言葉が違えば住んでる世界も違う 言語の奥深さ

言葉が違えば住んでる世界も違う 言語の奥深さ 1

言葉って、ただしゃべるだけじゃないんです。

口から出てくる言葉は、頭の中で考えたことのアウトカムだと考えがちですよね。が、しかし、もしそれが逆ならば? 頭で考えたことを言葉にしているのではなく、話している言葉が脳内思考に大きく影響しているとしたら? どうやら自分が話す言語によって考え方、ひいては世界の見方が変わってくるのだそうです。

The New York Times紙が特集してます。我々はどのように話し手と話す内容を学んでいるのか。言語学者のDeutscher氏が言うには、言葉の真の意味を理解できない(例えば、その言葉・単語を知らないということは、それ自体が何なのかわからない、という状態)というのではなく、言語とは我々に言葉を通じてある考え方をさせようとするものだと言います。

例えば、英語では性文法を使いません。物や場所、人、その他多くのものを男性・女性・中性などにわける文法です。イタリア語やフランス語、スペイン語なんかは性文法ありますね。男性名詞とか女性名詞とかです。スプーンが男性だったり、フォークは女性だったり。これは、性文法を使わない人にとって、あーめんどくさい、という悩みの種をつくってるだけじゃないのです。性文法をしゃべる人たちは英語(日本語)をしゃべる人たちよりも、無意識に世界が性別に彩られて見えるのです。小さいころから無意識に頭のなかで全てのものを性文法で性に分けて考えているわけですからね。

Deustcher氏はさらに、興味深い例、方向をさす言葉を持たない人たちの話をしています。左とか右とかいう言葉がないのです。ということは、左やら右という感覚が存在しないわけです。もし、サッカーボールがコロコロとあなたの横に転がったとします。日本語ならば「左にコロコロ転がったよ!」なんて言うわけです。しかし、アーストラリアのアボリジニー、Guugu Yimithirrを話す人たちは左右ではなく「東にコロコロ転がったよ!」と言います。子供のときから、方向を示す言葉は右左前後ろではなく東西南北で頭にはいっていると、彼らは自然の方向感覚のスペシャリストになるわけです。我々が当たり前のように、自分の右とか後ろ、と言うように彼らもごく自然に東とか南とかの方向で指し示すというわけです。

科学的にみて、言葉と心の交わりはまだまだ解明されていません。まだまだ研究が必要です。

普段何気なくしゃべっている言葉。これによって自分の見える世界に影響与えてるなんて! おしゃべりには嬉しいニュースです。

[NY Times]

Photo by quinn.anya

Sam Biddle(原文/そうこ)