無神経で不謹慎極まりない「原爆ケーキ」の歴史

無神経で不謹慎極まりない「原爆ケーキ」の歴史 1

原爆を落とした側の気持ちってこんなものなのかな?

なんとこちらの写真は1946年11月5日に米陸軍大学(U.S. Army War College)で祝われた「原爆ケーキ」の記念イベントの様子なんですけど、なんか間違ってますよね。第2次世界大戦直後も太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で原爆実験を続けたアメリカは、その成果を盛大に祝って、こういう原爆ケーキでの祝賀会を開いてたそうですよ。

この問題の写真は同年11月7日付のワシントンポスト紙に「ビキニ環礁に敬意を表して」とのタイトルで大きく掲載されましたが、国内の各地からは抗議のコメントも多数寄せられたんだそうです。一部の教会などでは、原爆実験の禁止を求める大々的な抗議運動まで起きたと伝えられており、米国民がすべて原爆ケーキのお祝いを喜んで見守っていたのではなかったという点は、まだ救いなのかもしれませんね...

ちなみにこの原爆の威力に目をつけたフランス人が、自分の考案した斬新な水着デザインに「ビキニ」と命名したのも有名な話ですけど、このネーミングに対する大ブーイングは起きなかったんでしょうかね?

[Conelrad Adjacent]

Cyriaque Lamar(原文/湯木進悟)