革新的なトイレの設計に行き詰まってアップルの地下室へ... ジョブズの真の後継者とも評されるジョナサン・アイヴの素顔!

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多くを語らぬ天才の素顔!

アップルといえば、ギズ読者の皆さまは、どういう人物が頭に思い浮かびますか? やっぱり第一に口を突いて出てくるのは故スティーブ・ジョブズCEOであるにしても、他に続く人物はいかがでしょうかね? ジョブズとともにアップルを立ち上げたウォズことスティーブ・ウォズニアック共同創業者でしょうか? それともジョブズの後を継いで現在のアップルを率いるティム・クックCEOなんて名前が浮かんでくる人はおられるのかな?

実は忘れてはならないのは、ジョブズの陰に隠れて、それほど目立ってはこなかったものの、真のアップル製品の生みの親とまで評される、アップルでデザイン部門を率いてきたジョナサン・アイヴの存在です。そもそもこれまでアップルのデザイン戦略という意味合いからも、公の場で多くは語られてこなかった天才デザイナーの歩みについては、興味はあるものの詳しくは知らないという方が少なくないかもしれませんよね。

スキンヘッドがトレードマークとも言われ、いつもTシャツにジーンズ姿のスタイルを崩さないジョニー(本人はジョナサンよりもジョニーと呼ばれることを最も好んでいるらしい)が、ジョブズに見込まれて数々の革新的なアップルのヒット商品を手がけるに至るまでの長い長い道のりについては、これまた1冊の伝記が書けてしまうほどの感動のストーリーがありそうですけど、ちょっぴりその生い立ちから意外なる過去に迫ってみることにいたしましょう。

 

 

ジョニーことジョナサン・アイヴが生まれたのは、イギリスはロンドン北部のシングフォード(Chingford)ですね。1967年に誕生後、ジョニーは小学校時代をシングフォードで過ごしました。あまり関係ないかもしれませんが、イギリスのスターサッカー選手のデビッド・ベッカムとも同じシングフォード育ちで生い立ちが似ているということですよね。

ジョニーの父親はデザインを教える教職に就いており、1980年代に入って、イングランド中部のスタッフォードシャー(Staffordshire)へと引っ越した学生時代から、すでにジョニーの光るデザインセンスに学校の教師たちは注目していたとも伝えられていますよ。

とはいえ、学生時代のジョニーは、ラグビーとバンドでの活動に明け暮れる日々を過ごしていたようですね。Wildwood Fellowshipと呼ばれる教会で出会った仲間たちとバンドを組み、バンド名「Whiteraven」のグループでドラマーとして活躍したジョニーは、いつも興味深いことに自分よりもはるか年上のバンド仲間にばかり囲まれては仲良くやっていく好青年だったんだとか。

ジョニーは背が高くて、図体のデカい奴だったけど、おとなしい部員だったよね。そんなに目立つタイプではなかったんだけど、やるべきことは絶対に途中で投げ出したりはしない、黙々とポジションを守る非常に責任感のあるプレイヤーだったよ。フォワードにいた時なんかは、挑戦的な相手に対して一歩も引かない強さを常に見せてくれたのが印象的だったなぁ。

そんなふうにジョニーと一緒にプレイしたラグビーチームのキャプテンは語ってくれていますよ。こういう学生時代のジョニーの姿と現在までのアップルでの仕事ぶりには、やっぱり大きな共通点があるようにも感じますよね。

実はジョニーは将来のビジョンとして自動車のデザインを手がける仕事に就く熱い夢を持っていたそうで、最初はロンドンのMartins Art Schoolへと進学します。でも、後にNewcastle Polytechnicの美術学校へと移り、そのままイギリスで自らの才能を活かせるデザイナーとしての職を求め始めますよ。

我が社も例外ではないのだが、イギリスの企業がジョニーの才能に気づかず、彼のような天才を国内に引き止めておくことができなかったのは非常に悲しいことだ。

そんなふうにジョニーが最初に就職した会社の人物が現在でも嘆いているように、ジョニーの卒業後の人生は順風満帆というわけにはいきませんでしたね。ジョニーがイギリスで就職した会社はバスルーム設備を扱っており、そこでジョニーはひたすら革新的なデザインのトイレの開発へと励みましたよ。

ある時、ジョニーが自信を持ってデザインしてきたトイレの新作を、会社のトップ経営陣の前で発表する機会があったんだ。それはそれはジョニーは楽しみにしていたよ。でも、発表が終わった時、あろうことか当時の赤っ鼻の社長はジョニーがデザインした部分だけをゴッソリと取っ払って新製品を売り出すことに決めてしまった。愚か者のトップを抱える会社に勤めた悲劇以外のなにものでもないよね。この瞬間こそ、イギリスがジョニーを永遠に失うことになった転機だったとボクは思っているよ。

そんなふうにジョニーの同僚も語っている通り、この頃からジョニーのイギリス脱出の思いは定まり始めていたのかもしれませんよね。実は不思議な縁でしかありませんけど、奇遇なことにジョニーが勤めていた会社の取引先には、なぜかアップルも含まれていて、会社からカリフォルニアのアップル本社へと出張に出向く機会が訪れたのですが、それがそのままジョニーの人生の大きな転機となってしまったようですよ。

その出張中にジョニーだけがアップルのトップに呼ばれて、ちょっと打ち合わせが終わったら浜辺で日光浴でもしないかいって誘われてたんだ。まだ寒い冬の晴れの日だったから、こんな天気で日光浴なんてあり得ないって、実はボクはすぐに感づくものがありましたね。アメリカに来ても、相変わらず浮かない顔ばかりだったジョニーが、その日光浴とやらから帰ってきた時には満面の笑みをたたえていたよ。アップルからオファーがあったんだってことは、ジョニーの口から聞かされなくても分かってしまったよね。

先ほどのジョニーの会社の同僚は、同じくカリフォルニアへの出張に同行した時のエピソードを、こんなふうに明かしてくれていますね。アップルにおけるジョニーのサクセスストーリーの始まり始まり~、パチパチパチパチ!

そう展開していくと思いきや、実はまたここからもジョニーの苦しみは続いていきますよ。なんとアップルがジョニーに用意したのは地下の暗い一室で、そこでジョニーに思う存分、新製品のデザインと開発に励んだらいいと伝えてデザイナー部門のポストを用意したものの、あまりにもジョニーが作り出すプロトタイプは奇抜で突拍子もなかったため、幾百という新製品の提案が行なわれたものの、すべて見向きもされないまま何年も過ぎていってしまったのでした。

アップルは自分の好きなようになんでもデザインはさせてくれる。ただ、こうやって自分が生み出したアイディアのどれ一つとしてまともに採用されたことがなく、だれも見向きもしてくれないというのが正直なところだ...

そんなふうにフラストレーションが溜まりに溜まったまま、とうとうジョニーは故郷のイギリスへとアップルでの職を辞して帰国することを考え始めますね。そして、その計画を実行に移す寸前の1997年、再び大きな転機が訪れたのでした!

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世界を大いに驚かせ、これまでのコンピューターのデザインイメージを大きく打ち破ってデビューした、こちらの「iMac」のことをギズ読者の皆さまは覚えておられるでしょうか? これこそが実はジョニーの率いるアップルのデザインチームから誕生した初の大ヒット作とも呼ぶべき製品となりましたが、このiMacが世に出るに至ったのは、1997年に12年間のブランクを経てアップルへと復帰したスティーブ・ジョブズと大きな関係がありますよ。

ジョブズがアップルへと復帰した直後、例のジョニーが篭る地下のデザインオフィスを自ら訪れては衝撃の一言が発されたそうです。

オー、マイガッド! ここにこんなにスゴいものがあるのに我々は何をしていたんだ?

それからのジョブズの決断は非常に速かったみたいですよ。いつも薄暗い地下の一室などではなく、急いでジョニーと彼の元で働くデザインチームの全員を最新設備の整った明るいキャンパスルームへと移動させ、多大の投資で最新鋭のデザインルームを完成させたかと思いきや、プライベートなキッチンルームまで併設してはデザインチームを完全に隔離し、現在のアップルの特徴でもある秘密のベールに包まれた新製品開発プロジェクトチームを発足させたのでした...

ちなみにジョニーは日本文化への興味関心も非常に強く、ある時などは刀鍛冶の職人技を見守るためだけに来日したことがあったとも伝えられています。何度も何度も刀を打っては、シャープに研ぎ澄まされつつも強い刃が作られていく様子をじっと見つめながら、ジョニーの頭の中には何が浮かんでいたのでしょうか?

もしかすると、ジョニーのデザインスタイルにも共通するものがあったのでしょうね。例えば、一連のiMacシリーズの開発エピソードの1つに、ジョニーが大いにこだわったスタンド部分への思い入れが伝えられていますよ。実はジョニーはiMacのスタンドを完成形に仕上げるためだけに、毎日毎日ひたすら改良を重ねては何か月も過ぎたことがあったそうですね。そしてついに満足のいく仕上がりを見せたのですが、実際に発売された製品の外側にはジョニーの苦労は一切現われておらず、中で静かにiMacを支えるスタンド内部での目立たずとも貴重な働きをするパーツとしてのみ存在していたと言われていますよ。

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ここまでデザインの細部にまでこだわりがあるジョニーですから、ついにアップルへと復帰したジョブズによって素晴らしい才能を見出されて花開いたとは言うものの、やはり大いなるこだわりがあるジョブズとはぶつかり合うこともしばしばあったようですね。最初にiMacが世に出た頃は、仕事用のマシンではなく楽しさをも追求するコンピューターとして大人気を呼んだものの、ジョブズには気に入らないポイントもあったと伝えられていますよ。例えば、初代iMacの透明デザインのマウスは革新的なデザインかもしれないけれど、使い勝手は決してよくないこととかがジョブズに指摘されていましたね。

デザインとシンプル機能を追求して、ジョブズにもジョニーにも満足のいく作品の誕生は「iPod」のリリースからではないかとも一部で伝えられたりしていますよ。そして、ここからはよく知られている「iPhone」誕生そして「iPad」の大成功へと続いていくわけですね...

一部にはジョブズがCEO職を辞した後、このアップル製品の成功の立役者でもあるデザインの天才ジョナサン・アイヴこそが、ジョブズの真の後継者として次なるアップルを率いていく存在になるのではって予想もささやかれていました。ただ現実としては、やはりジョニーはデザインに全力を注ぐ男なので、より経営感覚に優れたティム・クックCEOがアップルを率いる方向性へと進んできた感じなのですが、いまここへ来て大いに注目されているのは、ジョニーが生み出した数々の革新的な製品プロトタイプで、ジョブズ時代には世に出てこなかった偉大なる発明の行方ですよ。その数は両手で指折り数えるには足りないほどの量に上るんだそうで、ボクらの心を熱く燃え上がらせるような、まだ見ぬ大発表が実は控えていたりするのかもしれませんよね!

いかがでしたでしょうか。ジョニーが健在である限り、まだまだアップルの快進撃は続くのかもしれないという確信は強まりそうですし、いずれにせよ今後のアップルを語る上でも、ジョナサン・アイヴの存在に注目しておくのは非常に重要だと思われますね~

Daily Mail

Kat Hannaford(米版/湯木進悟)