シリコンバレーの終焉

シリコンバレーの終焉 1

(9月1日付け原稿の翻訳です)夏の暮れ、シリコンバレーではひとつの時代が終わりを告げたガレージの時代が終わったのだ。これからはドーム(学寮)で起業する時代だ。

スタンフォードからシリコンバレーは始まった。シリコンバレー史はすなわちカリフォルニアの大学の歴史でもある。シリコンバレーはスタンフォードUCバークレイカリフォルニア工科大の卒業生が築き上げてきた。HPもインテルもアップルもシスコもAMDもサン・マイクロシステムズも古参のフェアチャイルド・セミコンダクターもみな、ゴールデンステート(加州)の大学が育てた会社である。

20世紀最大の企業の中には、大学の若造がチャンスに賭け、市場もない用途も思いつかないようなクレイジーな技術で製品を編み出して作った会社もある。トランジスタ、半導体、そして線型加速器。思いつくと、若者たちは安いスペースをなんでもいいから探してきて、そこで技術を形にした。それはスタンフォード周辺の隙間風がぴゅーぴゅー吹き荒ぶ小屋であったり、工場街であったりした。ガレージと作業場と建付けの悪い小屋からシリコンバレーは創生した

 ビル・ヒューレットデイビッド・パッカードは1939年にガレージでヒューレット・パッカード(HP)を始めた。それから40年近く経った後、スティーブ・ジョブズスティーブ・ウォズニアックジョブズの実家のガレージアップルを始めた。この40年の間に他にも沢山の企業が創業した。

今やアップルのガレージはナード巡礼の聖地となって(そこに今も独り暮らししてるジョブズ養父の後妻さんが大変迷惑して)いる。HPのガレージは「シリコンバレー誕生の地」として州の史跡に指定され、今や文字通り博物館だが、このままここが「シリコンバレーの霊廟」になってしまうのでは...と思う今日この頃である。

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スティーブ・ジョブズはアップルを去り、HPはパソコン事業撤退を模索。それやこれやひっくるめて今年の夏は、シリコンバレーのシリコン時代の終わりを画するシーズンとなった。

大きな野望を抱えるハードウェアのスタートアップがパロアルトとかメンロパークのガレージから会社を立ち上げる...なんて話も近頃めっきり聞かれなくなった。今後もないだろう。今どきの製造事業は研究も労働力も桁違いに要るのだ。とても大学の学生の視野に収まるものではない。ハードウェアビジネスを立ち上げたかったら今は中国に足場を移さなくてはだめだ

シリコンバレーにもスタートアップは相変わらずいる。過去の起業家がアメリカの巨人に成長し、それを見た次の世代も彼らの一攫千金に続けとばかりに邁進している。それはまるで夏の次に秋がくるように確かなことに感じられるのだが...もしかしたら8月で衛兵は交代し、ルールはがらりと変わってしまったのかもしれない。

これはシリコンバレーのみならず、アメリカ全体で起こった現象でもある。工場労働者は知識労働者に取って代わられた。みんなが手にするガジェットは「Designed in California」でも、カリフォルニア産ということは、まずない。そんな時代はもう二度と巡ってこない。今はスタートアップはドームルーム(寮部屋)で済んじゃう時代なのである。

今のバレーはグーグルフェースブックの天下だ。どこも寮部屋や学外アパート、コンピュータラボでローンチした会社(グーグルは一応セルゲイ・ブリンの夫人の姉のガレージで起業したけど)である。ハードウェアではなくソフトウェアをつくる会社である。換気も要らない。不動産屋に高い投資払って地所を確保する必要もない。

だいたい今のパロアルトは兎小屋みたいな築半世紀の家で億円もする。ガレージひとつ借りるんだって安くはないからね。

スタンフォード、バークレイ、カリフォルニア工科大、そしてサンドヒル・ロードに並ぶ著名なベンチャーキャピタルは相変わらずバレーとアメリカ経済に頭脳とマネーという飯を注入し続けているし、これからもイノベーションを牽引し続けるだろう。しかし、前と同じではない。ワイヤードの格言の敢えて裏を言わせてもらうならシリコンバレーの未来はアトムではなくビットの物語となるだろう。

ガレージなんてもう、どこにもない。スタンフォード前にテスラがチョロッとあるぐらいか...。素敵な夏の次には素晴らしい秋が来ますように―。

Mat Honan(原文/satomi)