もしもUFOに誘拐されたら、どうやって信じてもらえばいいの?

もしもUFOに誘拐されたら、どうやって信じてもらえばいいの? 1

人間の認知には、どうしようもないような弱さがあります。心理学者はこれを「無知に訴える論証」と呼んでいます。これはどういうモノでしょうか。

例えば、空でピカピカしている光を見たとします。それが今までに見た事もないような光で、一体全体何だか分からなかったとします。あなたはきっと「UFOだ!」と思うでしょう。Uは未確認(unidentified)を意味しているわけですから間違っていません。でも、それから「何だか分からないけど、おそらく宇宙からきたエイリアンだ。」と言ったとします。これが「無知に訴える論証」です。それが何だか分かっていない時には解釈を止めるべきです。分からない時に、分からない物をAだ、Bだ、Cだ、などと判断するのは無知から発生した、実りのない議論であってナンセンスです。

でも人というものはついついこういう事をやってしまいます。無知と対峙することは居心地が悪いもので、とりあえず答えを探したいという欲求があるものなのです。

あなたがそういう欲求に忠実で、知らないものを知らない状態のままにしておくと背中がむずむずするタイプなら、科学者にはなれません。科学者とは分かっている事と分からないものの間で生活している人のことです。科学者の実態はジャーナリストが表現するのとは大きく違います。多くの記事が、「今こそ、科学者は構想段階に戻る必要がある。」という文言で始まります。まるで、科学者らがオフィスで足を投げ出して座っていて、「わぉ、○○が××を発見したぞ。」と言っているかのようにです。しかし、そうではありません。科学者は常に構想段階にいるのです。そうでなければ新しい発見はできません。でも一般的には、科学は今まで知られていなかったことに、さくっと決定的な説明をつけて、真実を描いていると思われています。

  

心理学の研究だけでなく、科学史を見てみても証言は最もあてにならないという事が分かります。恐ろしいことに、これが法廷ではかなり重用視されていますけれど。

分かりやすいように伝言ゲームを考えてみましょう。全員が列に並び、最初の人がお題を聞き、次の人にそれを伝えます。次の人はまた次の人に伝え、それを延々とやって最後の人までいきます。そうやって最後の人の所まで伝わった話は最初と全然違っているはずです。これは、情報の伝達が証言によって行われているからです。

だから実際に空飛ぶ円盤を見たかどうかは関係ありません。科学の世界ではエイリアンについてにしろ、それよりも議論の余地がないような事であっても、そして証言者が僕にとってたった1人の同僚だったとしても証言だけで信用することはできません。たった1人の同僚がラボにやってきて、「聞いて聞いて、信じてくれる?」と言った瞬間、僕は「帰って、証言以外の何か証拠になるものを持って来て。」と言います。

人間の知覚は完璧ではありません。認めたくないことではありますが、しかし真実です。例えば錯視などを考えてみましょう。すごく面白いものですけれど、あれは「脳のエラー」とでも呼ぶべき現象です。ここで知覚にどういったエラーが起きているのでしょうか。ちょっと工夫がある絵を見ると、人間の脳は何が起きているのか理解することはできません。私達はデータを精査する器官を持っていません。だから科学があるんです。だから機械があるんです。機械は北枕も気にしませんし、配偶者がこういったと喧嘩することもありませんし、カフェインの有無も関係ありません。機械は感情を持たず、データを蓄積しています。それが存在意義です。

もし宇宙人を見たという事を納得させたいのなら、目撃証言だけではダメです。最近では写真もダメです。PhotoshopにはUFOボタンが付いているようなものですからね。別に証言がウソだと言っているわけではありません。ただ証言だけでは信じるに足る証拠とは言えないと主張しているだけです。これはどんな科学者だって主張するはずです。

だから、空飛ぶ円盤に誘拐されたら、こうしてください。UFOに誘拐されたあなたは、平らな所に寝かされて血を採られたり、色々検査されるでしょう。そうしたら「ねぇ、あれ見て!」と叫びます。エイリアンがその方向を見たら、その隙に灰皿かなんかをこっそりポケットに入れてしまいます。それをラボに持ってきてくれたら、それは有力な証拠です。銀河を運航する空飛ぶ円盤から持ってきた物体なんて興味惹かれます。

もし人類が銀河を自由に航行できるようなテクノロジーが手に入ったら、UFOや地球外生命体を探す人も出てくると思います。いいアイディアです。頑張って。止めはしません。でも見つけたら証拠を取ってくるのを忘れないようにしてください。

趣味で天体観測をしている人は沢山、空を見上げています。でも天体観測者によるUFOの目撃証言が普通の人の証言数より多いという事はありません。むしろ天体観測している人の証言数の方が少ないです。どうしてでしょうか。それは、空で起こる自然現象をきちんと知っているからです。

ある時、オハイオ洲で警官がUFOを目撃しました。もし警官だったら、あるいはパイロットだったら、あるいは軍人だったら自分の証言はもっと重用視されるんじゃないか、と思っている人もいるかもしれません。でも証言というのは誰が行ったかに関わらず、いつでも信用に欠けるものです。なぜならば、我々は全員人間ですから。

そのオハイオ洲の警官は空で不規則に動く光を追跡しました。後からその警官が見たのは金星で、彼が走行していた道はくねくねと蛇行していたという事が分かりました。かれは金星に気を取られすぎていて、自分自身の車が不規則に動いていることにも気づいていなかったのです。

何か不思議な体験をした時、ましてや、その体験を説明したい時には、人間の感覚器官がいかにあやふやかを思い出すようにしたいです。

 

NEIL DEGRASSE TYSON(原文/mio) [Image via Thinkstock]

Space Chronicles: Facing the Ultimate Frontier by Neil de Grasse Tyson has been reprinted with permission from W. W. Norton & Company. All rights reserved.