55年前の今日行われた人体核実験の映像と5人のその後(動画)

2012.07.20 17:00
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「グランド・ゼロ 人口5人」
という木の立て看板の隣に所在なげに立つ米兵5人。

これは55年前の今日(米時間19日)、米国防省がラスベガス北西約65マイル(105km)で行った核ミサイル爆破実験の映像です。核実験は何百回となくやったのですが、この日は空軍の5人とカメラマンを地上に置き、その頭上で爆破したんですね。

なぜこんなことを?

国防省(DoD)と国営公共ラジオ(NPR)の説明によれば、核兵器が安全なことを実証するためにやったんだそうですよ。原子爆発なんて人体に害ないんだから夕日や子犬眺めるのと変わんないよ、ほらね、と。

まったく給与格付に釣り合わないリスキーな仕事なわけですが、このプロパガンダのギニアピッグに駆り出された憐れな男が、この5人なのです。と言っても5人は自分から志願したボランティアで、カメラマンのジョージ・ヨシタケ(George Yoshitake)さんだけが不承不承みたいですけどね。ヨシタケさん...。

実験の模様を収めた上の映像は、核の歴史に残るシュールな瞬間と言えましょう。5人はまるで上級生にホースで水を浴びせられる大学新入生みたいに肩を寄せ合い、まぶしそうに手をかざしています。サングラスに手を伸ばす人も。一方、国防省のナレーターは核のことを滔々と讃え、F-89スコーピオンのシルバーの機体から弾頭が発射され空を切る瞬間には「こいつ絶対オーガズム達してるよな」という声をあげます。次の瞬間には真っ赤な業火が炸裂。ナレーターは迸るように喋り、またまたオーガズム一歩手前の興奮状態。

「頭のすぐ真上! あっはははー! よーしいいぞ! でっかい炎だ! 」

あまりの狂喜に実際の原子力爆弾の薄気味悪さは、どこへやら。終わると男たちは互いに握手を交わし、ショーは「スリル満点」だったね、と口々に言い合ってますよ。

で、その後はどうなったんでしょう? やっぱり全員がんで亡くなったのか? それについてはNPRが追跡取材していますよ。以下が5人のその後です。
 



シドニー・C・ブルース大佐(Col. Sidney C. Bruce)- 2005年没(享年86)

フランク・P・ボール中佐(Lt. Col. Frank P. Ball)- 2003年没(享年83)

ジョン・ヒューズ少佐(Maj. John Hughes)少佐、同姓同名が多いが1919年生まれのMaj. John W. Hughes II少佐と思われる - 1990年没(享年71)

ノーマン・ボディンガー少佐(Maj. Norman Bodinger) - 不詳(データベースにない。存命中?)

ドン・ルトレル(Don Lutrel)氏 - 正しくは「Luttrell」? DVA(退役軍人データベース)には「Donald D. Luttrell陸軍伍長、1924年生まれ、1987年没(享年63)」という登録があるが、この人かもしれない。


因みにヨシタケさんは80代になってもご覧のようにお元気そうですよ(2010年現在)。

小さな弾頭だったし、上空18,500フィート(5.6km)とかなり高い高度だったので、ガンマ線も中性子線も人体にはあんまり降りかからなかったようですね。まさかペンタゴンが表にしゃしゃり出てきて、放射能で死にました、爆弾の下に置いたのはペンタゴンです、と認めるわけないけど。

こういう核実験の見物人の記録が残ってるなんて、衝撃ですよね。結構ハワイとかでも核実験のとき市民が外に出てのんびり花火のように見物してる映像が残ってて驚いたんですけど、こういうのがあったからみんな安心し切っていたのかもしれませんね。死因との因果関係ははっきりしない部分もありますが、米政府は20世紀の核実験プログラムで亡くなった犠牲者に何億ドルという賠償金を支払っています。

アメリカが核実験をやめたのは1992年になってからですが、こんな核爆弾で学童みたいにはしゃぐ倒錯した世界はもっと早くに終わってくれてたら良かったな...と思います。


[NPR]関連:プラムボブ作戦 - Wikipedia

Sam Biddle(原文/satomi)
 

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