アップルが特許戦争に勝てば、みんなが負ける(動画あり)

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昨日HTC相手の特許訴訟でアップルが限定的勝利を収めましたが、あんなのは前座の小競り合いで、アップルが本当に潰したいのはAndroidですよね。でもこれにアップルが勝つとロクなことにならない、我々みんなの敗北が待ってるだけだと思うのです。

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iPhoneは従来とは全く違う製品でした。その技術と知的所有権を守るのは当然の権利です。が、クパティーノがやろうとしてるのはそれだけじゃない。Android抹殺なんです。GoogleのモバイルOSが地上から消えればいいと思ってる。和解もなし。クロスライセンスもなし。死あるのみ

その妥協のない態度は「Androidを潰してやる、そのためなら熱核戦争も厭わない」という生前のジョブズ氏の言葉でも明らかだし、エリック・シュミットCEO(当時)にカフェで会った時にもジョブズ氏は「50億ドルくれるといっても欲しくない。金ならうなるほどある。我々のアイディアをAndroidで使うのをやめてくれ。それだけが望みだ」と誤解のない言葉で伝えたと、ウォルター・アイザックソンの伝記には書かれています。

アップル勝利の道はふたつ――市場と法廷です。

市場の戦いならとことんアップルの気の済むまでやればいい。勝者を選ぶのは消費者ですからね。これはOKなんです。しかし、ひと握りの裁判官・弁護士の手にテクノロジーの方向を決める権限が委ねられてしまうのはOKじゃない。おかしいです。

核戦争みたいな全面勝利を収めたかったら、圧倒的な技術革新と価格競争力、この両輪が必要です。

が、現実的に考えて、そんな完全勝利はもはや望むべくもないわけです。少なくとも今後3年間はムリでしょう。Androidも消費者に強い足場を築いてしまってますからね。Androidフォンは値頃過ぎるし、Googleも提携端末メーカーもAndroidにかなりコミットしてるので、完全撤退なんてあろうわけがない。

 

となると残るは法廷です。

そんなわけでアップルは専らAndroid陣営(主に端末メーカー)を提訴しまくって今に至るわけですが、これは全くもってOKじゃない動きです。というのも、特許は制度そのものが崩壊してますから。根本の根深いところで。技術を保護育成するため生まれた法制度が、今や技術を殺すために利用されているのが現状です。

アップルには本物の技術革新もある。本物の発明もある。それが何が悲しくてこんなパテントトロール(特許ゴロ)みたいな安っぽいことするんでしょう? 消費者が将来使う技術を左右する重要な判断を、技術のこともロクにわからない法律の専門家に丸投げするような安っぽい真似を、なぜするのか? 他の人はこれ見て何とも思わないんでしょうかね...?

iPhoneは革新的端末でした。iPadも。独自性をキープするためにも、アップルには技術と知的所有権を保護する権利がある。アップルの特許が鉄壁で、競合はアップル製品開けて中のもの真似するぐらいしか手も足も出ない、それだったら技術は守った方が技術革新のためにはプラスでしょう。しかし、そうじゃない。アップルがやってるのは今どき特許戦争で誰もがやってる馬鹿なゲーム、あれと全く同じなんです。

参考までに書いておくと、特許の網をかけられる技術は、新規(novel)で非自明(non-obvious)な技術だけです。プライアー・アート(先行技術)に既存の事例が見つかったらアウト。特許要件はクリアできません。つまり似た製品を過去まで遡って、先行例がないかどうか確認しないといけない

アップル製品には確かに新規性のある技術もあります。iPhoneのような製品は2007年まで誰も見たことがなかった。でも、アップルが保護しようとしてる技術の中には、誰が見たって自明なものもあるんです。

例えば先日のHTC訴訟でアップルが勝ったのが、それ。あれはパターンを認識し、それに基づいて動作する技術にかかる特許で、例えばメール中の電話番号をタップするとダイアラーが起動して電話かけたり、そういうのにかかる特許なんですね。

ところが文字列(電話番号など)を認識して検索結果をそれに合わせて表示する機能なら、iPhone発売の遥か以前にグーグルが実装しちゃってるんです。遅くとも2006年(おそらくもっと前)にはUPS(米国の宅急便)のトラッキングコードをGoogleで検索すると、その番号を解析してUPSに送信して返ってきた配送状況を検索結果のトップに表示するところまで全部Googleがやってくれてました。電話番号も同じ。iPhoneでできることは全部できていたんです、電話かけるのを除けば。

検索エンジンで当たり前にやってることでも携帯電話でやったら非自明(non-obvious)なのか? わからないけど、でもこれは人によって見方が割れることは確か。なのにアップルはこれでHTCを訴えて勝ったんです。

iPadも同じです。確かに新規なところはありました。背面に微妙にカーブが入ってるから平らな面に置いた状態からでも簡単に持ち上げられる、とかね。でもアップルはサムスンの何を訴えて、諦めさせようとしてるんです? やれベゼルが似てる、やれ角が丸いのが似てる、やれ長方形のかたちが似てる、やれカラーが似てる...これでは良いデザインの原理を無視してなんかテキトーに作れや、とサムスンに無理難題突き付けてるようなもんじゃないですかね。あれとそっくり同じデザイン原理採り入れた製品はAppleがiPad出す遥か前にもう出ていたんです。某CrunchPadなるものが! 忘却の彼方かもしれないけど!

アップルがこんなせっせと提訴してるのは、過去に痛い経験をしたせいもあるんでしょう。一度法廷で惨敗してますからね。同じ過ちは二度と繰り返したくない。ある意味アップルはハイテク企業のジョージ・ワレス(George Wallace)になりかけてるんですよ。

1958年ジョージ・ワレスはアラバマ民主党知事候補選出の予備選で、KKKの支持を得て毒々しい差別支持の政策をぶち上げた対立候補のジョン・パッターソンに敗れます。これに懲りたジョージ・ワレスは「人種差別発言の数で二度と負けてなるものか」と側近に誓い、それを実行に移し、1962年の知事選で大勝利を収め、翌63年1月の知事就任演説では全米が見守る中、「segregation now, segregation tomorrow, segregation forever(今も差別、明日も差別、永久に差別)」と高らかに宣言。「21世紀アメリカの政界で最も大きな影響力を持つルーザー」(伝記作家)となります。

ワレスの運命を分けた戦いが1958年の知事予備選なら、アップルのそれは1994年の対マイクロソフト訴訟敗訴の瞬間でした。アップルは著作権侵害だと訴えたのですが、法廷はアップルの著作権には特許のような保護の網はかからない、と判断。この司法判断をもってマイクロソフトとHPはデスクトップのメタファーを採用したグラフィカルユーザインタフェース(GUI)搭載型パソコンの出荷を見合わせなくてOKになったんです。

(無論、GUIとマウスとデスクトップのメタファーを採用したパソコンはアップルが最初というわけでもなかったしね。ゼロックスのAltoに全部搭載済みでしたから。Altoと言えば、Macintosh事業立ち上げの時の最初のビジネスプランもアップルのマーケティングチーフが終業後のXerox PARCに夜こっそり忍び込んで友人のXerox Altoでビクビクしながらタイプしたんですよ。当時ああいうマシンは他になかったんです)

しかし1984年にMacintoshが発売になってから、2007年にiPhoneが発売になるまでの間に、ある変化が起こりました。ソフトウェア特許です。これが広く応用され始めたのは1990年代に入ってから。これとスティーブ・ジョブズのアップル復帰がどんぴしゃ重なって、21世紀最初の10年が終わる頃には右も左も特許戦争になってしまったのです。

2007年スティーブ・ジョブズはiPhoneを発表した際、機能で観客をアッと言わせた後で、「死ぬほど特許をかけた」と宣言しました。対マイクロソフト訴訟では特許より著作権を争点にして苦杯を舐めたアップル。今度の新興スマフォ市場では「特許の数で二度と負けてなるものか」というわけですね。

あの時の特許が今こういう形で実を結び、アップルはいくつかの局面で大勝利を収めました。が、過去が序章だとするなら(明らかに今のアップルは過去の教訓の上に動いている)、法廷でAndroidを抹殺することが果たして将来アップルのプラスになるのか?...というと、僕にはそんな白黒ハッキリしたことには思えないのです。消費者にとってプラスにならないことは確かだし

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ここでちょっと思考実験。

アップルがマイクロソフト訴訟で勝っていたら今頃どうなっていたと思います? マイクロソフトはアップルに死ぬほどライセンス料払わないとWindows 2.0もWindows 3.0も出荷停止で、あのWindows 95も出荷停止です。そしたら今頃、僕らはどうなっていたのか? 

Windowsがなかったら、Appleも「もっといいもの」なんて別に造らなくて生きていけるんだし、今のクパティーノも全く状況が違っていたはずですよね。マイクロソフトに裁判で負けて市場シェアがどん底まで落ちたからAppleは、狂ったようにイノベートしないと生きていけなくなったんです。

Appleが勝訴してたら何も好きこのんでSystem 7時代からMac OS Xに移行する必要もなかった。NeXTを買収する必要もなかった。放蕩息子スティーブ・ジョブズを呼び返す必要もなかった。Mac OS XがなければiOSもない。iOSがなければiPhoneもない。iPadもない。

ジョージ・ワレスは差別をこん棒がわりに利用し、それが民心を動かし、選挙に勝ちました。しかし今振り返ってみると彼はそのこん棒で自分自身を傷つけ、アラバマを傷つけ、全米を傷つけ、その傷が癒えるまでには、その後、何年もかかったんです。

アップルが知的所有権を守るのは全く構わないんです。が、Androidは市場を担う健全な勢力です。市場で潰すなら、ティム・クックCEOと会社の面目も立つし、結構なことでしょう。でも市場で勝負するんじゃなく法廷にAndroidを引っ張り込んで潰す、イノベーションでGoogleに勝つのではなくGoogle差別でGoogleに勝つ――これはアップルにとっては結構なことでも、社会のためにならない、テクノロジーのためにもならない、巡り巡ってアップルのためにもならないんですね。

しかもアップルが過去30年、我が物としてきた素晴らしいイノベーションも、そのほとんどは元を質せばゼロックスからのアイディア盗用じゃないですか。スティーブ・ジョブズはピカソの名言「good artists copy, great artists steal(優れたアーティストはコピーする、偉大なアーティストは盗む)」を好んで引用したものです。

もしアップルが法廷でAndroidを本当に潰してしまったら、次のグレイトなアイディアは一体どこから仕入れるんでしょうね? 弁護士から? それはないと思いますよ。

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MAT HONAN(原文/satomi)