なぜスペースシャトルは引退しなければならないのか...改めて悲劇のチャレンジャー号爆発事故を振り返る(動画あり)

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この日の悲劇を絶対に忘れられないという人も...

最終ミッションに臨んでいるスペースシャトルのアトランティス号(STS-135)は、無事に最後の打ち上げにも成功しましたが、今回でスペースシャトルが引退を迎えてしまう理由の1つに安全上の問題が何度となく指摘されてきましたよね。巨額の予算を割いて貴重な人命を危険にさらすようなミッションを今後は続けることができないとの決断の発端にもなったのは、やはり25年前に打ち上げられた直後に爆発炎上して空中分解の末に墜落したスペースシャトル初の大事故の存在がありますね。

科学技術は時に予想外の結末をもたらしてしまうことがありますけど、決して忘れてはならない1986年1月28日のスペースシャトルの歴史的事故のことを、最後に改めて振り返ってみておきたいと思います。

 

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事故を誘発する要因にもなった背景の1つに、打ち上げが冬の1月だったということもあり、当日のフロリダ州ケネディー宇宙センター内の発射現場の気温は、これまでの打ち上げ時よりも大幅に低かったと伝えられています。この日より少し前に撮影された写真では、濃い霧に包まれて39B発射台で運命の打ち上げ日を待つチャレンジャー号(STS-51L)のなんとも幻想的にも思える風景が残されていますね。

実際に打ち上げの様子を見守った人たちは、勢いよくロケットブースターが発射台からチャレンジャー号を載せて飛び立っていった様子は、これまでと何ら変わらない大成功だったので、現場に居合わせた人々が打ち上げの成功を祝って拍手喝采していたと語ってくれています。1981年の初飛行以来、すでにこの時点でスペースシャトルのミッションは節目の25回目を迎えており、コロンビア号(STS-1)に続く2機目のスペースシャトルとしてデビューしたチャレンジャー号としても、過去に9度の宇宙飛行ミッションを無事に終えて地球へと帰還してきていましたから、まさにこの後の出来事は多くの人々にとって信じられない出来事のように思えたことでしょうね...

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ちなみに今回のアトランティス号の最後の打ち上げの時もそうでしたけど、もう何度となく宇宙に飛び立っていったスペースシャトルの打ち上げにも関わらず、非常に多くの人々が生中継映像を見守ってでも眺めていた瞬間としても、やはりチャレンジャー号の悲劇の打ち上げ日は記録に残る存在でした。

その理由は、この時の乗組員の構成メンバーのチョイスも大きかったようですね。7名のクルーのうち2名が女性であったことに加えて、アフリカ系アメリカ人や日系アメリカ人、ユダヤ系アメリカ人が次々と選ばれて、これまでで最も多彩な顔ぶれがそろっていましたよ。

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なによりも注目を集めたのは、初の一般市民の搭乗者としてクルーに特別に選抜されて乗り込んでいたクリスタ・マコーリフさんの存在です。自らも2児の母親であったクリスタさんは、実は女性高校教師として重要な役割を果たすためにチャレンジャー号のクルーに加わっており、宇宙空間から生徒たちと交信しながら、人類初の宇宙からの授業を実施することになっていましたよ。

スペースシャトルのミッションは、最初の頃こそ打ち上げから着陸の瞬間に至るまで、全米ならびに世界の各地で大きな注目を集めて見守られていましたが、すでに25回目を迎えるまでになっていた当時は、やや注目度が低下して、またいつもどおりにミッションを終えたんだねってくらいの認知度でしか人々に受け入れられなくなっていたんだそうです。

そこで、初の女性一般市民を乗せて、多くの子どもたちまで再び大注目のうちに見守るミッションにしようとの企画でクリスタさんが大抜擢を受け、チャレンジャー号は打ち上げられたのですが、これが裏目に出て、幼い子どもたちまで衝撃の爆発炎上事故の映像をマジマジと見つめることになってしまいましたよ。上の絵画は、この悲劇の空中分解をリアルタイムに眺めて大きなショックを受けた小学校1年生の子どもが数日後に描いたものなんだそうですが、子どもから大人に至るまで、チャレンジャー号の悲劇は脳裏に深く焼き付いて消えないという涙の大反響が寄せられました。

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米国内では、この15年後に生じた、2001年9月11日に航空機がニューヨークの世界貿易センターへと突入する同時多発テロ事件を別にすれば、チャレンジャー号の打ち上げ失敗の映像ほど鮮明に記憶として残る悲劇はないとの反応も、いまだに多いんだそうですね。過去に大成功を収めてきたと思われていた同じ機体で、しかも順調に地上から飛び上がったので発射の成功を祝って喜びに包まれたのが一転、打ち上げから73秒後にすべてが大きく変わってしまい、貴重な7名の乗組員全員の命が奪われてしまいました。

改めて当時のリアルタイムの打ち上げ中継映像を見直してみても、本当に突然爆発してしまったことをアナウンサーまで信じられずに言葉を失ってしまった様子が伝わってきますよね。

我々は決してあなた方のことを忘れない。最期にあなた方と出会い、今朝ほど宇宙へ旅出ってくると元気よく手を振って出発していったあなた方の勇姿を永遠に忘れることはできない。

事故直後の当日夜にロナルド・レーガン大統領が語ったスピーチのごとく、どんなに科学技術が発展を遂げても、決して貴重な人の命が犠牲になる安全上の不備を軽視してはならない教訓としても、この事故のことは決して忘れてはならないのだと思います。スペースシャトルの栄光の歴史とともに、深く記憶にとどめておかなければならない悲劇の1ページとして、チャレンジャー号の歩みは大切に残され続けなければならないですよね...

Kyle VanHemert(米版/湯木進悟)