スティーブ・ウォズニアックのお気に入りガジェット9

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新しいスマートフォン、ラップトップにタブレット。

次から次へと新しいガジェットが登場して、なんだかめまぐるしくて原点を見失いがちですよね。そんな中、スティーブ・ウォズニアックがシリコンバレーにあるコンピュータ歴史博物館でプレス・ツアーを行って、彼が大きな影響を受けたガジェットたちを紹介してくれました。

そのツアーの中で、ウォズは「多分、僕たちは他のどの時代よりも生涯の間に大きな変化に直面しながら生きている」と語りました。

ちなみに、ウォズが子供の頃は自分の家にコンピューターを持つなんて、無謀な空想だっていう時代だったので、ウォズ少年は家でミニコンピューターサーキット版をいじくりまわして、コンピューターをDIYしようとしていたとか。

そして、パンチカード機から昔のスーパーコンピューター、ディスク スタックもトランジスタラジオも全てが野心家のギークに影響を与え、PC革命を起こすAppleコンピューターが生まれたんです。

それでは、ウォズが影響を受けたお気に入りガジェット9つを紹介しますね。

 

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IBM 026 パンチカード機

1949年

コンピューターの重さが100ポンド(約45キロ)超えだった時代、その機械はプログラムのデジタル情報を穴のあいたパンチカードから読み取る仕組みでした。1949年に登場したIBM's 026 punch-card machineは、パンチカードを利用するオフィスの標準的な機械となりました。

ウォズは、カルフォルニア大学バークレー校でコンピューター・サイエンスを学んでいる時、学生たちがプログラムをパンチするのに40分も待たなきゃいけなかったとパンチ機にまつわる思い出も語ってくれました。

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Stibitz 1-Bit Model K Adder

1980年(レプリカ)

Bell Labsの研究者ジョージ・スティビッツは、1936年に二進数の加算をするリレー式計算機を完成させました。ちなみに、このガジェットは台所で作られたから「モデルK」と呼ばれるようになったんですよ。

ウォズはモデルKの説明の中で、「こういったものが無ければ、今日iPhoneなんて生まれてなかっただろう」と語ったそうです。

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IBM RAMAC Actuator and Disk Stack

1956年

巨大な空気清浄機みたいですけど、この機械装置は世界初のディスクドライブの中心部分なんです。中には、毎分1200回転する24インチ型のディスクが50枚入っていて、5MBの情報を記録できるそうです。

この中にあるディスクは、ウォズの故郷サンノゼで作られたそうですよ。

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Control Data Corp. 6600 Supercomputer

1964年

これは、コンピュータ設計者のシーモア・クレイが設計した1964年の時点で世界最速だったコンピューター。なんと、当時存在した他のコンピューターと比べて10倍ぐらい速かったそうです。そんなCDC6600スーパーコンピューターを、ウォズがいたころのバークレー校は所有していたんですね。

ちなみに、世界最速なコンピューターはお値段もハンパじゃなく、現在のお金にして約1億ドル(約83億円)だそうです。

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Data General Nova, Serial No. 1

1969年

Novaは、私たちの自宅に持ちこめるぐらいコンピューターを小さくするという夢を解き放ったんです。

Digital Equipment Corporationというミニコンを販売する企業で働いていたエンジニアが、16ビット化することによってもっと良いコンピューターができると考え、Digital Equipment Corporationを退職し、自分たちでData General社を設立してNovaを作りました。

ウォズは、子供のころにミニコンの組み立てマニュアルを見つけ、そのマニュアルに触発されて、自分のミニコンを作ろう! という気になった事を覚えていました。そして、子供ウォズは、出来るだけ少ないチップで回路基板を作る方法を考え始めたそうです。

「私の父は、私にそういうコンピューターは1つでも家と同じぐらいの値段がするんだけど、どうするの? と聞いてきたので、私は、アパートに住むよって答えたんです」なぁんて、想い出話も語ってくれました。

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この重さ100ポンド(約45キロ)超えのHoneywell Kitchen Computerの主要目的は、なんと! お料理のレシピを保存することでした。

冗談みたいですけど本当なんです。ただ、Nieman Marcusの高級ギフトカタログに掲載されたにもかかわらず、Honeywell社がこのKitchen Computerを売ったという履歴は無いそうです。あはは。そりゃそうだよねーとバカにしてはいけません。このコンピューターの中には、Honeywell社のミニコン316が内蔵されているんですから。

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ちなみに、316は、インターネットの先行オペレーションであるARPANETの最初のノードを動かしたものなんですよ。

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Regency TR-1 Transistor Radio

1954年

The Regency TR-1 は、主流となる最初のトランジスタラジオのひとつでした。なんと10万台も売れ、トランジスタという言葉を世界に定着させました。

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Pong

1972年

ある日、ウォズはボーリング場でAtari社のPongゲームを見つけたけれど、何か気に入らなかったので、5日間不眠不休で自分バージョンのPongを作ったそうです。

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そして、ウォズ版Pongが完成すると、スティーブ・ジョブスがそれを持ってAtari社に行き、仕事をゲットしてきたそうです。

ウォズは、その頃Hewlett-Packard社で働いていたので、彼の夢の仕事を辞める気はありませんでした。でも、Atari社はウォズを雇ったんです。Breakout(ブロックくずし)を開発するために。

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Apple 1

1975年

ウォズはApple 1を自らの手で開発し、パロアルトにあるコンピューター愛好家クラブHomebrew Computer Clubで披露しました。Apple 1は60個ぐらいのチップを使って組み立てた回路基板で、コンピューターとして使うにはケース、パワーサプライ、ディスプレー、などなどいろんなものを用意する必要でした。でも、Apple 1を欲しいと思う人は沢山いたんです。

理想主義的なウォズは、お金儲けには興味が無かったので、Apple 1を組み立てるための説明書を無料で公開していました。ウォズ曰く、「私は、世界の前進を社会的な革命へと加速させたかった。その後、スティーブ・ジョブズが来て、皆のために僕たちが作ったらどう?って言ってきたんだよ。」と、Apple社のはじまりを話してくれました。

このツアーで、ウォズが何回も繰り返していたのはこのテクノロジーが無ければ、携帯メディアは存在しなかっただろう。そして、iPhoneも存在してないだろうというフレーズでした。

ウォズにいい影響を与えてくれたガジェット達に感謝ですね。

Jonathan Snyder and Brian X. Chen - Wired (原文/junjun )