フラッシュ撮影ってホントに芸術作品をダメにするの? 素朴な疑問を検証

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日本の美術館では「撮影禁止」という表示をよく見かけますが、海外では「フラッシュ撮影禁止」の美術館も多く見受けられます。でも、どうしてフラッシュがダメなのか、その理由はあまり知られていないのではないでしょうか?

じつは先日、ユージン・スミスの写真展に行ったとき「フラッシュ撮影禁止」の文字が目にとまりました。興味があったので館内の警備員のところへ行き、なぜフラッシュ撮影がダメなのか尋ねてみました。

すると「フラッシュの冷たさが作品に悪いんだよ」とのこと。フラッシュが冷たい? なんだって!?

最初は、思わず笑っちゃいましたよ。スター・ウォーズのジェダイにでも心を操られた人が言いそうなジョークだってね。

それでこの件について調べてみたところ、警備員の話よりクレイジーな「理由」もいくつか存在していて、彼だけが突拍子もないことを言っているわけではなさそうだということが分かりました。ケンブリッジ大学のマーティン・エヴァンズ博士も「アートギャラリーにおけるアマチュア写真家:フラッシュ撮影による損害評価(Amateur Photographers in Art Galleries: Assessing the harm done by flash photography)」で次のように語っています。

「私の友人は、かつて学芸員から『眩しい光は物体を凍らせてしまうので、冷たい衝撃をいきなり与えるとデリケートな木製の展示品にダメージを与えてしまうかもしれない』と注意されたことがあります!」

どうやら、フラッシュで被写体の動きが止まることを表現する「freeze」という単語が一人歩きして、いつの間にか学芸員の間ではフラッシュが作品そのものを凍らせてしまうという話にすり変わってしまったようです。

私の場合、カメラに小さなフラッシュが内蔵されていますが、実際にはあまり使いません。そこにある光を活かして撮るほうが好きだからです。でも「フラッシュ撮影禁止」の文字を見る機会ってホントに多いですよね。

それにしても、美術館やギャラリー、ビジネスの現場でさえも撮影が禁止されることにはなんだか違和感がありせんか? 最近はみんなiPhoneやデジカメを持ち歩いているのに、なぜ撮影禁止のエリアがあるのか疑問です。

 

フラッシュ撮影は作品にダメージを与えるのか?

 

まず「フラッシュ撮影禁止」にまつわる警備員の回答について、基本的な問いから始めてみましょう。フラッシュ撮影は作品にダメージを与えてしまうのか? もしそれが事実ではなかった場合、なぜフラッシュ撮影や通常の写真撮影がこんなに多くの場所で禁止されているのか? そもそもこの発想は一体どこから来たのか?

その答えを探し求めていたとき、マーティン・エヴァンズ博士が書いた前途の記事を発見しました。1つめの疑問に対する答えは、次の一文に集約されています。

「何十年もの間、写真のストロボから発せられる強烈な光がアート作品や文書を傷めると、広く信じられてきました

 

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これは「フラッシュが最も強く発光する瞬間の明るさ、紫外線に恐れを抱くキュレーターの不安、そしてエレクトロニックフラッシュガンを美術館やギャラリーで使ってはいけないという一般的な合意」に起因しているようです。

ただし、その根拠となる事実がどこかにあるはずですよね。それを探るためにエヴァンズ博士が文献をレビューしていたところ、1995年にナショナル・ギャラリー(ロンドン)が行った実験資料を発見しました。その実験では、フラッシュを繰り返し焚くと色素が変色する可能性が示唆されており、これが現在の撮影禁止につながる最初の根拠の一つとなったようです。ところがエヴァンズ博士は、このデータを見たときに何かが違うことに気づきました。

その実験では、強力なグリップ型エレクトロニックフラッシュを2つ用意し、そのうち1つは紫外線の最大出力値を得るためUVブロックフィルターを除去。そしてそれぞれのフラッシュから約90cm離れた場所に着色パネルと染布を置き、さらに比較のため、通常のギャラリーと同じように照明を当てたパネルと布も設置しました。そして数ヶ月にわたり、7秒おきにフラッシュを焚く実験を行いました。

100万回以上フラッシュを焚いたあたりで、紫外線最大値のフラッシュを浴びたいくつかのパネルと布ではわずかに、しかし目に見える程度に色素が薄くなっていました。UVフィルター付フラッシュを浴びたサンプルは濃度計で極わずかな変化を計測したものの、目に見える変化はなし。そして面白いことに、通常のギャラリーと同じように照明を当てたサンプルはUVフィルターのフラッシュを浴びせたサンプルと同じ結果になりました。ところがナショナル・ギャラリーにとっては、フラッシュの危険性を示せるデータならどんなに小さな変化でも十分だったのです。

エヴァンズ博士はこの発想を酷評しています。

「ほとんどの色素においては、UVフィルター付フラッシュとギャラリーの照明とで同じ結果が出ています。UVフィルターのないフラッシュを使ったときは、色素の変化が10〜15%ほど高まります」

実際には、ほとんどの外付(と内蔵)フラッシュはフィルター付きなので、美術館側が心配する紫外線はおおよそカットされています

 

フラッシュ撮影禁止は、関係者の自己暗示だった?

 

アート作品へのダメージは、フラッシュの強さだけでなく期間にも依存するとエヴァンズ博士は指摘しています。この実験では、色素のすぐ近くで大きなストロボを100万回焚いています。一方、現実では小さなフラッシュを3m以上離れた場所から焚く程度。実験と同程度の負荷をかけるためには10億回くらいフラッシュを焚く必要があるのではないでしょうか。にもかかわらず、なぜ「フラッシュが危険」という考えがここまで浸透してしまったのでしょうか?

マーティン・エヴァンズ博士はシンプルにこうまとめています。

「キュレーター、ジャーナリスト、アート愛好家、美術館のディレクターたちはお互いにこの話(フラッシュが作品を傷めること)を何年も口にし合っていて、ギャラリーの来場者もその考えを尊重していました」

 

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つまり、彼らは自分たちが信じていることを話しているうちに、それを根拠に確信を深めていったのではないかと考えられます。エヴァンズ博士は「キュレーターたちは、3,000年以上も砂漠で強烈な日光の紫外線を浴びていたエジプト王の遺品を、写真撮影の負荷から守ろうとしている」と皮肉っています。

撮影を制限する理由としては、ほかに著作権侵害への配慮が考えられます。しかしエヴァンズ博士曰く「著作権法は国によって異なり、その解釈は非常に難しいところです。美術館やアートギャラリーは単に撮影させたくない理由としてその話を持ち出している場合もあるかもしれませんね」とのことです。

 

ほかに考えられる理由は?

 

写真撮影が制限される理由としては、ほかにどんなことが考えられるでしょうか?

写真家のポール・ハーコート・デイヴィーズ氏が美術館の警備員から言われた話によると、来場者の流れが止まってしまうのを避けたいという意図があるようです。有名な展覧会では来場者が何時間も行列待ちをしているため、写真撮影をしているとさらに待ち時間が長くなります。入場者が減れば、その分だけ収益を失ってしまうということですね。

また、もっと現実的な理由もあります。それはギフトショップの売上です。多くの美術館にとっては、ポストカードやポスターなどのグッズから得られる収益もバカにできないという現実があります。来場者が自分で撮影できてしまうと、ギフトショップの売上にも響いてしまうという心配があるのでしょう。

 

テロリスト対策

 

最近だと、写真撮影に関する議論の中でテロリスト対策の話もよく耳にしますね。

ショッピングモールやギャラリー、美術館は、国際テロからごくごく普通の窃盗に至るまでさまざまな心配をしているようです(訳者補足:BBCによると、イギリスでは昨年、ショッピングモールでアイスクリームを食べる自分の娘を撮影した父親が警備員から呼び止められ、最終的には反テロ法のもとに警察から職務質問を受けたそうです)。なんだかハリウッド映画の観すぎという感じもしますが...。

まあ、何はともあれ、マーティン・エヴァンズ博士の考察から「フラッシュ撮影を行ってもアート作品を傷めない」ということが分かったのは良かったですね。残念なお知らせがあるとすれば、科学的な立証事実があるにもかかわらず、ギャラリーや美術館が自分たちの信条を貫き撮影を禁止し続けていることでしょうか?

 

Steve Meltzer - Imaging Resource(Rumi/米版