世界初の地球の写真ってナチスのロケットで撮ってたんだね

世界初の地球の写真ってナチスのロケットで撮ってたんだね 1

「地球は青かった」の「ブルーマーブル」(1972年)や「地球の出」(1968年)より遥か前、世界初の人工衛星・スプートニク打ち上げの11年近く前、戦後14ヶ月も経ってない1946年10月24日に宇宙から撮った地球の写真です。

日本では「世界初の宇宙の写真」とよく紹介されてますが、まあ、写ってるのは地球ですわね。米軍のエンジニアと科学者が、米ニューメキシコ州ホワイトサンズ・ミサイル実験場からナチスのロケットを打ち上げて撮りました。

そう、ナチスの報復兵器、Vergeltungswaffe-2で。

当時はNASAもまだなかったし、人類宇宙探査なんて夢のまた夢。本気で考えてる人は戦中ナチスと、その庇護のもと黎明期ロケット開発を牽引したマッドサイエンティスト、ヴェルナー・マグヌス・マクシミリアン・フライヘル・フォン・ブラウン(Wernher Magnus Maximilian Freiherr von Braun)ぐらいでした。

フォン・ブラウンの夢は宇宙船です。ロケットつくるためならなんでもやる。ナチスの力が必要と判断すればSS(親衛隊)にも入隊し、ナチス党員にもなる。こうしてナチスの心証を良くし、ついに英軍レーダーを凌駕する報復兵器の必要性に迫られたヒトラーからV-2開発の予算と資材、強制労働者(主に仏ソ戦争捕虜)の確保をとりつけたのでした。悪魔とも取り引きしたんです。

ロンドン市民を震撼させたV-2は「攻撃による死者数を遥かに上回る人間が製造で過労死した」殺戮兵器として黒歴史に名を刻みます。フォン・ブラウン自身は人を殺す兵器に集中すべきところ、地球周辺を回る衛星や月に向かうロケットの話ばかりするんでゲシュタポに国家反逆罪で逮捕されたりしていたわけですが、奴隷の強制労働と無関係ではありません。

終戦の年、ナチスに勝ち目がないと判断したフォン・ブラウンはさっさとアメリカに投降。アメリカはソ連軍が進駐してくる寸前に製造工場・発射場を物色し、打ち上げ前のV-2、製造中のV-2、書類をごっそりアメリカに輸送します。俗に言う「史上最大のパテンド泥棒」ですね。

かくしてアメリカに居を構えたフォン・ブラウンは、そこで米軍の科学者と共に新ミサイル開発や既存のV-2の宇宙打ち上げ実験を続けます。

この実験の模様を1秒半ごとに35mmのカメラに収めていたのがエンジニアのクライデ・ホリデイ(Clyde Holliday)です。彼以外のエンジニアや科学者は撮影には無関心でした。とにかく宇宙線や空力性能の情報のことしか眼中にありません。

が、ホリデイは違いました。写真は人の心に訴える最もパワフルな技術応用になると、もうその当時から感じていたのですね。そして結局、彼は正しかった――宇宙の写真はその後、地球・地表・気象の仕組みを解明する手がかりとなっただけでなく、人類がどこにいて、宇宙に比してどれほど小さな存在であるか考える契機となりました。

写真は1950年ナショナル・ジオグラフィック誌上にて世界初公開に。ホリデイはこのとき、「他の惑星から宇宙船でくる宇宙人に地球はこう見える」と書いてます。

「地球の出」や「ザ・ブルーマーブル」は記念切手にもなって有名ですけど、こっちの扱いが地味なのは、やっぱりルーツがわかってしまうからでしょうね。

その他の写真は続きからどうぞ。

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上昇中のV-2から見た地球。

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パノラマ写真。1948年にV-2で撮影したもの。

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V-2図解

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Jesus Diaz(原文/satomi)