複雑系理論で「次のエジプト」を予測できる?

複雑系理論で「次のエジプト」を予測できる? 1

以前から懸念は示されていたようです。

「文明と野蛮の間には、食事数回の違いしかない」という格言があります。つまり、ちゃんと食べることができなくなると、法も秩序も崩壊し始め、やがて文明が成り立たなくなってしまうということです。現在エジプトで起きている混乱の背景にも、食料問題があります。

 今回の内乱が起こる前から、複雑系の研究者たちがある警告をし続けていました。それは、世界中の金融・エネルギー・食料システムの緊密な関係がもとで、政治的に不安定な状態が引き起こされるだろうということです。そして今まさに中東で、その懸念が現実のものになっているのです。

でも、研究者たちはただ危険性を叫んでいるだけではありません。彼らの研究でシステム間の複雑な関係をうまくモデル化できれば、次にどこで同じような現象が起こるかを予測できるかもしれないのです。

現在、システムの複雑な相互依存状態には明暗両面があることが見えてきています。つまり、急速な変革あるいは革命を生み出すこともあれば、全体が崩壊してしまうこともあるということです。現時点でエジプトでは日常生活のあまりに多くのことが相互に結びついているので、これから明暗どちらに転ぶかはまったくわからない状態になっています。

エジプトにおいては、食料は政治的問題です。エジプト人は小麦の世界最大の輸入者かつ消費者であり、しかもそのほとんどは貧しい人たちです。

その結果として、エジプト政府がパンに多額の補助金をつぎ込んでいます。政府は輸入小麦が到着する港やそれを運搬するトラック、製粉工場や製パン所も運営しています。「そうしたヒエラルキー・システムは安定してもいるし、不安定でもあります。」と語るのは、ニューイングランド複雑系研究所(マサチューセッツ州ケンブリッジ)所長のヤニール・バー・ヤム氏です。

・頂点のないヒエラルキー

上の発言でバー・ヤム氏が言わんとしているのはこういうことです。つまり、エジプトはヒエラルキーのトップがしかるべき位置にいるときは問題なく、多少のことがあってもすぐに元に戻れます。でも、トップがなくなれば(つまり現在エジプトで起こりつつあることですが)、システム全体が崩壊の危機に直面します。

崩壊の兆候と思える事態も起こっています。エジプトの首都カイロではパンが希少になりつつあり、パン店は小麦粉が足りないために店を閉め始め、さらにはパンの価格を上げようとしたパン店主が殺されたという報告もあります。でも輸入された小麦は港に留まったままで、その積込みや運搬はされないままになっているのです。

経済の相互依存関係によって、混乱はさらに深まります。食料があるところでさえ、エジプトの人々がそれを買うお金はほとんどないのです。企業や銀行が機能を停止し、ATMにも現金がなく、賃金も支払われなくなるためです。

状況は「非常に深刻だ」というのはウォータールー大学(カナダ・オンタリオ州)教授のタッド・ホーマー・ディクソン氏です。彼は複雑な近代システムにおいては食料不足や貧困を含むストレスによって、壊滅的な崩壊が引き起こされる可能性があると警告していました。「システムが壁に突き当たる前に仕事が元通りになるかにすべてかかっています」とホーマー・ディクソン氏は言います。言い換えれば、今止まっている企業や銀行が早々に機能を回復しなければ、飢餓が急速に広がり、文明秩序の崩壊が起こりうるということです。

救いもある、と前出のバー・ヤム氏は指摘しています。それは、ヒエラルキーのトップを入れ替えれば、物事はやり直せるということです。

・食料が引き金に

エジプトの混乱は、チュニジアが突然20年以上続いた独裁政権を手放したことから始まりました。が、混乱の原因の一部は食料価格にもあります。昨年12月には、FAO(国連食糧農業機関)による食料価格指数は史上最高になっていました。

そのため、アルジェリアやモロッコ、ヨルダン、イエメンのデモでは、高すぎる食料価格についても抗議されていました。最近、日本の野村證券が食料価格のインフレの危険性が高い25カ国のリストを発表したのですが、それらの国は食料を輸入に頼っており、なおかつ国民が収入の3分の1以上を食料に費やしてしまっています。その中でエジプトは危険性が6位になっていました。モロッコ、アルジェリア、レバノンは上位5カ国に入っており、チュニジアは18位でした。

数十年に及ぶ独裁政権から来る抑圧状態によって、中東全体が「自己組織化された危機的システム」になってしまったのかもしれない、とバー・ヤム所長は言っています。抑圧状態が続くことで、そのシステムは比較的小さな出来事から連鎖的に引き起こされる変化に対し脆弱になります。バー・ヤム氏とそのチームは、世界の相互関連する経済システムの数学的モデルを作ることで、次に不安定な状態になりうる地域を予測することを目指しています。

Image Credit: The Big Picture

[New Scientist]

Debora MacKenzie - New Scientist(原文/miho)