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ホットドッグ早食いチャンピオン・小林尊の孤独な戦い

「大食い」とか「フードファイター」として知られ、数々の記録を打ち立ててきた小林尊さん。彼を米国で一躍有名にしたのは、米国独立記念日の7月4日に行われるホットドッグ早食い選手権でした。でも今年、彼は今ニューヨークに住んでいるにもかかわらず、そのイベントには参加していませんでした。不参加の背景にはいろいろな事情や思いがあったようです。
そんな彼を米Gizmodoが数週間かけて独自に取材していました。彼は今どんな生活をして、何を目指しているのでしょうか? 以下、オブライエン記者のレポートです。
・コバヤシは今
ある5月の夜、マンハッタンのバワリー地区にほど近いビアガーデンで、コバヤシ・タケルはライン風ザワーブラーテン(牛肉の煮込み料理)の皿を前に座っていました。彼は小さなカメラを取り出し、自分のブログ用の写真を撮りました。近くにいたレストランの客が、フラッシュの光で顔を上げました。でも、黄色いズボンにスカーフ、マルチカラーのジャケットといういでたちのコバヤシの存在に気づく人はいませんでした。コバヤシ・タケルは、かつてこのニューヨークでセレブリティになったのですが...。
コバヤシは現在33歳、日本の長野県出身です。細身の体にもかかわらず、ロブスターロール41個を10分、牛の脳57頭分(約8kg)を15分、おにぎり約9kgを30分で食べた記録を持っています。9kgは彼自身の体重の約12パーセントにあたります。
そしておそらく彼の名をもっとも広く知らしめたのは、ホットドッグチェーンのネイサンズが行っているホットドッグ早食い選手権でしょう。それは米国独立記念日に毎年ニューヨーク市コニーアイランドで行われているイベントですが、彼は史上初めて、そこでホットドッグ50個を食べたのです。50個というのはこのイベントにおけるそれまでの記録のほぼ2倍でした。コバヤシは2001年から2006年まで、6年連続で優勝し続けました。
コバヤシは現在ニューヨークに住んでいますが、今年のネイサンズのイベントには出場しません。彼はホットドッグ早食い選手権で国境を越えて有名になり、そのイベントも彼の登場により一気に注目度を高めました。でもここ数年は契約をめぐる問題があり、2010年の同イベントの場にコバヤシが姿を見せたときには逮捕されるまでに至ってしまいました。
ここでいくつか疑問が湧いてきます。彼はこのイベントに参加する人の邪魔をしようとしていたんでしょうか? 過去の栄光にしがみついているんでしょうか? それとも、単にちょっとおかしいだけでしょうか?
ネイサンズのプロモーターのひとり、リッチ・シェイさんに言わせると、コバヤシは自分が「怒りのチェ・ゲバラなのか、大食い界のケニー・パワーズ(ドラマ『Eastbound & Down』の主人公で、メジャーリーグへの復帰を目指しながら体育教員を務める)なのか、はっきりすべき」だそうです。つまり大食い界に革命を起こしてやるくらいのつもりなのか、単に元に戻りたいだけなのかということのようです。僕はコバヤシと数週間一緒に過ごし、この問いへの答えを探しました。
そしてもうひとつ大きな問いは、
「彼の食生活はどうなっているんだろう?」
ということです。まず、ビアガーデンで一緒に食事をしました。ライン風牛肉煮込みはコバヤシにとって初めてでした。というか、同席したマギー・ジェームズさん(日本人とアメリカ人のハーフの通訳で、コバヤシのマネジャー兼ガールフレンド)によれば、ドイツ料理そのものが初体験でした。コバヤシは質問に答えられる程度の英語は話せるのですが、複雑な会話はジェームズさんを介して行われました。
そのディナーの席には、時計はありませんでした。コバヤシは、「こういうときは食事をゆっくり楽しみたい」と言っていました。一方、コンテストのときはのどを弛緩させて食べ物を胃に落とし込む感じだそうです。彼の胃は通常より下がっているため、普通の人より大容量になれるのだと言います。父親譲りの胃下垂で、その父親も大食いコンテストに出たことがあるそうです。
コバヤシはコンテスト中は競技に集中するため、味は完全にブロックしています。「味わってしまうと、最大の能力が出せません」。また、「競技では温度と食感がすべてです。味とか感情は関係ありません」とも言っています。
競技以外の場では、彼は味にこだわります。今回ともにしたディナーでは、彼は牛肉煮込みを楽しもうとしていました。ナイフとフォークを取り上げて、皿に顔を近づけました。数秒後に私が自分の料理を食べながら顔を上げると、コバヤシの牛煮込みは半分なくなっていました。静かに、あっと言う間に。かれはにやりと笑って、ジェームズさんの皿にフォークを伸ばし、彼女のチキンをつまみ食いしました。
コバヤシはマンハッタンのチェルシー地区に住んでいます。アパートメントにはゼブラ柄のラグとアンティークのランプが配され、その中に大食いコンテストのいろんな記念品がずらりと並んでいます。マントルピースの上には、彼がネイサンズでホットドッグを食べている像と、彼が掲載された雑誌記事、スパゲティ早食いでもらったギネスのメダル(100グラムを45秒で食べた記録、ただし後半20秒は最後のつかみにくい1本をつかまえるのに費やしました)、そしてアメリカ独立宣言のポスターが飾られています。僕が彼の部屋に初めて行ったときには、彼はジョージ・ワシントンが歌舞伎風に描かれたTシャツを着ていました。
・ネイサンズとのトラブル
自由はコバヤシにとって重要なテーマです。彼とネイサンズのオーガナイザーでPRの役員であるシェイ兄弟との争いはある契約に関するものです。その契約とは、コバヤシが食関係の仕事をシェイ兄弟の創設したメジャーリーグ・イーティング(MLE)以外で行うことを禁じる内容でした。コバヤシはその契約以前にもシェイ兄弟の独占的なやり方に不快感を持っていたため、サインを拒否しました。そしてその状態のまま、2010年7月4日、ネイサンズのイベントが行われるコニーアイランドに現れたのです。
その結果がこの動画です。コバヤシはコンテスト終了後、「Free Kobi」(Kobiはコバヤシの愛称)と書かれたTシャツを着て、ステージに現れました(彼は、ファンの声援に対し衝動的に反応したのだと言います)。すぐに屈強な警官に金属のバリケードを押し付けられることになりました。彼は不法侵入の罪に問われてコニーアイランド拘置所で一夜を過ごし、拘置所のピーナッツバター・サンドイッチと牛乳一杯を飲みました。
その騒ぎの数ヵ月前、コバヤシは食に集中するためにニューヨークに引っ越していました。ホットドッグ早食いに備えて日本では魚肉ソーセージでトレーニングしていたのですが、魚肉ソーセージは硬さが違いました。そのため日本で入手できるJohnsonvilleのソーセージに替えたのですが、それでも原材料も形も違っていました。結局、アメリカでなければ彼の求めるホットドッグが食べられないと考えたのです。
またアメリカにいれば、ネイサンズやMLEと交渉をしながら、フードファイターとしての身分を確立していくことも可能です。今年8月、彼はハンティントンビーチで行われるタコス早食いコンテストに友人のデクスター・ホランド(バンドThe Offspringのリードボーカル)と一緒に参加する予定です。でもその前に7月4日、独立記念日があります。そのとき彼はマンハッタンのRooftop Barで、ネイサンズのコンテストのテレビ中継に合わせてホットドッグ早食いイベントを行うのです。
「ネイサンズも、世の中に彼らのイベントしかないわけじゃないって気づくと思います」とコバヤシ。ネイサンズ側は、コバヤシのイベントがネイサンズのイベントのパブリシティにもつながっているため、特に迷惑というわけでもないようです。
・スターの軌跡
フードファイター界でMLEから脱出しようとした人は他にもいましたが、うまく行った人はあまりいませんでした。でも、コバヤシのような体験をした人はいないでしょう。ある意味、彼はスポーツマンなのです。
2001年7月4日より前にはホットドッグの世界記録は25個で、これは新井和響、通称「ラビット」が前年に打ち立てたものでした。彼は「TOKYOスタイル」で、パンとソーセージを別々に食べる方法を採っていました。当時のネイサンズのコンテストの観客数は、通常数百人程度でした。
細身のルーキー・コバヤシが登場したとき、誰も気に留めていませんでした。ルーキーは、まるでソーセージマシンが逆回転するようにホットドッグを口に押し込み始めました。彼はホットドッグを半分に割り(のちに「ソロモンメソッド」と呼ばれました)、パンを水にさっと浸けました。コンテストの中盤までに、彼は新井の記録を超えていました。他の参加者も驚きのあまり見入ってしまい、ある参加者はいら立ちのあまりホットドッグを観衆の中に投げ入れるほどでした。コンテストが終わったとき、コバヤシはホットドッグ50個を平らげ、スターになっていました。
「それはまるで、伝説の競争馬セクレタリアートがベルモントステークスで走っているみたいだった」と言うのは、ネイサンズのコンテストで長年審判を務めているブルックリン・ペーパーの編集者、ゲルシュ・クンツマン氏です。
シェイらはその様子を「世界中に響いたげっぷ」と形容しました。コバヤシが連続優勝すると、数百人だった観衆は数千人に増えていきました。さらに2004年にはスポーツ専門チャンネルのESPNがこのイベントを中継し始め、2010年には170万人がネイサンズを見守りました。
2007年、コバヤシはジョーイ・チェスナットさんに敗れてチャンピオンの座を降りました。チェスナットさんはその後4年連続で優勝しています。それでもいまだに、普通の人に「ホットドッグのコンテスト」と言えば、想起されるのは「あの痩せた日本人」なのです。
「みんないまだに彼がチャンピオンだと思っているんです」とMLEのナンバー3、ティム・「イーターX」・ジェイナスさんは言います。「彼は7月4日、多くの人の気分を盛り上げる存在でした。」
・大食い界に与えた影響
コバヤシはフードファイターたちをも変えました。彼は、小柄なアスリートのような体格でもネイサンズをかつて支配した巨人たちに勝てるんだという生きた証拠なのです。日本人は、腹部の脂肪が胃の拡大を制限するという「脂肪のベルト」理論、つまり痩せている人ほど大食いになれるという説を知っていたかのようです。コバヤシの登場以降、米国の大食いコンテストにも細身の人が参加するようになり、そんな参加者たちはコバヤシを強く意識していました。
「(食べ始めたとき)ゴールを定めました」とチェスナットさん。「私のゴールはコバヤシに勝つことです。彼は最強です。彼は食べることをスポーツと考える唯一の人です。」
今日のMLEスターたちはコンテストに備えて懸命にトレーニングを行い、自分をアスリートだと考えています。コバヤシも最初の勝利以降ウェイトリフティングを開始し、筋肉を約25kgも付けていました。チェスナットさんは、のどの筋肉を動かして食べ物を上下させられるほどになったと言っています。かつてアンタッチャブルと思われたホットドッグ50個の記録は、ティム・ジェイナスを含めた3人のファイターたちに破られました。
「コバヤシが食べるのを見て、みんな夢見ることができた」とジェイナスさん。
夢を見たのは、シェイ兄弟とMLEも同様でした。彼らは今や年間90のコンテストを行っています。シェイはMLEからどれだけ収益があがるかを公開していませんが、ファイターの収入は多くありません。ジェイナスさんいわく、彼はトップを占める一人であるにもかかわらず、年間3万5千ドル(約284万円)以上稼いだことはないそうです。最強のファイターになろうとしているチェスナットさんだけはそれなりの収入があるとのことで、だいたい20万ドル(約1620万円)だそうです。その多くはスポンサーから支払われる出演料です。シェイ兄弟はチェスナットさんからの独立の希望も拒否していました。「彼らとはやりにくいことがある」とチェスナットさんも言っています。
・コバヤシの横顔

一方コバヤシにも、気難しさを感じさせることがありました。ビアガーデンで会った後、Skypeで話すアポをキャンセルされ、そのときマネジャーのジェームズさんは自分の別の仕事(服のデザイン)のために東京に行っていました。彼女はコバヤシが独立記念日をどう過ごすかについて話すつもりは元々ありませんでしたが、それでも私が彼らの予定している前に何か暴露してしまうのではないかと懸念していました。私がコバヤシのアパートメントに行くと、彼とジェームズさんは「これからAP通信のインタビューがあって、すぐ出かけてしまうんです」と謝りました。いくつか短い質問をした後、彼らは出て行ってしまいました。また明日来てください、と。
昨年、コバヤシが契約についての不満を表明したとき、またチェスナットさんに負けるのを避けようとする作戦かと疑う人もいました。ニューヨーク市のマイケル・ブルームバーグ市長はコバヤシを臆病者と批判しました。でも彼の喪失感、またはスポットライトを浴びられなかったことが彼にどう影響したか、誰にもわかりません。
コバヤシはつねに隠者のようであり、彼の世界には限られた人しか入らせない完ぺき主義者でもありました。MLEとの契約が切れてからはあまり人前に出なくなり、他のフードファイターを避けるように目立たないイベントに参加していました。中性的な服装をしました。ニューヨークファッションウィークでランウェイを歩いたりもしました。
「彼が何を考えているのか、本当にわからない」とチェスナットさん。「何もかも変に思えるんだ。」
・食べるトレーニング
コバヤシがパンにソーセージ4本をはさんで、キッチンから飛び出してきました。彼はそれをリビングのコーヒーテーブルに注意深く置きました。取材中の数週間、ジェームズさんはコバヤシのトレーニングを見られるかもとほのめかしていました。そんなチャンスは他のジャーナリストにはなかったんですよ、と。
そして結局、私にもチャンスはありませんでした。コバヤシは本当のトレーニングは一人で行い、誰にも邪魔はさせません。競技までの数週間、彼は気難しく、よそよそしい態度になることがあります。ジェームズさんが部屋に泊まるのも許さなくなります。一人でトレーニングするのです。その間にもし食べ物がのどに詰まっても、誰も助けてくれません。彼が10リットル以上もの水を5分で飲んで水中毒になれば、死んでしまうかもしれませんのです。
「刺激に関しては、自分の体を極限に追い込む中毒なのかもしれません」と彼は言います。

彼は再訪を許してくれましたが、僕がキッチンに入ることには落ち着かない様子でした。キッチンには大量のプロテインのわきにホットドッグのパンの袋が積み上げられていました。前日に冷蔵庫の中身を聞いたときには、応えませんでした。キッチンは彼の内なる聖地なのです。そこは彼が「自分の胃と食べ物の戦い」と表現するものへの準備をする場所です。
彼は自分の仕事が長期的に健康に与える影響を心配しているそうです。数年前、彼は強く噛み過ぎるために顎関節症になったので顎をマッサージして温めなくてはならず、歯科と口腔外科にも定期的に通っています。歯や骨に負担をかけ過ぎるので、ウェイトリフティングも辞めざるをえませんでした。それに伴って彼が身に付けた筋肉は急速になくなり、コバヤシはまた「痩せた日本人」に戻りました。でも、以前より優雅に食べることを学んでいました。
直接会ってみると、コバヤシは優しく、好奇心旺盛な子供のようです。礼儀正しく謙虚で、あつかましいところも手の付けられないエゴの兆しもありません。でも彼は自分自身には厳しく、危険を伴う競技の世界から離れようとはしません。彼にはそれしかできないからです。彼は学校では牛乳飲みのチャンピオンで、大学ではシチュー食べのチャンピオンで、日本最大の大食いコンテストのチャンピオンで、ネイサンズのチャンピオンでした。そうでなくなるまでは。
僕は「あなたは怒りのチェ・ゲバラなのでしょうか、それとも大食いのケニー・パワーズなのでしょうか?」と聞いてみました。
彼は一瞬静止して、笑って「両方です!」と答えました。
コバヤシがソーセージを取りに行く少し前、私は彼のリビングのそばにある「トレーニング用」トイレを借りました。僕が入る前にジェームズさんがあわてて来て、便器に浮かぶソーセージのものらしき油を流しました(その後で彼女は、「ソーセージをゆでたお湯をトイレに流したの」と言いました)。そのとき、ある思いが僕の心に突き刺さりました。これは非常に個人的なことなんだ。根源的なことなんだ。世界のほとんどの人は彼のような人を横目で見て笑うかもしれません。でもコバヤシにとって、食べることは生きることなのです。
最後にリビングで、コバヤシはデモを見せようとしてくれていました。彼はホットドッグを準備し、にやりと笑いました。次の瞬間飛び出すように動き出し、一瞬でパンから2本のソーセージを取り出します。ソーセージの端を持って口に押し込み、肉をかみ砕きます。それは数秒でなくなり、残る2本のソーセージも続きます。パンを両手で丸めて攻めます。パンは飛んでいきました。
近くで見ると、野蛮です。人格が変わったようです。彼は何の音もたてませんでした。静かな怒りとともに、彼は食べていました。
・追記
今年の7月4日、彼は69個のホットドッグを食べました。これは非公式ながら、世界新記録でした。
Top image by Jim Cooke
Luke O'Brien(原文/miho)
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