Macintoshの最期

Macintoshの最期 1

寂しい、けれど...。

Mac OS Xは、先週発表されたMountain Lion「OS X」になりました。そう、「Mac」がなくなったんです。これは明確な意図があってのネーミングだと思われます。つまり、20年以上も続いてきたMacintoshというデスクトップメタファーの終わりが近いことが示されているのではないでしょうか。

これは、MacBookやiMacがなくなる、ということではありません。でもそうしたコンピューターを定義してきた、ソフトウェアの魂の部分が入れ替わっていくということです。おそらくあと2年もすれば、MacintoshはiOSという新しい花に命を譲った老木のような存在になっていることでしょう。

そんな見方を否定したい人もいるかもしれませんが、これが今実際に起こっている現実です。アップルがアプリ中心のユーザー体験モデルを構築しつつある一方では、マイクロソフトも情報中心のMetroインターフェースを導入しつつあります。Metroインターフェースは、iOSがOS Xを飲み込んでいくのと同じように、Windowsを飲み込もうとしています。マイクロソフトも、かつてアップルからコピーしたデスクトップメタファーを終了させようとしているのです。

なぜ今、この方向に向かっているのでしょうか?

こうした流れは、iPhoneの勢いがもう止められないことにアップルが気づいたときから始まりました。iPhoneで体現された新しいコンピューティング、すなわち「ファイル」の概念が不要で、タッチで自然に操作できるという使い方は、ユーザーからの強い支持を受け始めました。そうしたコンピューティングの形はiPadにも引き継がれてビジネスでも使われるようになり、コンテンツの消費はもちろんその創造のためのプラットフォームとしても成長して行きました。

Mountain Lionでも2012年のMacBook Proでも、この流れは引き継がれていきます。アップルのティム・クックCEOもウォールストリートジャーナルのインタビューで、ラップトップとタブレットは共存すると言いつつ、テクノロジーとしてはひとつに収れんしていくと言っています。

これは机上の話ではなく、ユーザーがこの方向性を支持しているのです。テックビジネス情報ブログのAsymcoでホラス・デイドゥ氏が公開している下のチャートを見てみましょう。アップルは28年で1億2200万台のMacを販売してきましたが、iOSデバイスの販売台数は1年間でそれを上回り、1億5600万台に達しているのです。

Macintoshの最期 2

たった1年で、30年近く作り続けてきた製品より3000万台も多く売り上げているのです。もちろん、この30年でコンピューター自体が大きく変化し成長しているのですが、その分差し引いたとしても、iOSがいかに急速に幅広く受け入れられていったかがわかると思います。

アップルはiOSデバイスでの躍進によって大きな利益を手にし、だからマイクロソフトもMetroで巻き返そうとしているのです。

iOSとMetro搭載のWindowsでは、ユーザー体験は異なるものになるでしょうが、核となる構造がデータベースドリブンであると言う点において共通しています。どちらを搭載したデバイスでも、ユーザーの持つ楽曲や動画や文書やスケジュールやゲームスコアやソーシャルなプロフィールといったデータが、全デバイスからアクセス可能になっています。アップルユーザーの場合、そうした情報はほぼ独立のアプリからそれぞれアクセスする形が取られています。マイクロソフトユーザーの場合、情報の海はひとつにまとまっていて、その海をナビゲートされる方法がたくさんあるという作りです。

大事なのは、MacにおけるFinderにしろWindowsにおけるExplorerにしろ、その役割を終えつつあるということです。デスクトップメタファーが消えていくということです。

この変化を望まない人がいることも、理解できます。彼らいわく、「ファイルを管理したい」とか「仕事では使えない」とか、いろいろと不安なことがあるのです。ただ、そう主張する人たち自身も、実はもう変化してきているのです。

デジタル音楽の初期の議論を思い出すと、最初2、3年は、楽曲をデータベース管理するiTunesのようなプログラムを嫌う人たちがいました。彼らは、ファイルやフォルダを手動で管理したかったんです。でも、今や音楽とか写真とか動画といったオブジェクトやリソースが、ハードドライブとインターネット上に何万もあるという時代です。データベースなしでは管理できません。今でも手動管理にこだわるとしたら、それはデスクトップメタファーの初期にコマンドラインにこだわっていた人たちと同じようなものになります。

デスクトップメタファーの死は、我々が古い情報管理の方法を捨てるために必要な最後のステップです。寂しいけれど、有意義なステップです。従来の方法は、現在我々が日々処理している大量の情報を扱うためにデザインされたものではありませんでした。我々も、我々が扱う情報も、変わってしまったのです。そしてMacも、デスクトップという概念も、迎えるべき死を迎えようとしています。

[WSJAsymco]

Jesus Diaz(原文/miho)