なぜ海底原油の穴を塞ぐのは死ぬほど難しい?

なぜ海底原油の穴を塞ぐのは死ぬほど難しい? 1

昨年のディープウォーターホライズン原油流出事故では1日で推定260万ガロンの原油がメキシコ湾に溢れ出しましたよね。

なぜあんなになるまで止められなかったのか? 事故の解説をまとめた「Fire on the Horizon」から海底掘削現場の気の遠くなるような作業がわかるところを抜粋しておきましょう。

自然界には複雑怪奇な交尾の儀式が無数にある。盛りのついた牡ヘラジカの獰猛な頭突き、交尾を求め400種の鳴き声で求愛するバッタ・イナゴ、性交中オスの首を刎ねて貪る牡カマキリ――どれもこれもそれなりに大変だが、2010年2月9日マコンド油井を塞ぐ作業はもっと大変だった。

サンクスギビング(11月下旬)に「Marianas」が修理に出された後、工事や機材の鞍替えに手間どり、トランスオーシャン掘削の日程を組み直して会社が持つ別の石油掘削機の行き先をミシシッピキャニオンのBlock 252に変えたのは、何ヶ月も後のことだった。

手配されたのはディープウォーターホライズン。トランスオーシャン社が抱える超深度掘削可能な船舶・掘削設備22基の中で一番最初に手が開いたのが、このホライズンだった。

ホライズンの上の橋には動的ポジショニングを操作する担当者がいる。そこからマコンド油井のGPSの座標(緯度・経度)データを入力してやると、コンピュータが掘削機を正しい方向に向けスラスタを発射―そこまでは簡単だった。ところが目標地点に着いた途端、ひどくややこしい事態になってしまった。

  

Marianas撤去後マコンド油井には、ぽっかり口を開けた深さ3900フィート(1188m)の鉄管の穴が残っていた。油井はまだ3分の1も完成しておらず、最上部の金属製の漏斗が海底から辛うじて突き出していた。

その穴と漏斗の組み合わせはまるで、「ガス欠で止まった車の空タンクにガソリン入れる時に使う5ガロンのポリ缶の漏斗とチューブを思い切りデカくしたバージョン」みたいだ。ここで言う漏斗(油井のいわゆる坑口)の役目は何かというと、ずっと上の波間に浮かぶ船から垂れている全長5000フィート(1524m)のスチール紐の先端にぶら下がってる325トンの噴出防止装置(BOP)のオス的突起部(直径26.6cm)を受け止めることにある。

このBOP装置接続パイプを油井の穴に入れるのが難しいのだ。それはエンパイアステートビルの展望デッキに立って、1200フィート(365m)の紐の先端にソーダ瓶を括り付けてソロソロ下ろし、歩道のゴミ箱に入れるようなものだ。しかも下は突風。足にはローラースケートだ。その状態を今度は雲にすっぽり覆われて下がなんにも見えないビルでやる自分を想像してみて欲しい。もう歩道なんか見えない。増してやゴミ箱なんて、という世界。

瓶を下ろしていくと携帯持って地上の支援担当から指示はくるんだけど、展望デッキで何か動かしても、それが長い糸を伝わって下に届くまでには、いちいち時間がかかるよね。せっかく動かしても途中で逆巻く風に揺さぶられるので、瓶の位置にどう反映されるかは全く予想がつかない―。

 

しかしそれだって、ホライズンのクルーが目指していた任務に比べればまだマシな方だ。地面とビル屋上なら間に数千フィートの空気があるだけだが、クルーが相手にしていたのは5000フィート(1.5km)の「水」だ。1平方インチにかかる水圧は2300ポンド(1043kg)。それが面という面に重くのしかかる。助手が携帯もって最新鋭のスキューバギアを装着して潜っても海底まで5分の1も届かぬうちに死んでしまう。あの原子力潜水艦でさえ半分も潜れば葡萄のようにペチャンコだ。

さらにホライズンの掘削クルーの作業は紐をゆるめるだけじゃ済まない。直径19½インチ(49.53cm)、重量1本3万ポンド(13607kg)もする鉄パイプ。その75フィート(22.86m)のセグメントを1本1本組み立て、それを動きまくる掘削装置の真ん中狙ってゆっくり差し込んでやらないといけないのだ。

しかも、こうした作業に取り掛かる前段の作業として、まずは坑口の在り処を突き止めなくてはならないのだが、これもGPSシステムに予めロックした座標(緯度・経度)を黙って見ておれば済むような簡単な話ではないのだ。GPSの座標が示すのは海面の位置に過ぎない。そこから下に5000フィートの正確なポジションを割り出す上で、そんな座標はなんの用にも立たない。

そもそもメキシコ湾においては「真下」なんてものは存在しないのだ。エンパイアステートビルから瓶を括りつけた紐を「真っ直ぐ」下ろそうったってそうはいかないように、海に呑まれて机上の空論となってしまう。絶えず渦巻く海流、途方も無い距離が間にある世界では、まったく意味をなさないのである。と言ってもホライズンでは携帯で指示するよりは遙かにマシな支援能力を備えていた。

本稿はJohn Konrad&Tom Shroder共著「FIRE ON THE HORIZON」より版元ハーパーコリンズ・パブリッシャーズの掲載許可を得て部分転載したものです。同書は米アマゾンにて好評発売中。Copyright © 2011 by John Konrad and Tom Shroder

【著者紹介】

John Konrad:元原油掘削現場責任者。Deepwater Horizon親会社トランスオーシャン退社後、世界有数の海事ブログ「gCaptain.com」創設。NY州立大学海事カレッジ卒、カリフォルニア州モロベイ在住。

Tom Shroder: 1999年から2009年までワシントン・ポスト編集記者。氏の監督下、ワシントンポスト・マガジンは2008年と2010年に特集記事でピューリッツァー賞を受賞した。著書にノンフィクションのベストセラー本「Old Souls」。 ヴァージニア州ヴィエンナ在住。

イラスト:Christopher Hartelius(サイト:True American Dog、ファンページ:Flute Dog

John Konrad and Tom Shroder(原文/satomi)