好きな人ができた、友達ができた、そしてたくさん嘘をついた 元チャットアイドル10代少女の告白

好きな人ができた、友達ができた、そしてたくさん嘘をついた 元チャットアイドル10代少女の告白 1

インターネットは好きですか?

約10年前のネット体験を告白したKatie Bakerさん。最初にネットにはまったのは11歳の時。

当時アーリーアダプターだったネット掲示板やチャットユーザーの中ではかなりの若さだったのでしょう。その中で人と出会い、自分を飾る山のような嘘をついたKatieさん。自分の黒歴史として、今まで誰にも話したことのなかった当時の体験を告白します。


■一生懸命当時のログがGoogleしたら見つかるかも

がんばってGoogleしたら、インターネットの奥深くに眠っている、2002年3月22日にalt.sports.hockey.nhl.phila-flyers Usenetにポストされたスレッドが見つかるかもしれません。タイトルは「Katie Bakerはどこ行った?」ポスト内容は「彼女に一体ぜんたい何が起きたのよ?」

スレッドにはコメントがつきました。「居残り喰らってるんだろ。」「ケンブリッジでなんか巻き込まれたかな?」UN:Nastyflyersgirl「ハーバードって高校あったっけ?w」UN:Starr「うわ、ここでは誰の秘密も安心できないね。遅かれ早かれ秘密はバレるってことだ。」

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Katieさんの嘘がばれて上記のようにスレッドがたって騒がれるに至るまでには彼女自身の長い歴史がありました。さぁ、どうぞ!


■1995年頃のある時

DenのDOSの自分のパソコンには満足できずイライラしていた11歳の頃、学校にあるのと同じMacが欲しかったのです。そんなある日ついにMac(PowerPC)を手に入れたのですが、そこにeWorldというソフトが内蔵されているのを見つけました。すぐに車の中に父親がいつもおきっぱなしにしてる財布の中からクレジットカードを抜いて使い、SportsKateという名前でeWorldをプレイし始めました。

eWorldとは、簡単に言うとAOLと同じ機能で、Apple所有Macオンリーになったもの。つまり、AOLのそれよりもずっと可愛かったのです。ランディングページは小さな街のようなデザインで、そこにメールを運んできてくれる可愛らしいトラックが走ってました、さらにMacオンリーなこともあってユーザー数はそんなに多くありませんでした。

毎日何時間も、かなりの時間をそのヴァーチャルの街で過ごしました。やっていたのはスクリーンセーバーをダウンロードしたり、オンラインチャットやゲーム。が、その頃Appleの株価が芳しくなく、1996年の3月にはそれまでの半額の6ドルにまで下がり、eWorldは閉鎖されることになりました。米国西海岸の真夜中0時ちょうどに閉鎖が決定。私は午前3時(東海岸での)まで起きて、この最後の時を一緒に過ごそうとチャットルームにやってきた多くの人とEハグを交わしたり、メアドを交換したりして過ごしました。合宿の最後の夜みたいな感じでした。

ある人が「みんなのことを知ってるわけじゃないけど、みんなばいばい、これからもがんばって!」と書き込めば、またある人が「ばいばい、小さな赤いメールトラックさん」と応えました。

eWorldが閉鎖されて間もなくして、Talk Cityという別のサービスが始まりました。サービスで歌われていたコピー文句をそのまま言うならクリーンで明るいチャット場所。私はまたそこで膨大な時間を過ごすようになり、結果、Talk Cityから雇われることになりました。

チャットルームの見回りで時給8ドル。言葉遣いが悪い人を注意し「:-)」の顔文字がわからない人がいれば説明し、いつも元気でいる、それが私の仕事でした。時給12ドルで時事問題や人気のチャットトピックの管理もしました。そこではいじめのような深刻な話題が議論されたり、また毎週日曜日に私がホストとなってCommercial Craziesというゲーム大会を開催したりしていました。Comemrcial Craziesゲーム大会とは、CMのキャッチコピーをだして何のCMか当てるもの。KnickとRangersの試合の間にMSG局で流れるCMをよく問題にしていました。私はまだ未成年だったので、子供の雇用条件に関する法律で私は守られている、とかなんとかいう契約書にまでサインしたりもしました。

1997年にはBusinessWeek誌で私のことが記事になりました。

オンラインチャットの世界で、Katie Bakerはいつもみんなに話題を提供している。LiveWorld Production社が主催するTalk Cityのサイトでは、Katieは週に3日若者向けのチャットルームの管理人をしている。参加者を増やし若者らしいノリでティーンのコミュニティをひっぱっていく。なぜ彼女がそんなにも若者のノリが理解できるのか? それは彼女自身が若者の1人だからである。そう、彼女自身が、ニュージャージー州Pennington出身の13歳の若者なのだ。

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■「ねぇ、Pukesterがオンになったよ!」

私の親友Ashleyが、私のパソコンのSnoodゲームで遊びながらそう叫びました。それは、いつもの通り寮の私の部屋で宿題もせずにDestiny's Childを聞きながらダラダラ過ごしていた、1999年、高校2年生の秋。

Ashleyが言ったPukesterとはスクリーンネームPUKSTPR31のこと。フィラデルフィアのアイスホッケー選手Pelle Lindberghにちなんでつけられたスクリーンネーム。

私はAOL上で、このPUKSTPR31がオンラインになると専用アラートがなるように設定していました。PUKSTPR31以外で目をつけてチェックしてたのはTalk Cityの株価のお知らせアラート。この年の初めにTalk Cityは株式公開をしており、1株12ドルまで上がっていました。(この数ヶ月後には1株29ドルまで跳ね上がるが、2000年の中頃には1ドル以下にまでその価値は下がる。)開始初期から働いていた私は29セントでまとまった株を得ており、これを見た父親は私の配当額を見て驚いていました。「大学費用になる!」と言ってましたが、実際に私が大学生になる頃にはTalk Cityはすでになくなってました。

株価のチェックはしていましたが、その頃はすでにTalk Cityにはまっていませんでした。私のスクリーンネームKatieCCCを誰もが知っているという環境で、私はちょっと大きくなりすぎてしまったのです。

「Bakes(Katieのあだ名)Pukusterって誰よ?」Ashleyはそう尋ねました。私が「この夏から仲良くなった友達」とモゴモゴ言うと、Ashleyは納得したようでまたパソコン画面に顔を戻しました。Ashleyは毎年夏は家族保有のビーチハウスで過ごしていたので、その季節特有の友達、というものをよくわかってたので疑問に思わなかったようです。

もちろんこの答えは嘘だったわけじゃありません。彼は実際に夏から仲良くなった友達だったからです。ただ友達といってもネット友達。ある日、免許をまだ持ってなかった私は、母親に頼んでPrincetonまで車で連れて行ってもらい友達と落ち合って遊ぶことになってました。が、本当は母親が去った後に電車に乗ってMetropark駅まで行き、そこまでPUKSTPR31に迎えにきてもらって会ったのです。PUKSTPR31、彼は、言ってしまえばPhiladelphia Flyers Usenetというグループで知り合った、現実ではよく知らない男の人。私が18歳だと言うと、彼はそれを信じて海辺の彼の家で遊ぼうと誘ってくれたのです。

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■IRCからUsenetに場を変えて

掲示板のシステムはインターネット上で最も古い形式の1つで、1番古いものは10年近く昔のものでした。最初に私が参加したのはNew York Knicksの掲示板。Talk Cityの手早く簡単な会話に慣れていた私は、初めはその流れに戸惑いました。が、やはりしばらくすると慣れて、ハマっていきました。

Knicksの次にのぞいたグループはNew York Rangersの掲示板。こちらはもう少し親しみやすい感じ。あるユーザーは見所たっぷりのホッケーのゲームシーンを集めたテープを送ってくれました。また他のユーザーはMatteauの試合のテープを送ってくれると言ってくれました(実際に送ってもらったかどうか覚えてませんけど。)アイスホッケーのいろいろなチームの掲示板やグループがり、1年半もすると他のチームの板も読むようになっていました、時に紳士的に時に口汚く交わされるたくさんのポストに夢中になりました。

Flyersというグループはまるで街で1番人気のクラブのような賑わいでした。そこでの話は30%がホッケーの内容、残りはくだらないおしゃべり。chippiesと呼ばれる女性達がいて、定期的にもし○○だったら...なんて話題で盛り上げてランキングまで作っていました。性的なジョークもたくさんでてきました。Flyersのグループはとにかく私の1番のお気に入りでした。

そこで、いつの頃からでしょうか、私が嘘をつきはじめたのは。でも、それが問題だとは全く思いませんでした。少し背伸びをしたがるのは思春期の女の子に特有のことですからね。私は自分の年齢を2つほど上にさばよむことにしました。15歳の私は、そこでは17歳でした。

嘘はつけばつくほどさらにまた嘘をつかなくてはいけません。1つついた嘘をカバーするためにまた嘘をつく、そうやって私は私の作り話の生活の話をどんどんしていきました。高校をもうすぐ卒業する。Rangersのシーズンチケットを持ってる。1999のNHLのパーティーに行った、これには私も驚くくらいの多くのコメントがつきました。

1つ嘘をつき、またもう1つ嘘をつく。そうやって重ねていった嘘はどんどん病的に大きくなっていきました。高校を卒業して大学に行く前に1年間自由な時間をとることにした、とか。進む大学はハーバードだ、とか。スポーツ好きは兄達の影響だ、とか。もちろんその兄達も嘘の話に存在する架空の兄達なのですけど。自分がタフなのはホッケーをするからだ、とか。唯一嘘じゃなかったのは、ホッケーの話。ホッケーをプレイする、ホッケースティックを持った女の子、これは現実と照らし合わせての唯一の真実でした。

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■PUKSTPR31にリアルで会う前から、ずっと彼の事が気になっていた

彼に会う日が近づいてきた頃、その頃にはすでに嘘で作りあげた自分、ということ考えを忘れていました。PUKSTPR31とのデートは楽しかった、ローラーブレードを持って行ってたのでボードウォークを一緒に滑って、ビーチでまったりして。彼は多分20代後半だったと思います、でもかわいくってアクティブで。ウェブ上でたまに見るバカっぽい人とは全く違ってました。American Pieという映画を一緒に見に行って、次の日そのことをグループで書き込みました。

昨日、ついにリアルで初デート。相手は...PUKSTPR31! 君はラッキー(アンラッキーかなw)な人だ! American Pieを見に行きました。もう見た人がいるかもだけど、レビュー書きます。

この映画、すっごく笑えます。ちょっとキモイシーンもあったけど、でもそれも全部私は笑っちゃいました。面白いキャラクターと笑えるシーンが続きます。ちょっと安っぽいところもあるけど、そこは目をつぶれば印象にのこるセリフもあって大笑いできる映画でした!(すでに映画見た人へ「What's my name? Say my name, bitch!!」わかるかな、このセリフ?w)

とレビューを当時書きましたが、実際にその日映画を見たことは覚えていません。この頃の記憶はなんだか...。(実際に当時の自分のポストを読み直してみるのは、私にとって半分はセラピーのため半分はトラウマをつつくような気分です。)そんな中でも1つだけハッキリと覚えているのは、彼の仕事について話したこと。彼はフリーのグラフィックデザイナーで、アダルトビデオのパッケージデザインをしてました。私はそれをエキゾチックで大人の世界を見るような気持ちで聞いていました。デートの後、彼が駅まで送ってくれて、ハグとほっぺにキスをしました。(彼との関係はほっぺにチューまで)家に帰る途中、自分たちはポルノアーティストの彼と法的に問題のない歳の彼女というカップルだと想像して幸せな気持ちに浸りました。

そもそも私はこんなことをするにはまだ若すぎました。いや、もしかしたら私は実年齢にしては成熟しすぎてたのかもしれません。Talk Cityでの10代前半の私を知っている人ともたくさん出会いました。その人たちは私が本当は13歳だと知っていましたが、グループではまるで同年代のようにいつも接してくれました。そうしてそこで私はいろんな人たちに出会ったのです。

Sorceressという女性はニューハンプシャーに住んでいて、人形のオーダーメイドの洋服を作って売る仕事をしていました。わたしの持っていた人形が来ていたピンクの着物は彼女から購入しました。

AppleのエンジニアKevyn。90年代中ごろに開催されたMacWorldではリアルで会って、私のMacにRAMを追加してくれました。あれは自分でスクリュードライバーを持ってハードをいじった最初で最後の経験でした。

minivannerはコネチカット州に住んでいる3児のママでした。私がベビーシッターをしている時に彼女に電話してポテトを赤ちゃん用にどう料理すればいいか聞いたこともあります。(そのことを発見した私の母親に、ベビーシッターをしていた家に長距離電話代の10ドルを返しに行かされましたけど。)

JazzyEric。彼は18歳のモルモン教の少年で、私の初めてのサイバー彼氏でした。彼は産まれながらに方耳がなく、耳をつけるためのいくつもの手術をうけていました。その甲斐あって、彼はミュージシャンとして成功しオーケストラの指揮者として働いていました。1997年初めには彼は私に彼の弾くピアノを録音したテープを送ってくれました。曲はMiss Otis Regrets。中学2年の時の学芸会のオーディションではこのテープに合わせて歌いました。Ericの感動的な体験談をインターナショナルスクール入試に提出するエッセイに書き、そして無事合格することもできました。

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■相手を尊重するという行為と相手に嘘をつくという行為は同居できない

じゃぁどうすればいいか? 相手も感情のある人間だということを無視して嘘をつき続ける。または、自分のついた嘘が嘘でなくなるように、自分で自分の嘘を信じてしまう。この2つの選択肢があります。当時の私はこれを両方とも実行していたように思います。

Flyerのグループで最もマメにしょっちゅう投稿している1人、彼の名はAu Revoire。彼は最も下ネタが多い人でもありました。私は彼のポストが理解できないながらもいつもすぐにチェックしていました。彼は本当に頭の回転が速く、脈絡もないことも言う面白い人でした。オンラインでもオフラインでも彼ほどひねりのきいた面白い人に私は会ったことがありませんでした。

そのうちに彼と私はお互いへの好意を表すようになっていきました。Flyerグループでミスコンがあった時、彼が私をノミネートしたことがありました。可愛くてユーモアがある、彼はそう言ってくれました。それを見た他のメンバーはRangerチームのファンの子がFlyerチームのグループのミスコンで勝つのはどうかと思うと指摘しました。

それにたいして彼が言ったのがこれ。

バカなことを、と思うかもしれないけど、俺はRangerファンの子こそ優勝すべきだと思う。他のチームのファンの人がこのグループにきて何度も盛り上がるコメントを残してくれているじゃないか。その中でもKatie Bakerほど明るく楽しい子はなかなかいない。ホッケーの知識がちょっとあって無駄なおしゃべりを垂れ流してるわかりやすい可愛い子が好きならKates以外の誰にでも投票すればいいよ。でもそれって、自分の本心に逆らってるって思わないのか?そんなことたら子供まで不幸になるぞ!

ミスコンの結果は全体の40%の票を得てDana Platoの優勝でした。でもその結果が出たころにはすでに、Au Revoireと私は毎日長いEメールを送りあう仲になっていました。ホッケーの話、それぞれが住むニュージャージーとフィラデルフィアの話、本の話、ハロウィーンのコスチュームの話、彼の子供の話から家庭の問題、私の架空の兄たちの話まで、私たちはたくさんのことを話しました。

(この頃になると私は嘘にヒビがはいらないように、MacのStickiesでついた嘘をリストにしてメモしていました。架空の兄たちだけでなく、見たこともない架空の姪っ子や甥っ子の名前も間違えないように書きこんでいました。)

ある日彼から小包が届きました。自分の住所、というか私書箱の住所を彼に伝えていたからです。小包にはたくさんのものが詰まっていました。そのシーズンのおもちゃやネタグッズ、手紙、ポエム、雑誌、CDには数枚にわたる曲の説明メモもついてました。「日はまた昇る」に登場するLady Brett Ashleyと私を比較して彼が書いたエッセイも入っていました。エッセイのタイトルは「BrettKates」私は日はまた昇るを読んだことがなかったので、すぐに学校の図書館から借りて、冷たいハートブレイカーのAhleyというキャラクターと自分を比較しては酔いしれていました。

ホッケーの練習帰りに、友達が私の持っていた紅葉した葉っぱで飾り付けられた小箱(彼からのプレゼント)をみて、褒めてくれました。友達のLaurenが「クリエイティブだね。誰にもらったの?」と聞いてきたので、私は「あ、友達からだよ。面白いでしょ?」と答えて嬉しくなりました。

毎朝メールが楽しみで目を覚ましました。授業とホッケーの練習の後にはいつもメールがありました。彼からのメールを読みその1行1行に返事を書きました。彼にはなんでも話せました。時に彼は娘の動画も送ってきました、動画の中では女の子が「Katesちゃーん」と話していました。

私はこの楽しみにどんどんはまっていきました。高校では成績優秀、友達もたくさんいたし、ホッケーでは代表選手でした、ただやはり少しだけちょっとずれたところがあったようです。私がスポーツに異常に打ち込むのを変だと思う友達もいました。でも、私のオンラインでの生活には誰も深くは考えが及びませんでした。「チャットしてるの?」「AOLみたいなやつ?」そう言う友達の声にはどこか止めさせようとするような音が含まれていたようにも思います。

Au Revoireと初めて電話をした時、初めてにも関わらず私たちは何時間もおしゃべりしました。その後は電話を頻繁にするようになりました。電話するのは大抵日曜日。日曜日が1番安全な日だったのです、平日は友達や寮の見回りの先生が急に私の部屋にやってきたりしてましたから。私の日曜日は忙しいものでした。ホッケーの試合があり、学校のダンスがあり、さらには野球場の選手控室での秘密の集まりがあり...そこではウォッカとぶどうのガムを回して酔っ払って騒いでいました。一方で私の学校の友達は図書館に行ったり街まででたりしていましたから、寮の中は静かなものでした。

そうこうしているうちに、彼がリアルで会いたいと行ってきました。昔PUKSTPR31ともリアルで会ってデイトしてるじゃないか、と。迷いました。迷った理由は、シチュエーションが違いすぎたから。たとえば、PUKSTPR31とのEメールはシンプルなもの、必要なことを書くだけ。Auとのとりとめもなく続く長いEメールとは大違い。PUKSTPR31は私が誰でどんな生活をしているのかなんてことは聞いてきませんでした。1日一緒に過ごして駅まで送ってもらった後、彼から電話がかかってきたことはありません。彼は、私の中のデートしたけどその後連絡がない男リストに最初に名前がのった人でした。拒否されたということにショックは受けましたが、だからこそ、その後気持ちを整理するのは簡単だったのです。

Au Revoireとの関係は違いました。もっとこんがらがってて気持ちがはいってる、そんな感じでした。PUKSTPR31の時とはちがってオンラインを知らせるアラートの設定なんてしなくてよかった、する必要がなかった、Auはオンラインになったらすぐに話しかけてきてくれました。彼は本当に私のことが好きだったんだと思います。だからこそ私は、彼とリアルで会うことにとっても繊細な気持ちになっていました。水曜日は授業とホッケーの練習だけなので「次の水曜日はどうかな?」と聞いてみました。そして月曜になってから「ごめん、デートキャンセルです。先約があったの忘れてた!2週間後の日曜日はどうかな?」とメール。勇気がでずに先延ばししてしまいました。

参加すると伝え、直前でキャンセルしてしまったフィラデルフィアのオフ会の後、彼からオフ会の様子をさ撮影したアルバムが送られてきました。写真には、丁寧にみんなの名前も書きこまれていました。写真を撮られるのが恥ずかしいシャイな彼ですが、数枚の写真に彼の姿が。黒のFlyersのキャップをかぶった彼がそこにはいました。

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■嘘がばれたことがあるか?

嘘じゃなくても盗みがバレたり、スピード違反で捕まったり、カンニングや浮気がバレたり、そういう経験ありますか? ある人は肩を叩かれたその手の重みを、ある人はバックミラーに映るパトカーの光を、またある人は先生や奥さんの身の凍るような冷たい声を体験したことがあるかもしれません。自分がとけて深く沈んでいってしまうようなあの絶望感恥と恐怖と後悔! なんであんなことしたんだろう、というよりはなんでバレるようなことになったんだろうという後悔。これで全部終わりだ、なんでもっと早くやめとかなかったんだろう。そんな気持ちです。

その気持ちを味わうことになったのは、学校でのホッケーの試合。準備体操を終えて顔をあげて見渡すと、そには両親、気になる男の子、大嫌いな女の子の顔が眼に映りました。そうやって会場を見渡し誰が試合を見に来ているかをチェックして、誰のためにがんばるか、活躍を見せつけるかをいつものように考えていました。

ふとある人の姿が目に飛び込んできました。黒いキャップをかぶった男の人が、みんなとは少し離れたところでコソっとした様子で座っている姿が。黒いキャップ、黒のFlyersのキャップ。彼だ。Au Revoireだ。彼がここにいる。ここ試合会場に、同じ会場に、私の生活の中に、私のリアルの生活の中に。嘘ばかりを伝えた生活の中に彼の姿がありました。私の友達からほんの3フィートのところに、笑顔で手を振ってくる両親から15フィートのところに。ヘルメット越しにはわからなかったと思いますが、私の顔は真っ赤で完全にうろたえていました。

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■注意してたはずなのに

彼はどうやってここがわかったのだろう、高校のホッケーの試合会場に姿を見せるなんてどういうことだろう。私のカンではネットのグループにいる2人の女性、NastyflyersgirlとStarrが怪しいと思いました。もちろん証拠があったわけではありませんが、Auが前に手紙でちらっと書いてたことがあったからです。この女性たちはPUKSTPR31とのことも知っててヤキモチ焼いてるみたいだ、と。私がまだリアルでAuに会ってないことも含め、私が彼をただもてあそんでいるだけどとグチグチ言っていたようでした。

その日の対戦相手のことは全く覚えていません。ホッケー場のスクリーンに私の名前が出たのを見て、この後どうなるんだろうと恐ろしく思ったことだけはまるで昨日のことのようにハッキリ覚えています。それでもまだ、嘘をつきまくってきた私が思ったのは、今までついた嘘がこうじてまだ逃れられるかも、ということでした。私は彼に自分の背番号は11番だといつも言ってたのです。私は本当は10番。彼に今までついた嘘が何もかもバレてしまうのか、それともブロンド髪の11番を見て私だと思ってくれるのか。今までに写真を送ったことはありましたけど、写真と実物なんて違うことはザラだし、もしかしたらだまされてくれるかも、いやでも試合後に彼が11番に話しかけたらどうしよう、そんなことばかり考えていました。

心配をよそにその試合で私の人生が変わっちゃうようなドラマが起きることはありませんでした。休憩の後ロッカールームからホッケー場に戻ると、彼の姿はありませんでした。考えてみれば当然かもしれません。あの場で彼に何ができたでしょうか? 私に何か言っても何か行動を起こしても、ホッケー場で彼はただの怪しい変な悪い男と思われるだけです。本当に悪いことをしていたのは私だったとしても。

その1週間後。マウンテンキャンプなるものに参加することになった私は、両親の車の後ろで荷物をもって揺られていました。16週間、雪いっぱいの牧場で過ごすキャンプ。

このタイミングで学校を一時離れ山の中のキャンプに参加するのはなんともラッキーなことだったのかもしれません。キャンプではネットのスピードも遅く、ロフトに1台だけあるパソコンは化石かと思うくらい古いものでした。ロフトにのぼってサインインして下に下りて宿題するか、鶏に餌あげるか、メープルシロップ用の入れ物を洗うかして30分ほどして上に戻ると、ようやくローディングが完了しているかどうか、という状態でした。

11歳の時からノンストップでネットをしていた私にとってこの状況は、遊び過ぎて妊娠して9ヶ月間修道院で過ごす、というようなものでした。

無事にチャットにサインインできたのはキャンプ到着から数日後のこと。オンラインになるとすぐにNastyflyergirlからメッセージが来ました。「この嘘つき野郎! あんたが何したかもうみんなわかってんだからね。」

私は画面を凝視しながら、顔が真っ赤になっていくのを感じました。見たくないのに、この遅いパソコンだとサインアウトするのにまたすごい時間がかかる。どうしようもなくてその場で顔を覆ってしゃがみこんでしまいました。

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■インターネットは時に不思議な働きをする

さて時は現在に戻り、今から数ヶ月前。Twitterからfollow通知がメールで届きました。「Au Revoireがあなたをfollowしました!」そのメールを見るやいなや、ノドがカラカラになってしまいました。これはあの彼? 彼はまだUsenetのグループにポストしていたのでそれをチェックして彼のEメールを調べて、そしてメッセージを送ってしまいました。すると、彼からとても感じのいい返信がきました。それをチャンスと思って私はずっと彼に聞いてみたかったことをついに聞いてしまいました。「10年前、私のホッケーの試合に来なかった?」彼の答えはYES。やはりあの時みたあの黒いキャップは彼だったのです。どうして? どうやって私のことがわかったの?

Auから返信がきたのは大晦日の日。メールにはこう書いてありました。

1999年だっけ、2000年だったっけ? 夜中というか早朝くらいに寝ようとしたら、君から転送メールがきたんだよ。寝ぼけながらにそのメールをチェックしたら、それはバトンメールみたいなやつだった。友達や家族に関するバカらしくも可愛い質問がズラーっと並んでた。なんかのミスで僕に転送しちゃったんだね。それを読んでいくうちに僕の知ってる君にはいろんな嘘があるってわかった。何よりもそこに君の年齢は16歳って書いてあったからね。

ネットの世界がリアルに入ってくるのは幾度となくありました。チャットのアラートや、家に送られてくる小包。そう考えれば、その逆のリアルの情報がネットに流れていくことがあるのも当然ですよね。それにしても...バトンとは。くだらないゲームのバトンの送信ミスで彼にばれてしまったなんて。かっこ悪いと思いました。私の頭の中では、すごいシステムを使って彼が私を捜し出したというもっと壮大なストーリーができあがっていたのに、まさかのバトンとは...。

いくら注意深くしてたのに、と言ってもしょせんは10代。あのくだらないバトンを書いた時のことを思い出しました。Auが私の送信ミスメールに驚いていた頃、私は友達のRichの家のベースメントでお酒を飲んではしゃぎ、夜中に抜け出して気になってた男の子とイチャイチャしたあげく、朝方こっそり戻ってきたとこをRichのお母さんに見つかって怒られてたのです。そう、あれは確かに16歳の夜でした。

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■なんだか他人の話のような気がするけど

この話は私の最大の秘密。当時進行形で進んでる時もその後何年たっても今まで誰にも話したことはありませんでした。つきについた嘘がバレたというのは、自分で考えても気分が悪くなるようなことでした。リアルでのトラブルや嫌なことがあった時の気分転換としていたネットが、自分自身の依存と嘘でいつの間にか気分転換ではなくトラブルの元になっていたんです。

この体験に共感できる人、いますか? 去年の6月にNYの小さなバーで行われたインターネットでの体験をシェアするブロガーのイベントに行った時、ここでならわかってもらえるかも、と思いました。だから告白したのです。27歳の誕生日に、お酒飲んで勢いつけて、私が体験したことを最初から最後まで話したんです。

共感してくれるのでは、というカンはあたっていました。私の話が終わると、いろんな人が私のところにきてそれぞれの体験を話してくれました、GeoCitiesだったりwArEzだったり、もちろんAOLだったり、さまざまな場所でのさまざまなネット体験。ネットで出会った友達に手紙や小包を送ったり、リアルで会いに行ったりしたのは自分だけじゃなかったんだ、と胸をなでおろす人もいました。少数ですけどeWorldのあの赤いトラックの懐かしトークに花が咲く人も。そしてそこでわかったことは、自分を見失うほど嘘をついてネットに存在していたのは私だけじゃなかったということ。他にもたくさんいたようです、そんな人たちをリストにまとめている人もいたようですから。

インターネットはなんともありがたい場所です。嘘をついてなりたい自分を演じることができます。同時に告白をする場所にもなりえます、そして自分の告白で小さいながらもあるコミュニティを動かすことができる場所です。そうしていくうちに、自分にとってリアルと共存する居心地のいいインターネットの居場所が見つかるのだと思います。



ネット上であれリアルであれ、結局は人と人とのつながりだってことですよね。このグループに認められたい、なじみたい、いいふうに思われたい。好きな人に釣り合うように背伸びしたい。そうやって人はいつも少し自分を演じているものなんですよね、きっと。

ただネット上ではは直ちに顔が見えないのでその演技が大袈裟になったり、そもそも演技自体がバレにくいという魅力があり、そしてその魅力は同時に落とし穴ともなる、というネットの特徴があります。そしてその特徴が人を虜にし、人を動かすんですよね。あなたはネット黒歴史ありますか?

Art by Jim Cooke

そうこ(Katie Baker 米版