけじゃないはずです。Ritual Cafeに1人で来ている誰もがノートPCやらスマートフォンやらをカチャカチャしてます。いや、むしろ1人でカフェに座っててガジェットいじってない人を見ると、あーiPhoneの電波問題か、もしくはサイコキラーなのかとすら思ってしまうのです。

1人でカフェ...、昔はこんな時間を自分の思考と2人で過ごしていたものです。

自分自身の思考と2人っきりになることはもうほとんどなくなってしまいました。

SNS、調べもの検索、どんどん入ってくるニュースに多種多様なコミュニケーション、どこにいってもそれらを持っていくことができる。スーパーに買い物に行く途中の信号待ちで、ATMでの待ち時間で、トイレで、息子との散歩の途中で、子供のお迎え待ちの車内で、そうまさにどこででも。そして、それは外にいる時間だけに限らずに。最後にコンピューターに向かってなにかクリエイティブなことをしたのはいつだろう、ブログ書いたり、メール書いたり、Photoshopで何か作ったり、それこそ長文の記事を読んだり、そういったことをリアルタイムのネットの動きに気を取られることなくやったのはいつだろう?

はっきり言って、よく覚えてません。かつて自分の思考と2人きりだったはずのあの時に何を考えていたのかよく覚えてません。ただなんとなく、ぼーっと妄想にふけったり徒然なるままに思考が出てきては消えていくそんな時間は創作や精神の健康状態にとって重要な時間なんだと、ただなんとなくそんな気がしています。New York Times紙でもそんな妄想の時間が大切だと書かれています。

調査員達は徒然思考や妄想が実はとても役に立っていると判断。ぼーっと物思いにふけるのは長期的な目標に役に立っている。時に無駄な時間でが、時に創作意欲をかきたて、問題を解決するのに一役かっている。

そう。だからお風呂の時間。ぼーっと物思いにふけって徒然なる思考が自由に生きる最後の場所。思考と2人きりになれる最後の場所。でもこの場所も長くは続かないだろうな、防水性のiPhoneバンパーきっと誰か作るだろうから。


うん、なんか考えてしまいますね。ぼーっとしたり電車の窓から景色をみたりしてた時間についついネットしてしまいますね。自分の思考と2人きりになる時間、確かに減ってますねぇ。作ろうと思わないとなかなか。

というわけで、徒然なる思考くん、今度2人きりになろうね!

Dave Pell(原文/そうこ)