スティーブ・ジョブズが手付かずで残したもの

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ジョブズは正しかった、いろんな意味で。

中でも一番重要だったのは、偉大なスポーツを発明したいなら、その前に偉大なスタジアムを造らないといけない、というのが分かっていたことだろう。

それが証拠にジョブズは1986年の段階で全Macにネットワーク機能を実装する決断を下した。あれでオフィスの普通の電話線を繋ぐだけでメールもチャットもビデオゲームも全ワークステーションに接続できるようになった。

この発想は何がすごいって、「glass teletype」(画面+キーボード)の代わりにフルグラフィックスのコンピュータとマウスを使ってユーザーが各自専用のローカルストレージを持ちながら全員が繋がれるんだよね、あたかもミニコンピュータ利用者のように。

今では当たり前だが、当時の状況に照らして考えてもみるといい。我々が作っていたあの端末を見て、あの時代に「これは相互にコミュニケーションできれば利用価値がもっと上がる端末だ」って見通せるのはよほどのビッグシンカー(大局で物を考える人)じゃないと無理だ。当時の人はほとんどが表計算・ワープロの機械ぐらいにしか思っていなかった。手作業だと面倒なところを自動化してくれる機械。そう思っても不思議はなくて、ふつう世の中の人というのは新しい技術をそういう目で見るものなんだ。だがそこを敢えて人よりもっと視野広げて見据える方を意識的に選べば、その人は他の人よりもっと速く前に進むことができる。ジョブズがやったのは、まさにそれだった。

  

「オートメーションと言えば、昔オフィスのオートメーション化って言葉があったなと思って、その記事にリンクはろうと思ったら、もうそんな言葉は使われていなかった。一時流行っても短命で終わる考え方のいい見本だね。会社で働く人はみな当時、書類の山があちこち移動していたのが全部電子化されたという文脈でしか物事を捉えていなかった。

アップルもこの思考パターンから抜け出すのには、だいぶ時間がかかった。Mac内蔵のネットワーク機能も、コンピュータをたくさんレーザープリンタ(当時べらぼうに高かった)に繋げる手法ぐらいにしか思われていなかった。1990年代中盤・後期どころか、インターネットの花が開き切ってしまうまで長いことアップルのアプリケーションは相変わらずデスクトップパブリッシングが主役であり続けた。

NeXTでウェブは生まれ、その後、Macには最高のコンテンツ管理プラットフォームが備わった。彼ならNeXTとアップルでポスト印刷時代のネットワークで繋がる世界を推進するようなことももっといろいろできたはずだ。いや、やったはずだ。昔ながらの単純作業をオートメーション化する機械なんて比じゃなく、パーソナルコンピュータに占めるコミュニケーションの役割がどれだけ大きいか本当にわかっていたら、そうしない人ではなかった。無論アップルも結局はその新しい環境で成長していった。」(以上、筆者の過去記事からの引用と思われる)

 

ところが、自分のマシンの中で動くソフトウェアのアーキテクチャのこと、他のマシンのソフトウェアとそれがどう繋がるかということになると途端にジョブズの冴えも精彩を欠き、良いアイディアは全くと言って良いほど出てこないのだった。この領域ではアップルも七転八倒した。ジョブズの煮え切らなさが一番はっきり露呈しているのが、2005年D3カンファレンスのインタビューだ。

ジョブズはこの席でこう問いを投げた。「OSの顔はなぜファイルシステムなのか?」

そして、こう自答しているのだ。「例えばメールだが、あれはもっと良い探し方がずっと前からあった。メールは自分のファイルシステムに保管なんかしないよね? あれはアプリで管理してる。この考え方を見本にしたことが、iTunesのブレークスルーとなった。楽曲はファイルシステムには保管しない、そんなことしたら大変だ。楽曲はアプリの中に保管すればいい、音楽に詳しく尚且つ様々な方法で物を探せるアプリに。写真も同じ。写真のことならなんでも知ってるアプリがある。こういうアプリが各々独自のファイルストレージで管理すれば済む話だ」

前からずっと思ってるんだが、これって進むべき方向を間違ってるって気がしてならないのだ。

こういったプログラムも中の構造はみな同じさ。物はファイルシステムに保存されてる。それにiTunesはUI最悪なので、ここに出す例としてふさわしくない。7年前は目立たなかったかもしれないが、今ではだいぶ目立つようになってきた。

パーツをいくらシャッフルしたところで問題は同じ。そもそもデータがヒエラルキー(階層構造)にオーガナイズされてしまってるのだ。あのヒエラルキーを図にして、そのヒエラルキーを編集・閲覧できるインタラクションを書き加えてみれば分かることだけど、同じブラウザをあらゆるデータタイプに使えない理由はない。それが「壁」になる必要もない。どっちみち自分の物はどこかで相互に繋がってくるのだしね。

楽曲送るのにメーラー使う? 当然使う。録音したてのポッドキャストについて書くときテキストエディタ使う? 使う。なら神ツール1個あれば間に合うのに何が悲しくて並みのツールを20個も持ちたがるわけ? どんなコンテクストでも投資の元がとれるよう各タイプに投資を集中させないんだろうか。アップル社員の思い描ける圏内のコンテクストのものだけじゃなく、クパティーノ(アップル本社)を一旦離れて、ユーザーの身に立って納得できるコンテクストのものに投じるべきではないのか。

思うに問題は、ジョブズ配下の建築家がジョブズの広がりについていけなかったことにある。権限もなければ、優秀なプログラマー集団でもなかった... なんでもいいが要するにジョブズ未満だった。アップルはそこまで辿り着けなかった。Mac OSでも、iOSでも。彼らは発展性のないアーキテクチャをパッケージ化する仕事は上手くこなした。それは2005年に(上記インタビューで)ジョブズ自身が言ってることでもあるわけだけど、そうとは知らないジョブズは当時それで敵をやり込めた気になっていた。そうでないことは今の我々には分かる。

箱や店や社屋のデザインにかけてジョブズはベストだった。ヌーメロ・ウノ(No.1)。しかも彼はフォーカスの大信者だ。ノイズは全部遮断し、解決すべき目の前の問題にフォーカスする。考えて考えて考え抜いて新しいことを試し、それを感じ、使い、使って生活し、これというものができるまで変える。

これは梱包、売り場環境、職場の改善でも使えるし、これと同じアプローチはコンピュータのメモリの中のことにも使える。ディテールへの目配り、ナイスタッチ、デザイン全体のバランス。

今我々が生きているこの世界はポストPCというより寧ろ、ポスト・ジョブズのムードが濃い。 彼の死を悼む気持ちが一段落ついたらやっと我々も、これまでジョブズの存在が大きく壁として立ち塞がっていたがために未開拓のままになっていた空間がドッカリ目の前に広がっていることに気づくだろう。

【デイブ・ワイナー(Dave Winer)】

ソフトウェア開発者兼「Scripting News」ブログ編集長。ウェブログ(ブログ)、シンディケーション(RSS)、ポッドキャスト、アウトライニング、ウェブコンテンツ管理ソフトウェアの開発の始祖。元ワイヤードのゲストエディター、元ハーバード大ロースクール研究員、元NY大研究員、ウェブメディア会社投資家。生まれも育ちもNY。チュレーン大数学科学士号取得、ウィスコンシン大コンピュータサイエンス修士号取得、NYC在住。ジョブズと同じ1955年生まれの56歳。

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以上の原稿公開後、スティーブ・ウォズニアック氏から以下のコメントをいただきました

これはジョブズの思考の流儀を実に正確に捉えた論考だ。彼はあのままいけば電子機器のデザイナーになっていたかもしれないが僕に会ってそれはやめた。相棒に恵まれた結果、スティーブは正真正銘のギークより、自分のような万人向けの製品を常に求めるようになった。それを僕に語り、僕の周囲でも語っていたから、僕も心の奥底にそれを刻み、そう考えるよう努めた。僕はその意味では世界の「残り」大勢よりずっと先を行っていたかもしれない。が、ジョブズは僕の先を行っていた。ジョブズの周りにはこういうことで力になってくれるすごい人が大勢いたわけだけど、誰よりも大きかったのはジェフ・ラスキン(Jef Raskin)の存在だ。ジェフは無味乾燥な技術をギークじゃない人、スティーブ、僕にもわかるものに変える素晴らしい製品デザインのアイディアを持ち込んでくれた。ジェフは常に、技術より人間とヒューマニティを大事にする人だった。他にも重要な物事について卓越した洞察力を持っていた。ジョブズはよくテクノロジーとアートの交わる点について語るんだけど、僕が知己を得た偉大なテクノロジーのデザイナーや発明家はみなアートも強い。例外は僕ぐらいだ(ギターは弾いたが、ミュージシャンとは呼べたものではないのだよ)。ジェフは実際、UCサンディエゴでクラシック音楽の教鞭をとっていた。ジェフの思想と僕の能力によるところも大だけど、ジョブズにも足を向けては寝れないよね、それを僕らみんなの家に届けてくれたのはジョブズだから。

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これを見た筆者のデイブ・ワイナー氏はScriptingNewsでこう書かれています

Gizmodoのヘスース・ディアス(Jesus Diaz)が昨日のジョブズの話を再掲していいか訊いてきたので、もちろんYESと答えた。Gizmodoが好きそうな記事だし、GizmodoやWiredのような媒体から再掲の申し出がきてYESと言うのは気持ちいいものだ。そのぶんアイディアが広まるし、ビジネスにもいい。

そしたらウォズからコメントがついた。僕がここで記事に書いたことは、実はジェフ・ラスキンがやっていたっていうんだね。ウォズはこういうところが好きなんだ。ウォズは本当に敷居が低い。ジョブズは近寄り難かったけどね。ジョブズがコンピュータの店にきてその辺の普通の奴みたいにウロウロしてるのは見たことあるし、本人から電話かかってきたこともあるけど、一方的なんだよね。話はものすごく巧いんだが、聞く方はそれほどでもなかった。アイディア盗む時は別だろうけど:)

いくつかウォズに言いたいことがあるのだけど、ここに書いておくことにしよう。

1. Apple IIの中身は美しかった。それは僕ももう何度も書いた。あの中身を作ったのはウォズで、外側を作ったのはジョブズ。 趣味人の集まりの会社から巨大企業に飛躍する上で、ふたりともアップルに無くてはならない人だった。

2. ウォズは熱狂家だ。一度MOREの頃マックワールドエキスポで講演に立ったら、会場にウォズがきてますぜって僕の広報担当カンデス・ブレッグマン(Kandes Bregman)に釘を刺された。一度も面識がなかったので、普段通り講演をし、この中で僕が作った初期プロダクトのThinkTankを使ったことのある人は手を挙げてくださいと言ったら、な~んとウォズの手が真っ直ぐ上に上がったんだ。なんで驚いたのかは分からないが、あれだけ尊敬してる偉業をいろいろ成し遂げた男が僕のソフト使ってると知って、あの時は本当に感激だったよ。

3. ジェフ・ラスキンもマシンの中身の担当だったことをウォズは忘れていなかった。それでラスキンのためにあのような証言を書いたんだね。ジョブズ同様ラスキンも既に鬼籍に入っている。梱包と同じぐらい美しく機能的で使える中身のマシンが欲しいなら、それを実現するのは我々まだ生きている人間が果たすべき課題だろう。

DAVE WINER(原文/satomi)