負けず嫌い、NBAファン、語学堪能。スイス留学中の金正恩少年はこんな人だった

負けず嫌い、NBAファン、語学堪能。スイス留学中の金正恩少年はこんな人だった 1

スイス留学当時は英語もドイツ語もペラペラで、バスケが大好きで、勝ちに無茶苦茶こだわり、ナイキの一番高いシューズを履き、NBA選手を神と崇め、トニー・クーコッチとコービー・ブライアントと一緒に撮った写真が自慢だった―。

金正日(キム・ジョンイル)総書記が亡くなり、後継の末子・金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong Un)氏(28)に世界中の視線が集まっています。

彼はどんな人なのか?

1998~2000年のスイス留学当時の彼を知る人々にワシントン・ポストが取材してまとめた2009年の記事には、こんな風に書かれていますよ。

国営のドイツ語学校「Liebefeld-Steinhölzli Schule」在学中(1998~2000年)、彼は教師に「パク・ウン(Pak Un)」と名乗っていた。地元のウエリ・ステュデール(Ueli Studer)教育長によると、スイス政府には首都ベルンにある北朝鮮大使館職員の息子として登録されていたようだ。

 

 

Liebefeldに入って最初の数ヶ月、パク・ウンはドイツ語が未熟な留学生向けのコースを取っていたが、たちまち習得し一般クラスに編入した。「周りによく溶け込み、勉強熱心で、野心家な」少年だった、とステュデール教育長は言う。当時の友人たちも、パク・ウンは文法は時々間違えるものの流暢なドイツ語を話していた、スイスの訛りで苦労していたようだけど、と話している。彼は英語もできた。

音楽の授業の映像には、黒のスエットパンツにナイキ・エアジョーダンを履き、黒の長袖のスポーツシャツを着た、しなやかで機敏なアジア人少年の姿が残っている。彼は、アフリカンドラムやタンバリンを叩くクラスメートを尻目に所在無げに体を揺らしている。授業では大概物静かで、ソワソワ落ち着かないこともある(特に女の子がそばにいると)パク・ウンも、バスケットボールのコートに立つと別人だったと当時の友人たち。彼はNBAファンという共通の趣味を持つ移民の子が主体のグループに混じって遊んでいた。毎日のように同じリングにシュートしていたコヴァチェビッチ(Kovacevic)(現在は技術スペシャリストとしてスイス軍勤務)は、無茶苦茶闘争心のあるプレイヤーだった、と当時の彼を振り返る。

「すぐ熱くなる。事をなす。プレイメーカー(攻撃の先導をする選手)だね」、「自分にはシュートできるかどうか自信がない時も、彼に任せれば絶対できる自信があった」

もうひとりのスイス時代のバスケ仲間のマルコ・インホフ(Marco Imhof)も、あのコーリアンはシュートもドリブルもタフで素早かった、と言う。「負けず嫌いだった。勝つことがとにかく重要だった

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旧友の話によれば、Liebefeld在校当時のパク・ウンは政治には全く興味を示さず、人前で反米の発言をすることもなかったという。それどころかアメリカのバスケットボールのスターを神と崇め、シカゴ・ブルズのスーパースターのマイケル・ジョーダンの似顔絵を何時間もかけて描いていたそうだ。

自宅のKirchstrasseの広いアパートに寄った友人の話によると、パク・ウンの部屋はアメリカのバスケットボール関連グッズで溢れ返っており、シカゴ・ブルズのトニー・クーコッチとロサンゼルス・レイカーズのコービー・ブライアントと一緒に撮った写真を自慢げに見せたという。どこで撮った写真かは分からないが。少なくとも1度は北朝鮮大使館の車でパリまでNBA観戦に出かけたこともある。


次男の金正哲(Jong Choi)氏もスイスに「パク・チョン」という名前で1996~1998年に留学していて、やはりバスケ一筋だったようですが、ゲームオタクな上に、「女々しすぎて向かない」(金正日の寿司シェフの談話、AP)ので後継が見送りになったとの未確認情報が漏れ聞こえてきております。マイケル・ジョーダンの似顔絵に打ち込む三男坊もいやいやどうして...ですが、さて、その統治能力はいかに?

Who Will Succeed Kim Jong Il? [Washington Post]

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関連:北朝鮮の若き指導者・金正恩氏、統治能力は未知数 - WSJ日本版 - jp.WSJ.com

TOMMY CRAGGS(原文/satomi)