ヤフーがどのようにFlickrをダメにしたのか? スタートアップが大企業に買収されるということ

120614yahoo_flickr.jpg

ウェブのスタートアップは2つのものでできている、人とコードだ。コードを書く人と、人々を豊かにするコード。コードは詩のようだ。決められたいくつかの条件を満たしながら、殻をやぶりつつ芸実的な表現をする。コードは、何かを起こすことができる芸術だ。純粋にアイディアから生まれる、全く新しい何かの集まり、それがコードだ。

これは、そんな素晴らしいアイディアの話。今までに誰も経験したことがなかった、今日のインターネットの形を変えた瞬間の話。これは、Flickrの話。いかにしてヤフーがFlickrを買収しダメにし、検索機能もろともめちゃくちゃにしてしまったか、これはそんな話である。

Flickrのキャッチコピーを覚えているだろうか? 「almost certainly the best online photo management and sharing application in the world.(ほぼ確実に世界一のオンライン写真管理、共有のアプリケーション)」 謙遜しながらも、なんと大きな皮肉をかましたことか。

皮肉、というのも3年前までは、確かにFlickrは世界一の写真共有サービスだったからだ。向かうところ敵なしだった。デジタル写真を撮り、それを友人と共有しようと思えば、必ずFlickrをやっていたものだ。

今日では、このキャッチコピーは形だけの嘘っぱちになってしまった。かつて世界を凌駕した写真サービスは、今では後手後手のつぎはぎだらけ。オンライン上で写真を共有したい? Facebookを使うだろう。友人が撮った写真を見たい? Instagramを使うだろう。

アーカイブ(バックアップの写真保管場所)としてのFlickrもDropboxやマイクロソフト、グーグル、Box.net、アマゾン、アップル等に押されまくっている。

かつて優れたソーシャルツールを提供し、活気のあるユーザーで溢れていたサイトは、誰からも忘れられる場違いなものへと、急速にその姿を変えている。かつて人で賑わったコミュニティは、人が去った田舎町のように閑散としている。この町には、もう人の姿はない。

これは、鋭敏で革新的なスタートアップが、その価値を共有することができない巨大なモンスターに飲み込まれてしまうとどうなるのかというケーススタディだ。Flickrに何が起きたのか? これからも起こりえるかもしれない、ヤフーへ売られて行ったサービス達。

なぜこのような悪夢が起きたか。これはそんな話。

 

 

始まり

有名な話だが、Flickrは元々他のサービスの一機能としてスタートした。夫婦の開発チーム、スチュワート・バターフィールド氏(Stewart Butterfield)カトリーナ・フェイク氏(Caterina Fake)が、ゲームネバーエンディング(Game Neverending)というサービスの一環として作り出した写真共有の機能だった。

この夫婦はウェブのことを熟知していたため、すぐに本当に注力すべきはゲームではなく、この写真を共有するというサブ機能だと気づくことになる。これが2003年。写真共有という考えがまだまだ新鮮だったころの話だ。この時代にFlickrは生まれた。

Flickrは、すぐに大ヒットとなった。長年の写真保存問題の解決策として、特にブロガーから絶大な支持を得た。(当時はオンラインストレージにとにかくお金がかかった時代である。)

それから2年後の2005年、バターフィールド氏&フェイク氏はFlickrをヤフーへと売却。Flickrユーザーへ今後の発展を約束したヤフー。無料ユーザーの月のストレージ使用量が100MBへと増量された。プロアカウントは無制限使用へとアップグレードされた。全ては順風満帆、何の問題もないように見えたのだ。が、それは、初めは何でもよく見えるだけだったのだ。

スタートアップが成功するとどうなるか

ごく少数の人間だけがスタートアップを成功に導くことができる。しかし、1度ヒットすれば、あっと言う間に状況は変わる。瞬く間に、スタートアップの2つの材料だった人とコードはその価値を跳ね上げ、今までは考えられなかった大企業にも手が届く存在となる。大げさとも言える賛辞が吹き荒れる。この祭り騒ぎをどう乗り切るべきか? もし、あなたがあっと言う間に周りの環境を一変させる美しく有益なサービスを作ったとしたらどうだろうか? サービスを売る? それとも自分自身の魂を売ってしまう?

これが、スタートアップ成功者が直面する問題だ。素晴らしいサービスを作った、買収したいというオファーが殺到する。しかし、売ろうとする中で、自分の中のクリエイティブな何かが眉をひそめている。

もしかしたら、売るべきではないのかもしれない。例えばYouTubeのように、素晴らしい人々と素晴らしいサービスが、退屈で思慮浅い会社統合のために、無駄に労力を費やされてるなんていうゾっとする話はいくらでもある。DodgeballサービスはMountain Viewに買収され行き先を失ってしまったではないか。多くから愛されたブックマークサービスDeliciousは時代遅れの情報畑になってしまったではないか。

時に、成り上り者は成り上り者として独自の道を突き進まなくてはいけない。Foursquareはどうだ? Twitterはどうだ? Facebookはどうだ? 買収のオファーをはね除け、どこよりも強いサービスとなっている。どこも長年かけてビジネスモデルを見つけ出してきたのだ。StumbleUponというサービスに至っては、1度はeBayに売却してしまうが、創設者自らが買い戻しそこからまたインディーズサービスとして独立させたのだ。

起業家にとって、手放すことこそがゴールなのはわかりきったことかもしれない。コードの最初の1行を書くよりも先に、売抜けることを考えている。しかし、全員がそう思っているわけではない。ある特定の人々にとっては、彼らが作り出したサービスは芸術品となるのだ。文字通り、世界を変えるツールとなるのだ。そしてそう考える人にとってこそ、売却という行為は大きな問題となるのである。

Flickrはこの穴に落ちた。

統合は革新の敵となる

「初めはヤフーと相性がいいと思ったんです。」そう語るのは、2008年に会社を去ることになったFlickr共同創設者のフェイク氏。「グーグル等の複数の会社からオファーを受けていました。今でも、ヤフーが最適だったと思います。Flickrのブランドにもピッタリだと。実際、それからFlickrはますます盛上り、買収から2年後には大きく花開くことになりました。」

上手くいっていた初期の段階でも、実はこの後の暗い未来を象徴するサインはあったのだ。相性の前にもっと根本のDNAがそもそも合っていなかったのだ。そして、これはヤフーという大きな企業の中に新たに取り込まれていく上で大きな問題となっていった。

20120614howflickrwaskilled01.jpg

スタートアップがすでに確立されている会社にやってくる時、大抵最初はとある部署からうるさく言われるものだ。その部署とはコーポレートデベロップメント、言うならば会社内の変化を管理する部署である。コーポレートデベロップメントは、普段はビジネスがどのように拡大(又は縮小)して行くか、市場に切り込むか撤退するか、他社とどのような契約を結んでいくのか等、会社全体の戦略を考えるのが役割だ。そして、その仕事の中には買収を監修、計画、承認、そして条件設定を行うというのが含まれる。

大企業が小さな会社を買収する場合、大抵はほんの小額が先に渡され、残りは買収(そして引き渡し)の進み具合によって後から支払われる。

コーポレートデベロップメントは、この過程の目印を設定していく。買収の目的を説明しレバレッジを提示する。内容に同意すれば、買収統合チームがでてきて仕事を初めて行く。小さな会社のサービスが、大企業のそれとして見合うものなのか、主に開発力等をチェックし統合していくのだ。

買収額の支払期日は、コーポレートデベロップメントによる条件を満たすことができたかどうかが基準となるので、買収する側もされる側も、条件を満たすための目印に新しい機能を設定することが多い。このためにガンガン素早く統合し働いて行く。残念ながら、ここでそもそもこの会社を買収するに至った独自の価値というものを忘れてしまうことがある。

例えばUpcoming、これはヤフーがFlickrの直後に買収したカレンダーサービスである。地域の情報を得るのに最適だと言われた。小さな町の小さなイベント、そういったなかなか入手困難なローカルの情報が強みであった。結果どうなったか? 買収後、結局は誰もが同じような内容のカレンダーばかりになってしまった。Upcomingはもともとユーザー参加型のサービスだったのに。それが個性でありユニークさであり、まさに価値であったというのに。

この時の買収の目印となったのは、地域のイベントデータをヤフーへと統合していくこと。しかし、ヤフーは、データを作っていたコミュニティそのものであるUpcomngユーザーへは、何の配慮をすることもなかったのだ。結果、ヤフーのアプローチは完全に逆効果なものになってしまった。コミュニティがどのようにデータを作っていったかではなく、データのみに左右され価値を求めてしまったのだ。

Upcomingの例は、わかりやすい大失敗だと言えるだろう。そして、これと同じようなことがFlickrにも起きたのだ。ヤフーが関心を持ったのは、ユーザーが作り出したデータベースのみ。そのデータを作りだしたコミュニティのことは気にもとめなかった。さらに残念なことに、コミュニティを拡大していくための新たな機能を追求することにも無関心だったのだ。

「コーポレートデベロップメント部の人との話し合が何度ももたれ、そこでとにかくサービスを擁護し自分達の考えを正当化するための説得だけに膨大な時間が費やされました。」そう話すのは、元Flickrチームのメンバー。

ついにFlickrがヤフーのサービスとして再出発した時、そこにあったのは買収チームの条件を満たすために、サービスや開発がつぶれてできたものだった。リソースも人材も資金も枯れ果てていた。ヤフーから多くのリソースを得たと言っても、しょせんそれはFlickrに対して貸し付けされたリソースだったのだ。そうして、革新を妨害する実に居心地の悪い場所へと変化していったのだ。

元Flickrチームメンバは、こう語る。「金はもうかるサービスのところへいく。金をくうところにはいかないんだ。」つまり、Flickrが稼げないのなら、資金(又は人材やリソース)も回ってはこないということだ。

Flickrはヤフーが他に持っている巨大サービス(ヤフーメールやヤフースポーツ等)と比べて、利益が少なかった。故に、他のサービスのような豊富なリソースが割かれることもなかったわけだ。その結果、革新のためではなく、統合のために持てるリソースを費やすようになってしまった。すると、もちろん新たにユーザーを惹き付ける魅力的な機能はでてこない。ユーザーが離れれば利益は減る、そしてまたリソースは減って行く。見事に負のスパイラルにはまり込んでしまったわけだ。

リソース不足、その結果Flickrは上に行くために打たなければいけない杭を全て手放してしまうことになった。地域性を失い、リアルタイム性を失い、モバイル性を失なった。そしてついに分野の先駆者であったソーシャル性までをも失うこととなったのだ。Flickrは動画でヒットすることはなかった、YouTubeに持って行かれてしまったからだ。人の繋がりで盛り上がることはなかった、Facebookに持って行かれてしまったからだ。写真サービスは、ただ写真のサービスとして存命するだけとなった。しかし、それもInstagramが台頭してくるまでの話である。

Flickrチームは、革新ではなく統合問題に取り組まされた。これが、Flickrが疲弊し次なるステップへと進めなかった理由である。

ソーシャル不器用

Flickrの最も素晴らしい点は、写真共有ではない。ゲームサイトのイチ機能として写真共有があったように、写真共有サイトのイチ機能としてもっとパワフルなものがある、ソーシャルネットワークだ。Flickrは10年ほど前に、すでにソーシャルウェブの世界を作り上げていたのだ。

Flickrの鍵となる2つのミッションのうち1つは、写真を見たいと思っている人に向けてユーザーが写真を見せられるように手助けすることだ。これに関しては、Flickrは今も昔も素晴らしいツールとして活躍している。Flickrは、実に早い段階からユーザー自らがつながりの関係性を定義することができた。例えば、友達/友達じゃないというたった2つのチョイスではなく、友達や家族等ユーザー独自の関係性を楽しむことができた。写真共有を自分のみにすることも、ほんの数人だけと共有することもできた。こうしたつながりの細かい設定仕様は、写真共有、コメント、ユーザー同士のやりとりを強く後押しすることに繋がった。これは、言うまでもなく、ソーシャルネットワーキングというやつだ。

今ではその姿を想像するのも難しいが、2005年のヤフーは確かにこの分野で成功していたのだ。検索としての役割を完全にグーグルに持って行かれてはいたが、その他の場面で小さいけれどじつにクールなサービス(FlickrやUpcomingやDelicious)を買収し、ヤフーキテル!という雰囲気が確かにあったのだ。ウェブ2.0と呼ばれたものがそこにはあったのだ。

しかし、たった数年の当時のヤフーのソーシャルにおける成功は、言わばまぐれのようなものであった。企業が打ち出して得た方針ではなかったのだ。ヤフーの創設者ジェリー・ヤン氏(Jerry Yang)とデビッド・ファイロ氏(David Filo)はインターネットの世界に貢献したと言えるか? ただリンクのディレクトリを作ってそこに広告を貼っただけじゃないか。

あの成功は単なる通り道だったのだ。革新的アイディアの下に行われたものとはほど遠い。ポータルページを作るのに複雑なアルゴリズムはいらない。ヤフーは、しょせん電子版電話帳に毛が生えた程度のものだったのだ。

創設者の会社文化における影響力は大きい。ヤン氏とファイロ氏のそれは、革新やサービスへではなくビジネスへの興味という影響だった。グーグルの創設者のようにコンピューターサイエンスの文化を磨くことはなかった。Facebookのように新たなハッカーを育てることもなかった。彼らが育てたのはビジネス文化だ。グーグルが力を表してくるまでだが、確かにそれは長いこと上手くいっていたのだ。しかし、ある日、人々はディレクトリというものを必要としなくなった。自分の求めているページに、ダイレクトにジャンプできるネットの世界ができた時、ディレクトリに意味はなくなったのだ。

ヤフーのCEO テリー・シーメル氏(Terry Semel)は、2001年にグーグル買収のチャンスをモノにできなかった。2005年、Flickrはインターネット上で最もすぐれたソーシャルツールであった。独壇場だったと言ってもいい。当時のFacebookは、まだスタートしたばかりで写真のアップはプロフィール写真のみであった。一方、ヤフーは電話帳にメッセンジャー(チャットツール)等、ソーシャル活用サービスを多く提供していた。ソーシャルへの道、それがまさにあの時ヤフーが進むべき道だったのだ。しかし、ヤフーが望んだのは昔からのフィールド、検索でグーグルに勝つことであった。

当時の様子をよく知るヤフー幹部はこう語っている。「Flickrに目をつけたころには、すでにグーグルにかなりやられていました。検索にまだ見ぬ市場を見つけそこで優位に立つ、そのための熾烈なレースのまっただ中だったんです。」

Flickrは、ヤフーの求める新たな検索市場を提供することができた。Flickrの写真は、ユーザーの手によって効率的にタグ/ラベル付けされカテゴリーに分けられている。つまり、すでに検索しやすい状態にあったということだ。

「Flickr買収の理由はこれでした。ユーザーのコミュニティではありませんでした。そんなのはどうでもよかったんです。Flickr買収の理由は、ソーシャルコネクションを強化するためではなく、多くの画像のインデックスをマネタイズするためだったのです。コミュニティもソーシャルネットワーキングもどうでもよかった、ユーザーなんて気にもとめていなかったんです。」

20120614howflickrwaskilled02.jpg

この目の付け所の違いが大きな問題となったのだ。当時、ウェブは急激にソーシャルの方向へと成長しており、Flickrこそ、その最前線だったのである。グループ分けしてコメントする、人と繋がる、まさにソーシャルの全てが花開こうとしていたのだ。しかし、ヤフーはそれをただのデータベースとしてしか見ることができなかった。

ユーザーへの無関心が原因で表面化した初期の問題に、ログインアカウントがある。ヤフーは、既存のFlickrユーザーにヤフーアカウントでのログインを義務づけたのだ。これは2007年、コーポレートデベロップメントの結果の1つである。3月の13日、ついにヤフーアカウントでのログインが実施された。

ヤフー側の視点でみると、確かにログイン方法の改修は仕方が無かったのかもしれない。サービスが大きくなり国際的に使われるにつれて、各地域での法に従わなくてはいけない。すでにグローバル進出し法関連のローカライズが済んでいたヤフーとしては、Flickrログインをヤフーアカウントにすることで、すでにあるものを適用したかったのだろう。

しかし、もっと言うとヤフーはレバレッジが必要だったのだ。ヤフーとしては、既存のヤフーユーザーは、Flickrに別でサインアップするのではなくそのまますぐに使えるようにしたかったのだ。ヤフーメールとFlickrが垣根無しで使えるサービスにしたかったのだ。シームレスなサービスを作りたかったのだ。が、これはFlickrにとって、ひいては既存のFlickrユーザーにとっては何の得もない煩わしい改修となってしまった。

ヤフーアカウントでのログインは、既存のFlickrコミュニティにとって悪夢となった。自分の写真を見るのに今までのアカウントではログインできなくなったのだ。ヤフーアカウントを使わなければならない、持っていなければ新たに取得しなければならなくなった。さもなければ、Flickrのホームページにすらたどり着けず、ヤフーのログインページに飛ばされてしまうのだ。

ヤフー始まりでFlickrに大量のユーザーが流れ込みユーザー数自体は増量したが、影響力があるアーリーアダプターの集うコミュニティはこれが許せなかった。コミュニティの声、ユーザーの声(この場合は、ヤフーアカウント以外でもログインできる選択肢等)を完全に無視したこのやり方は、スマートとは言えない。元来Flickrに集まった人々が求めたものとは完全に逆の方向へFlickrが向かい始めた。アンチソーシャルである。

さらに、追い打ちをかけるようなメッセージが、ユーザーそしてFlickrチームに届いた。「あなたは、ヤフーサービスのメンバーとなりました。」

Flickrが誇りを持っていたことの1つは、カスタマーケアだ。コミュニティ形成の上で最もコアとなった部分である。しかし、ヤフーはここまでも既存の部署で管理したがった。ヤフーの狙ったゴールは、警告してから写真を取り下げるというやり方から、アップされる前に前もってユーザーのポストを見て精査してしまうというものだった。Flickrとしては、このやり方は時間がかかるだけでなく、ユーザーのプライバシーを大きく侵害するものだと考えた。そこでチームは1時間にも及ぶプレゼンを準備し、本社へ抗議のために出向いた。が、そこでカスタマーケアの担当である副社長は会議途中で時間がないと退席してしまうという事態に。

当時のFlickrコミュニティの担当者であったヘザー・チャンプ氏(Heather Champ)は、この会議こそ終わりの始まりだったと振り返る。「会議が終って、もうこれ以上この役目を続けるのは無理だと思いました。これ以上ここにいて、自分達が一生懸命作ったものが壊されていくのを見るのは無理だと思ったんです。」

2008年中頃には、Facebookがソーシャルネットワークとして目に見えてその力を巨大化してきた。大学生や高校生にとってこれ以上面白いツールはない。多くの人がすぐにいろいろな人に友達申請を送り、あっと言う間にそのユーザー数は1億人を超えた。

この頃ヤフー社内では、すでにいくつかのソーシャルサービスと巨大なユーザーを持ちながら、検索で出し抜かれたように、ソーシャルでもまた出し抜かれてしまうという懸念の声があがっていた。

「今あるソーシャルネットワークサービスで何か対策を練らないと、Facebookに社会人層まで全部もって行かれてしまう。そうヤフーに長年忠告してきたんです。なのにどうにもならなかった。」ヤフーのサービスにもFlickrにも携わった経験を持つ元ヤフーのエンジニアはそう語る。

ヤフーは2006年に10億ドルでFacebookを買収しようとした過去がある。ここで買収に失敗し、その2年後には、すでにFacebookは買収するには巨大化しすぎていた。Facebookを倒すために残された方法はただ1つ、よい良いサービスを自前で作ることであった。戦いのためにヤフーが持っている1番の武器、それはFlickrだったのだ。しかし、この時すでに遅し。Flickrはその力を失っていた。

前出の元ヤフーエンジニアは、さらにこう語る。「Flickrはもうスタートアップじゃなくなっていました。再向上させるためになんとかしようと努力する人間が少なくなっていたのです。例えそんな人間がいたとしても、Flickrはすでにクールじゃなくなっていたんです。デザインもダサイ退屈な場所、そう思われ始めていたのです。労力はすべて、見た目のデザインに費やされ、何が良かったかなどの数字的なレポートは無視されていました。少しずつ壊れて行くFlickrやヤフーを見なくてはならなかったのは、ストレスのたまる状況でした。」

止められない力、動かない物

「チャンスを逃した」と「完全にやらかした」の間には違いがある。ヤフーがFlickrのソーシャル性を見逃したのは、まだチャンスを逃したと言っていいだろう。ヤフーが、本当に完全にやらかしたのは、Flickrのアプリを出す段階になってからだ。刃先の鈍いナイフでゆっくりと殺していくように、Flickrはこうして少しずつ痛めつけられていったのだ。

Flickrには、もともとガッチリしたモバイル用ウェブサイトがあった。2006年のことだ。iPhoneなんかよりも前の話である。どんなしょぼい携帯電話でも使うことができたたくましいモバイルサイトがあったのだ。とどのつまりは、ただのブラウザで、写真をアップするためにはEメールしなくてはいけなかったんのだが。しかし、それでもモバイルサイトが早い段階から存在していたのだ。

2008年、iPhoneそしてApp Storeの登場により世の中は大きく変わることになる。人々は、写真を撮る/編集する/アップする/共有する/見る、この全てを1つのアプリケーションでやりたくなったのだ。それぞれの過程を別々のアプリで行うなんてナンセンス。Flickrチームも、もちろんこの流れをきちんと理解していた。が、残念ながら理解していながらも、何もしようとはしなかったのだ。

Flickrには、iOSのアプリを作る権限がなかったんです。iOSに限らずあらゆるモバイルアプリを作るための承認がなかったのです。」そう語るのは、Flickrの元役員。

Flickrアプリにまつわる全ては1人の人物によって痛い目を見ることとなる。ヤフーモバイルのリーダーであるマルコ・ボーリーズ氏(Marco Boerries)である。Flickrアプリの決断は細部まで全てトップ=ボーリーズ氏の承認が必要だったのだ。

20120614howflickrwaskilled03.jpg

当時のボーリーズ氏はえらく気取った「Connected Life」なんていうヴィジョンを掲げていた。ヤフーのサービス全て、手の中で使えるシームレスなソーシャルモバイル体験、そしてそれをデスクトップでも味わえることができるというヴィジョンを謳っていたのだ。今でいうところの、アップルやグーグル、マイクロソフトのクラウド戦略なようなものとでも言おうか。

ボーリーズ氏は熱狂的な変わり者だった。言わば、変人だったのだ。16歳でStarWriterというワード系プログラムを作り、StarOfficeを企業し、さらには1999年に7400万ドルで売り抜いたのだから、確かにすごい人物ではあった。2004年頃には、人々を驚かすデモやプレゼンをシリコンバレーのあちこちで行っていた人物である。

投資家でいっぱいの会議室に入り携帯電話で写真をとる。携帯電話はポケットにしまい、今度はラップトップ/デスクトップでアプリを立ち上げさっき携帯で撮った写真を見せる。投資家は面食らう。そこで、同じことが写真だけでなくメールやアドレス帳や音楽でもできると説明してみせる。モバイル端末/ラップトップ/デスクトップをシームレスに使うことができると説くわけだ。実に、今で言うiCloudである。

ヤフーが、ボーリーズ氏の会社を1600万ドルほどで買収したのは2005年のこと、Flickr買収の1ヶ月前であった。

ボーリーズ氏は確かに天才だった。が、共に働くには悪夢のような相手でもあった。Flickrの元アーキテクト担当でEtsyのCTOキーラン・エリオット・マクリー氏(Kellan Elliott-McCrea)は、ボーリーズ氏に関してこんなことを言っている。

「マルコ・ボーリーズは、間違いなくヤフーで最も嫌われていた役員の1人だ。「Connected Life」のチームは4年間も彼の支配に耐えねばならず、ヤフーのモバイル戦略も全て指揮を奪われた。Flickr内部にあったモバイル用のアイディアやチャレンジは、ことごとくめちゃくちゃに打ちのめされたのだ。」

ヤフーモバイルチームのアプリ参入は呆れるほど遅かった。iTunesのApp Storeが2008年7月にオープンしたのに、それから1年近い間Flickrの公式アプリをリリースはなかったのだ。2009年の9月、ついに公式アプリがリリース。がしかし、それに対するユーザーの反応は芳しくなかった。当時のApp Storeでのレビューはこうだ。

「機能少なすぎて使えない。」

「遅い。使えば使うほど遅くなる気がする。」

「楽しみにしてたのにがっかり。かなりがっかり。」

「遅い、バグだらけ、ナビゲーションひどい。」

「何もかもがヒクほど遅い。」

問題は数多くあったが、なかでも1度に複数枚アップロードできなかったのは致命的だった。1枚1枚いちいちあげなくてはいけない。さらに、画像を450x600にサイズダウンするので、クオリティが失われた。アプリ内ではなくsafari経由でログインしなくてはいけないダメ仕様。Flickrコアファンに人気だったEXIFデータは全て失われる。とにかくダメダメだったのだ。

ユーザーはこのアプリを嫌った。

中にはこんな辛辣なレビューも。

「今まで使ったFlickrに写真をアップするアプリでこれは史上最悪。これならEメールして写真あげてた方がまだよかったわ。」

さらにFlickrの鍵とも言える2つの機能である写真共有と写真ストレージの役割すらもままならなくなった。

考えられる最低最悪の仕様を詰め込んだのが、このアプリだった。アプリ経由でログインできない。他サービス(FoursquareやTwitter、Facebookやinstagram)がアプリからウェブサービスへとユーザーを巻き込んで行くのに対して、Flickrアプリは何も巻き込めない。新たなユーザーを獲得することのできない、ただの既存ユーザーのためだけのツールだったのだ。

「これは大きなミスでしたね。」そう話すのはフェイク氏。大きなミス、そう、このアプリは全ての大失敗の母とも言える巨大な過ちだったのだ。

一方で、他のカメラアプリはただ写真を撮るだけでなく編集までをこなす。モバイル端末で撮影した写真にフィルターを施す等、新しい楽しみ方を提案していったのだ。FlickrアプリがApp Storeに登場してから1年後のこと、Flickrのさらに先を行くカメラアプリがでてくることになる。Instagramの登場だ。

現在では、すでに時遅し。Flickrで最も使われているカメラはiPhoneのカメラだというが、そもそもFlickrのアプリなんてiTunesの無料カメラアプリのトップ50にすら入っていないのだ。64位、Instagramのパチもんよりも下なのだ。

20120614howflickrwaskilled04.jpg

これから先にあるものは...

Flickrのモバイルそしてソーシャルにおける失敗は、ある巨大企業が小さな会社を飲みこみ無駄にしてしまった例である。Flickrの話は、グーグルのDodgeball買収やAOLのBrizzly買収とそう違う話ではない。愛すべきインターネットのサービス、そしてそのコミュニティが、大きく重い企業に潰されていく。そういう話だ。

今日のFlickrは5年前のFlickrとはまるで違う。今は、実にひっそりした場所になってしまった。ソーシャルで人気のある場所でははい。

最近になって、「Justified」という表示方法が追加された。これはユーザーが最近アップした写真を一覧で見ることができるもので、Pinterestのようなレイアウトだ。実に楽しく美しい表示方法なのだが、見方によってはかなり寂しい機能に。なぜなら、ユーザーがどれだけ写真をアップしていないかがわかってしまうからだ。賑わっていない場所には残酷な表示方法である。

ページをスクロールして見ていくと、1人また1人とFlickrを使わなくなっていっているのが見て取れる。1番下までスクロールしてみると、なんと2010年まで遡ってしまった。

Flickrでつながりのある人を他のサービスでもフォローしているとわかるのだが、彼らは、他サービスではもっとアクティブに活動しているのだ。同じ人々、同じ息子娘、同じペットの写真をFlickrのあの頃よりも少し年をとった姿で他サービスで目にするのだ。

Justified表示でわかるのは、ユーザーのアクティブ低下だけではない。どれだけ多くの人が正方形の写真をアップしているかも一覧表示で目に飛び込んでくることの1つだ。Instagramの影響である。多くのユーザーがInstagramの写真をそのまま数多くアップしている。全く同じ写真が2つのサービスにあがっており、そしてFlickrはコメントや動きが少ない方なのだ。なぜこういったユーザーが未だにFlickrに写真をアップしているのか。その理由はただ1つ。自動投稿しているからに過ぎない。

20120614howflickrwaskilled05.jpg

さらに、このグラフ。これはStellar.ioというユーザーの動きを追うもので、Twitter/YouTube/Vimeo/Flickrへのリンクをチェックしている。下がる一方である。

しかし、数年の放置プレイを受けてもまだ、縮小されたFlickrチームには才能があり、そして彼らはなんとかこの沈みいく船を方向転換しようとしているのだ。今年にはいって、いくつか機能が追加された。Photo Sessionsに、Justifed表示、アップローダーはHTML 5に。Aviaryという機能ではページ移動することなく編集ができる。Retinaディスプレイを意識して、プロユーザーならば1600x2048サイズの写真アップが可能になった。しかし残念ながら、画期的とは言いがたい機能もある。

Flickrのプロダクトマネージャーであるマーカス・スピアリング氏(Markus Spiering)曰く、現在Flickrチームはヤフーから必要なものはなんでも与えられる状況にあると言う。(もしかしたら、そう言わされてるだけかもしれないけど。)さらにスピアリング氏はFlickrの現状をこう語っている。

「現在、多くのリソースがあります。Aboutのページに載っている人々はサンフランシスコにあるチームのコアメンバーです。コアだけでなく横方向にも広く協力して開発をしています。」

ユーザーから大反感をかったヤフーアカウントのログインも消え去った。

「グーグルでもFacebookでも、どんなアカウントを使うかはもう気にしていません。複数の場所で写真を共有して下さい。我々はFlickrを写真の美しい場所にするために努力しています。何を使うかは関係ありません、そこに写真をアップすることができる。それだけです。」

モバイル戦略はまだまだである。FlickrのiPhoneアプリは2009年の初代と比べて改善はされているものの、まだ酷い状態だと言える。ログインはsafariブラウザ経由だし、他カメラアプリにあるような簡単な編集やフィルターすらもないままである。

「正直、iOSアプリはもっとFlickrを楽しめるように改善が必要です。しかし、それも今開発中ですので。」

最近になって、やっとFlickrはまとまったのだ。まとまって動き出したのだ。アプリを改善しコミュニティに再度目を向け力をつけて、やっと元々歩いていた道へと帰ってきたのだ。今さら遅いだろうか?

ライバルはFacebookやInstagram、ひいてはTwitPicやImgur等の写真関連だけではない。DropboxやGoogle Drive、Skydrive、Box.netだってライバルなのだ。言わずとしれた、アップルのiCloudだって、グーグルのPicasaだって、Google+だってライバルなのだ。

返り咲くのは簡単なことではないだろう。

しかし、Flickrにはまだ価値がある。位置情報/CCライセンス/Gettyライセンス/タグという情報を持つ写真の莫大なデータベースがある。残念ながら、ヤフーはそれを価値ある情報として有効利用しようとはしていないようだが...。もし、インターネットが長く繋がるチューブのようなものならば、間違いなくヤフーはあちこちから水漏れする穴のあいたチューブなのだろう。

Flickrの最後の希望は、ヤフーがその価値に気づき両者ともに沈みきって溺れ死んでしまう前になにか手を打ってくれることだろう。Flickrはこれから長くつらい道があるかもしれない。1度離れたユーザーが戻ってくるのは難しい。

しかしそれでも、Flickrというサービスは素晴らしいのだ。ベッドの下の箱に入れっぱなしにしている古い写真、それと同じ様な愛着がFlickrにはあるのだ。心から愛したが今ではたまにしかみることのないような、ノスタルジックな何かがあるのだ。たまに取り出し光に透かして写真を眺める。すると写真の中にある当時の思い出が鮮明に浮かんでくるではないか。それはまるで、かつて世界で最も優れ賑わっていたオンライン写真共有管理アプリケーションのように。

さて、思い出に浸り終えたらさっさとこの箱を閉じ、Facebookに何か新しいものを探しに行くかな、と。

そうこ(MAT HONAN 米版