天涯孤独な鯨の物語

天涯孤独な鯨の物語 1

昔々あるところに1頭の鯨がいました...て、今もいるんですが。

名はジューン、マーガレット、ケイト...といきたいところだけど科学者がつけたのは味も素っ気もない「52Hz」という名前。51.75Hzの周波数でしか鳴けない鯨だからです。

でもまあ、52ヘルツじゃあんまりなんで、ここではアリスと呼ぶことにしましょうか。

アリスは他のヒゲクジラと違う特性を持っており、友だちはひとりもいません。家族も。種族、群れ、ギャングの仲間もいなければ、恋人もいません。

広い海にただ1頭。天涯孤独な鯨です。

アリスにできるのは歌うことだけ。他の鯨と同じように、歌だけはずっとやってきたんですね。

その歌声が確認されたのは1989年、米国立海洋大気圏局(NOAA)の水中聴音器のネットワークが捉えた録音の声が最初でした。以来20年に渡り、ウッズホール海洋研究所の研究員たちがこの水中聴音器で彼女の動きを追跡してきたのです。

 この録音はそれを5倍速にしたものなのですが、お聴きのように5~6秒続く呼び声を2~6回続けざまに発しています...でもこの声は他の鯨にはたぶん聞こえません。なぜって他の鯨は12~25Hzで交信するのに、アリスの歌は51.75Hzだから―。

そう、これがアリスの問題で、他の鯨の耳に声が届かないんですね。いくら話し相手を求めて叫んでも返事はこない...。どの叫びも無視されてしまう。ひとり歌うたびに悲しみは増すばかり。年を経るごとに不満を募らせアリスの声音は絶望を深めていったのです。

どうしてこんなことになるのか? 原因は誰にもわかりません。なぜアリスだけが普通のヒゲクジラと違う道を辿るのか? たぶん彼女(彼でもいいです、性別不詳なので)は種最後の生き残りなのかもしれませんね。突然変異かもしれない。誰にも真相はわかりません。

原因はともあれ悲しいのは、この話にハッピーな結末が用意できないことですね。アリスは今日も青い大海原を漂い、オキアミを食べ、ただ周りの他の生き物を眺めるばかり。誰とも意思疎通はできないんです。

いずれNOAAの水中聴音器にアリスの最後の声が録音される日がくるでしょう。でもその別れの言葉にも返事はこないのです。でもその時ばかりは返事がなくても大丈夫、もうアリスは悲しまなくていいのですから。

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鯨は人が聞き取れない波長の鳴音で何百マイル離れた仲間と交信をします。以下はウッズホール海洋研究所研究員が「海中の音」について語ったTEDの動画です。

[Forteanzoology and NOAA via Good]関連:イルカ・クジラの超音波交信

Jesus Diaz(原文/satomi)