心地よく時間を潰すテレビのようなもの、それがFacebookの在り方

心地よく時間を潰すテレビのようなもの、それがFacebookの在り方 1

Facebook(以下・FB)とはどんな場所なのか。

米Gizmodoに、FBについて寄稿されています。筆者はテック系投資者として世界でも有数の成功を納め、NBAダラス・マーベリックスのオーナーでもあるマーク・キューバン(Mark Cuban)氏。FBについて、彼特有の考え方が展開されています。

FBについて話そう。

まず初めに言っておきたいのは、私はFB離れを勧めているわけではないということ。消費者やパートナーにFB上で「いいね!」を強要するのではなく、多様なソーシャルメディアプラットフォーム間でフォロワーを増やし、何を持ってフォロワーが増えていくのかをしっかりと評価していくべきだと言っているのだ。かつてはFBが最優先であり、次にTwitterがあった。しかし今、FBは長いソーシャルメディアリストの最後にまで落ちてしまっている。

私が思うFBの最も大きな問題は、FBの自身の捉え方にある。

FBのNewsfeed,Engagement and Promoted Postsのページには、「こうすることで、ユーザーが最も興味を持つ情報をフィードから取得することができる」とある。FBは、彼らのニュースフィードが最も魅力的な情報のソースであると信じているのだ。ユーザーが、最も魅力的な情報を得られるように心血を注いでいるというのだ。が、私はそんなことを正直考えもしなかった。

これの何が悪いの? サービスの魅力を高めようとする何が悪いの? ニュースや情報を活用して何が悪いの? 率直に言わせてもらえば、全部悪い。間違っている。サービスの魅力、ユーザーとの繋がりを、クリック数・「いいね!」の数・共有の数・グーグル検索の数等で判断するのは、ソーシャルネットワーク上では良策だとは思わないからだ

グーグル検索に訪れるユーザーは、必ずその場から離れるつもりでやってくる。やってきては使用し、クリックして(グーグル検索ページを)離れて行く。これとは真逆で、FBにやってくるユーザーはここにある程度の時間滞在することが目的でやってくる。事実、ユーザーは1日26分以上をFB上で過ごしているというレポートが出ている。つまり、FBは時間つぶしの場所なのだ。FBは情報を得る/探すグーグル検索のような場所ではなく、空いた時間を過ごすための言わばテレビのような存在なのだ。

FBは、言ってしまえば時間の無駄。とは言っても、ここに我々が魅力を感じていないということではない。なぜなら、クリックし、共有し、コメントするというこれらの行為は難しく考える必要のない簡単なことだからだ。しかし、なぜだか知らないがFB自身はこのFBの立ち位置を受け入れようとしていないように思う。莫大な時間の無駄、しかし友達と近況を語り興味のあることを見る、そんなプラットフォームとしての立ち位置を受け入れようとはしていない。思うに、FBは彼らのネットワークを深く考え過ぎているのだろう。

時間の無駄だが、人々は楽しんでいる。それは良いことだ。テレビをつけてぼーっとするのはそれなりに居心地のいい時間であり、楽である。1日平均5時間というのは、ヒマな時間をつぶすのに最適なのだ。

同じように、FBに行き友達の写真なんかを眺めてネットサーフィンするのは居心地がいい。FBはアクセクしなくていいものなのだ。写真もポストもどこにも行かない。FBは快適だ。特にどこかで携帯しか持っていない時、時間をつぶす最高の方法である。むしろ救世主的な存在だ。隣にいる他人と無理にコミュニケーションをとらなくてよく、携帯を眺めてしまえばいいのだ。つまり、逆に言うとFBがより効率的で画期的であろうとすればするほど、今ある特別な立ち位置――素晴らしい時間潰しの方法――が崩れてしまうのである。

一体誰が、ニュースフィードのトップに出てきた赤ちゃんの写真を気にするだろう。昔の同僚の誰々に子供が生まれた、なんてことはどうでもいいのだ。むしろ、周りがみんな「いいね!」したことでトップに出てくる赤ちゃん写真には、「いいね!」しなくちゃいけないプレッシャーが漂っていて嫌な感じがする。

診断メーカーで結果が何だったなんてどうでもいいのだ。FBのネットワークが大きくなるにつれて、アンフレンドはやりにくくなる。本来あるべき姿を超えて、もっとやりにくくなる。すると、フィードだって自分の欲しいピュアなものだけではなくなる。トップに出てきたフィードは、数学的に見れば効果的な表示なのだろうが、自分には全くそんなことはない。

 

 

そこで、本題だ。これがどうしてブランドやスポンサーのポストと関わってくるのか? FBでは全てのポストが友達や「いいね!」したユーザーのタイムラインに流れて行く。が、これはユーザーがタイムラインにある全てのフィードを見ればの話である。見ないのであれば、流れていないのも同じだ。FBユーザーは、FBに時間潰しに来ているのだ。なぜそれを止めようとするのだろう?

ブランド目線でみると、アルゴリズムにはまらないことで、コネクションのあるユーザーが少しでも見る可能性がある様々な情報をポストできる。アルゴリズムによってポストを見せるチャンスを減らされるべきではないのだ。

アルゴリズムよりも、我々の方が(自社ブランドページを「いいね!」している)ユーザーが何を求めているか知っているべきである。もしかしたら、ユーザーはただ試合のスコアを知りたいだけかもしれない。もしかしたら今どんな番組が放送されているかを知りたいだけなのかもしれない。そう、知りたいのはちょっとした情報なのだ。それがアルゴリズムのせいで表示される順序が変わり、試合の途中スコアが入れ替わっていたら何にもならない。どんなに頑張ったとしても、アルゴリズムはその程度なのだ

ブランドページのポストが人々を襲うわけじゃない。ユーザーは自分の許容範囲をわかっている。どんなポストがスパムにあたるか、アルゴリズムよりもわかっているのだ。ユーザーがページの「いいね!」を取り消すかどうか、それはユーザーとブランドとの関係にある。つまりブランド次第なのだ。FBは、ユーザー自身が情報を取捨選択する、ページや友人に「いいね!」したりそれを取り消したりするほうが、よっぽど簡単だとは思わないのだろうか? アルゴリズムで好きそうなものを表示するよりずっと効率的で良いとは思わないのだろうか?

もう1度言う、FBは単純なものを複雑化しすぎているのだ。ユーザーは、アルゴリズムが良さそうなものを表示してくれなくても、自分のタイムラインくらい自分で管理できるのだ。

アルゴリズムによって不必要に複雑化されること、ユーザーが思うFBの立ち位置を自身が理解していないこと、これによってブランドにどんどんコスト問題が生まれるのだ。より効果的にユーザーに見せようとするあまり、ユーザーが自然と目にするのではなくスポンサーポストとして見せるようになる。こうなると、ユーザーはますます自然に目にしなくなる、つまり常に金銭の掛かるスポンサーポストとして将来ずっとやっていかねばならないのだ。アルゴリズムに弾かれないように、スポンサーとして上に持ってきてもらわなくちゃ...。ブランドにはプレッシャーが掛かり続ける。

そしてもちろん、金も掛かり続けるのだ。私が言うまでもなく、多くの人が指摘しているとおり、スポンサーポストはなかなか高額である。ポストが多ければ多いほど、コストは高くなっていくのだ。

そこでだ、なぜブランドがアルゴリズムのプレッシャーかコストの問題があるFB上で、ユーザーの興味関心をひかねばならないのだ? 代わりになる場所が他にあるならばなおさらである。

FBは、ユーザー個人にとって最も興味のある情報のソースになろうとするあまり、他にも問題が出てきた。細かい個人情報をもつ故に、ユーザーは自分のプロフィールを守りに入ったのだ。一体どれだけの人が、自分の個人的なポストを全公開にしているだろうか。あまり多くはないだろう。ポストを表示する、または見るのはある程度限られたコミュニティ(友人のみ、もしくは友人の友人のみなど)の中だけだろう。

なぜか? それはこのポストの内容がFBの外では価値を得ないからである。個人にとって閉じられた情報だからである。Bing(なかなかソーシャルネットワークと上手く結びつけられている)で検索することだってできる(過去記事)。それでも、各ソーシャルネットワーク内でポストされている内容全てを同じように拾えるわけではない。最も最近の情報を得るベストな方法は、TwitterやTumblr、Instagram内で検索をかけることだろう。または、関連サイトを直接見るか、だ。

もし人が選挙についてどういう意見を持っているかを知りたければ、FBの外へ行かざるを得ない。つまり、もともと人々はFBのフィードを情報の第1線として使ってはいないのだ。FBのフィードは例えるならば、タウンペーパーのようなもの。身の回りのことや基本的な情報は得ることができる、しかし、より広範囲な情報ソースにはなり得ないのだ。

何百人もの人がある話題について話していたとしても、誰も「いいね!」しなければ、またはトピックとして表示されていなければ、あなた(ユーザー)はそれを知る術も、その人達にアプローチする術もないのである。それをふまえ、Twitterにはトレンドトピックという機能があり、日を追うにつれてより重要視されていくのだ。

話をスポンサーポストとアルゴリズムに戻そう。私は、スポンサーポストに全く反対してはいない。スポンサーポストが第1に出てくることに反対なのだ。これがなければ、我々は自社と関係を築いた人々により多くリーチできると思うからである。

ランキングによるアルゴリズムなんてやめてしまえばいい。さすれば、誰でも公平にユーザーにリーチできる機会が与えられるのではないだろうか。そしてユーザーとの関係で、我々の良いところ、悪いところを見い出して改善していくことができるのではないだろうか。

さらに、FBがそもそもの使命である人と繋がることにゲーム性を持たせすぎるのは大きな間違いであるとも思う。FBは、時間を潰すのに実に刺激的な場所である。その良さの全てはシンプルさにあるのだ。ビジネスの最大の脅威の1つは、自分自身の知恵はまってしまうことである。FBだって例外ではない。注意が必要なのである。

自身の知恵に溺れるとは、納得の説明ですね。考えすぎるな、不必要な意味をつけるな。ユーザーは本サービスをどのように使っているか、それが大事ということですね。変に頭でっかちになって小難しい理論で覆ってしまってはいけない、と。確かに、FBを見る時は、「見る」というより「眺める」という気持ちに近いです。テレビに代わる暇つぶし、それがFBが本来フォーカスすべき姿なのかもしれません。

そうこ(Mark Cuban - blogmaverick 米版