アメリカ人とゾンビの切っても切れない関係(動画あり)

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ゾンビなだけに、腐れ縁とでも言いましょうか。

アメリカで今年10月から放映されているホラードラマ『The Walking Dead』が好評を博しています。タイトルが匂わせている通り、このドラマにはゾンビがたくさん出てくるんですが、アメリカ人てなぜゾンビが好きなんでしょう?

 ゾンビ系の作品といえば、新しいところでは『28日後...』とか『ショーン・オブ・ザ・デッド』といったイギリス物もありましたが、もともとはアメリカから生まれてきたようです。

大衆小説の初期の時代から、アメリカではゾンビがよく描かれてきました。古くは1968年公開の映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』とか、最近では2006年発表の小説『World War Z』(ちなみに冒頭の画像は、ダニエル・ルヴィシ氏による『World War Z』のファンアートです)、そして現在絶賛放映中の『The Walking Dead』(原作は2003年から始まった同名のコミック)などがあります。

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Image via Zombies and Toys

ゾンビ・ウォークのイベントが始まった国もアメリカです。数十人、数百人という人がゾンビに扮し、街中を練り歩くのです。このイベントはカナダなど他の国にもあっと言う間に広がりましたが、それでも、アメリカ人がゾンビ大好きだということに変わりありません。その背景には、何があるのでしょう?

・ゾンビと奴隷制度の関係

アメリカにおけるゾンビの伝説は、アフリカの奴隷制度やカリブ地域での植民地主義の影響から生まれてきました。民俗学の専門家によると、ゾンビの発想はハイチにおけるヴードゥーの伝統にまでさかのぼることができるそうです。ハイチでは、亡くなった人が自分自身の影の姿をして戻ってくると言われていたのです。

では、ゾンビがこのような奴隷制時代のアフリカン・カリビアンの神話を抜け出し、肉食のアメリカナイズされた姿でポップカルチャーに登場してくるのはいつでしょう? それはおそらく1920年代初期、ハイチを訪れた白人がヴードゥーについてアメリカにセンセーショナルに伝え、それをH・P・ラヴクラフトのような大衆作家が小説の題材として取り上げたあたりからでしょう。

そしてターニングポイントとなったのは1932年、怪奇スターのベラ・ルゴシが『White Zonbie』(邦題:恐怖城)に登場したときです。この映画では、ハイチの悪徳白人植民地主義者と、彼が所有し、運営は全てゾンビが行っている砂糖工場が描かれます。以下の動画はその一幕で、砂糖プランテーションのオーナーである主人公は他人の婚約者に横恋慕しています。そこでベラ・ルゴシからゾンビ薬をもらって片想いの相手をゾンビ化し、無理やり結婚しようと画策するのです。

このとき、アメリカ映画史上初めてゾンビがスクリーンに登場したのです。この動画を見ると、ゾンビが奴隷労働やアフリカン・カリビアン文化のイメージと結びつけられているのがわかると思います。また、この映画のタイトル『White Zombie』も、白人(と、それに対してのアフリカン・カリビアンの人々)とゾンビ・カルチャーの関わりを表しているかのようです。

時代は下って1940年代の映画『I Walked With A Zombie』でも、『White Zombie』のプロットと共通点が多く見られます。たとえば「この娘をゾンビにして俺と結婚させちまおう」っていうサブプロットなどもそうですが、ゾンビと奴隷の関連性もさらに強調されています。以下の動画は、ゾンビ化されたプランテーションオーナーの妻の世話をしている看護婦が、カリプソ歌手の歌の内容から、自分の雇っている家族の秘密を知るという場面です。なお、ここで演奏しているのは当時のカリプソ界のスーパースター、サー・ランスロット本人です。

これはおそらくアメリカで初めてカリプソが映画に登場した場面でしょう。ここでも、アフリカン・カリビアン文化がゾンビと関係づけられているのです。またこの映画の中では、白人プランテーションオーナーが、プランテーションで働く人の秩序を守るためにヴードゥーの伝統を利用したことも描かれています。

20世紀中盤には、このようなゾンビ映画が数多く発表されました。1936年の『Revolt of the Zombies』や1941年の『King of the Zombies』などにおいても、ゾンビと奴隷文化が密接に結び付けられています。が、1960年代にはジョージ・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』では、黒人の主人公と白人のゾンビ集団が対決することになりました。ゾンビの物語はその後半世紀も変化し続けながら、根底には奴隷制時代の影響と人種問題が流れ続けていたのです。

20世紀終盤から21世紀初頭になると、ゾンビ・ストーリーはロボット反乱ストーリー腐肉バージョンといった様相を呈してきました。彼らは奴隷となるべくして作り出された生物として描かれ、正気を失って誰かれ構わず噛み付くことで反抗を示したのです。ロボットと違うのは、ゾンビにはレーザーとか赤外線ビジョンといった装備がなく、人間と同じ歯や爪といった武器だけを持っているということです。

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・飢えて病んだモンスター

ロメロによるゾンビ像の後、我々のオルター・エゴであるゾンビたちはより「消費」に結びつけて描かれるようになりました。『ドーン・オブ・ザ・デッド』は1970年代最高のゾンビ映画と思われますが、その舞台となったのは消費社会の象徴とも言うべきショッピングモールです。登場人物の一人が言うように、死に切れない死者たちは人生の中で知っていた場所に戻って来るのです。そして彼らは生前と変わらず消費欲旺盛でもあるので、まず人肉を食らったら、次はスポーツ用品を買いに行きたいのです。

ゾンビの底なしの食欲は、昨今多くのゾンビ・ストーリーでお約束となっています。その上で最近よく見られるひねりは、ゾンビが伝染病のように広がっていくというものです。かつて『White Zombie』では人間が薬でゾンビになってしまったのですが、最近のゾンビは自己増殖型なので、噛み付かれただけでゾンビになってしまいます。

ゾンビが伝染するということは、ゾンビの大群ができることになります。そして『World War Z』『The Walking Dead』『ゾンビランド』に描かれたようなゾンビによる世界の終末のイメージが形成されます。ゾンビのイメージとパンデミックがあまりに重なってきたので、ハーバードメディカルスクールの医師が、疫学や法科学の入門本を『The Zombie Autopsies』(直訳:ゾンビ解剖)と題して出版してしまったくらいです。

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そんなわけで昨今ゾンビと言えば、終末後の都市にうろつく、飢えて病んだモンスター集団が想起されるようになりつつあります。それは未来の人類に対して抱かれる幻想でもあります。食料も医療もない世界では、生き延びるために誰かれ構わず殺す獣になるしかありません。だから終末もの映画とゾンビ映画がスタイル的に似てきてしまうのでしょう。たとえば『アイ・アム・レジェンド』や『ザ・ロード』といった終末もの映画は、まるでゾンビ映画みたいに見えました。ゾンビたちがゴシックホラーの世界から、SFの世界に引っ越してきたのかと思いました。

それでも、ゾンビ・ストーリーの根源にある奴隷制時代の記憶は、忘れられることはないでしょう。

・死者はよみがえる...過去から逃れることはできないから

最新のTVドラマの『The Walking Dead』でも、初期のゾンビ映画と同様、アメリカにおける異人種間で起こる問題を描いています。世界の終末に生き残った人間たちは、異人種間での緊張を強いられ、ときにはそれが原因で暴力事件が起こることさえあります。

他にも、『World War Z』においてはアメリカでの階級間の争いの歴史がそのまま語られています。著者のマックス・ブルックスは、スタッズ・ターケルの作品の影響を受けていることを認めています。ターケルは大恐慌や第二次世界大戦に関する口述歴史作品を生み出し、さまざまな背景を持つ人々の共通性と、人種・階級間のあつれきを明らかにしたことで知られる人物です。

もちろん、ゾンビのようなポピュラーなアイコンがたったひとつの問題の象徴に収まることはないでしょう。人種や階級の問題はゾンビ・ストーリーの一部でしかなく、飢餓や疫病、戦争への恐れもまた然りです。米Gizmodoの姉妹ブログio9では以前、ゾンビ映画がもっとも多く発表された時期を分析してみて、ゾンビ映画製作のパターンを認識しようとしました。そこでわかったのは、社会的に不安定だったり、戦争が起こったりした時期の後には、ほぼ必ずゾンビ映画が増加するということでした。

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つまり、あらゆるゾンビ映画に共通点があるとしたら、歴史的トラウマに根ざしているということでしょう。数百万という人々が何か恐ろしいことを同時に体験すると、それが奴隷制であれ、戦争や疫病であれ、我々はゾンビ・ストーリーを求めてしまうようなのです。

ゾンビとは、恐ろしい出来事の、忘れてしまいたい記憶のようなものです。でも、ただの記憶ではありません。失われた命や、破壊された家、傷ついた国家に関する集団的記憶なのです。だからゾンビはいつも集団で現れるのでしょう。ゾンビたちは、トラウマとなった記憶と同じように、誰からも求められないまま、想像の中で元の姿よりさらに醜く歪められて現れます。そして、我々が経験したこと、やってしまったことを忘れさせないために、そこにとどまり続けるのです。

ゾンビが私たちに問いかけているのは、我々は歴史から逃れることができるのか、ということなのではないでしょうか。

Annalee Newitz(原文/miho)