世界初のiPad新聞「The Daily」が2年であえなく廃刊...中の人が見た創刊の修羅場

世界初のiPad新聞「The Daily」が2年であえなく廃刊...中の人が見た創刊の修羅場 1

ルパート・マードックがジョブズと手を組み鳴り物入りで創刊したiPadオンリーの日刊紙「The Daily」2年を待たずに廃刊決定です。

オンラインで無料で出回ってるニュースが多かったので、あえて有料で買う理由もなかった、ということでしょうか...。

あの中で何が起こっていたのか? 創刊の修羅場を内側から見守ったピーター・ハー(Peter Ha記者。今はGizmodoのエディター)が語ります。

僕はThe Dailyに雇われた19番目の社員だった。テック担当エディターとして初出社したのは2010年11月1日、創刊は翌月に迫っていた。あれは本気でビビった。

「あのデビルのところで働くのか」と友だちにも言われた。

単に50丁目(タイム本社)の地獄から逃れたかっただけ...という話もあるが、ニューズ・コーポレーションが人が言うほど悪くなく思えたのも事実だ。 フォックスニュースはともかく、フットボールやNat Geo TVやシンプソンズといった万人に愛されるコンテンツもたくさん抱えていた。あんなにあるんだから、悪くなりようがないように思えた。

実際、「The Daily」も勤めた最初の頃はとても楽しかった。小さな部署なので西48丁目を見下ろす26階の北側にみんな固まってて、まるで家族みたいだった。毎週ひとの入れ替わりが激しく、席替えもしょっちゅうだったけど、報道デスクとデザイナーの所帯が大きくなったので僕は後退して東ウィングに落ち着いた。会社にはABCニュース、NYタイムズ、NYポスト、New Yorkerなどなど全米の名だたる新聞・雑誌から人が集まってきた。入社1ヶ月で、顔見知りより顔も知らない人の方が多くなった。なかなか良いチームだと思っていたのだが...。

ルパート・マードック(みんなに『デビル』と脅されたのはこのお方のことだ)は発行人・編集長のオフィスに週何回か顔を出していた。マスコミにバカにされ投資家には引退の潮時と言われている人だが、会ってみると飄々とした人だった。一度はボノを連れてきたこともある。入ってくる前に、声聞くだけでボノとわかった。ボノって実はちっこいんだね。

(中略。ワシントン・ポストがiPad版のプロモ動画を発表した後、The Dailyも結構面白いの撮ったのだけど、残念ながら一度も公開されずに終わった)

2010年12月はじめの創刊予定日にはとてもじゃないけど間に合わず、12月半ばには社内でトライアルランをやってみた。が、最初の夜はプラン通りいかなかった。というのもプランなんてほとんど無かったからだ。CMSからアプリ本体に至るまで全部まだ開発中かテスト中だった。

自分もデザイナーと何時間も詰めて、ピクセルをあちゃこちゃ動かして、コピーして削って苦戦した。「明日の締め切りまでに3、4本出すなんて言ってしまったけど一体どうしたら間に合うんだ...」と頭を抱えているだけの時もあったが、どうにか夜中の1時には全部終わらせることができた。他の報道やスポーツ担当のスタッフはもっともっと遅くまでかかっていた。みんなヘロヘロだった。現実は厳しいことがようやくわかってきた。えらい仕事量を引き受けてしまった、という気持ちだった。

当時はどの雑誌も新聞もiPad活用の手法を模索していた。発行人の多くは、当然の帰結だが、紙版からデジタルファイルを拾って別の目的に使うやり方に落ち着いた。これで何かが変わった、ということもない。単に豪華なPDFになっただけだ。スティーブ・ジョブズはそうなることをとても嫌って、「Sports Illustrated」編集長におたくのデザインは本当に糞だと言っていた。その点「The Daily」にはアップルの応援も入ってるんだし、これで全てが変わって、出版新時代の幕開けになる...はずだった。現場の我々はみんなその日ぐらしのニュースの自転車操業だったわけだが。

ビル外部の人間は誰ひとり、中で僕らがどういうことになってるか知らなかった。ポストもジャーナルも、だ。「ところてん式」に広がるオフィス空間には全員分のスペースも満足になくて、まるでスタートアップのようだった。職場の雰囲気も働き方もね。最初の数カ月は毎週ハッピーアワーがあってパーッとやった。僕はデスクの頭上で初代ARドローンをブンブン飛ばしてスタッフを怖がらせたりした。最初のクリスマスパーティーは社内で行われた。僕はそのアグリーセーター・コンテストで発行人を破って見事優勝。みんなでバカやって、バーで酔いつぶれてる人もいた。

 

 

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記事を書き続けて2011年2月2日、The Dailyはようやく創刊に漕ぎ着けた。みんな西ウィングの大画面の前に集まってローンチの様子を見守った。接続不良になったので、デスクに走って戻ってライブストリーミングで見た人も多い。The Daily創刊に協力したスタッフは誇らしい気持ちになり、何人かは涙を流していた。僕もちょっと泣いたかもしれない。スタッフの多くは家族や友だちを犠牲にして立ち上げまで漕ぎ着けたのだ。あのプライドは誰にも奪えないと思う。

創刊後はチームでスクープもたくさん書いた。Amazonロッカー、Office for iPad、Xboxのセットトップボックスなどなど。「ああ、それだったらゴーカーのサイトで読んだよ」という人も多いだろう。いくらコンテンツが良くても共有する良い方法がないと宝の持ち腐れなんだよね。The Dailyの体質はまるでトップダウンの新聞のようだった。それも悪くはないのだが、それが通用するのは1日に何回も版を重ねていた数十年前の新聞の話だろう。

次の日には鮮度が落ちるとわかっているニュースを出稿したい記者なんかいるわけない。その点、あの出版プラットフォームはチューインガムとツバでくっつけてやっとひとつになってるような代物だった。

こうなる前に状況を改善する手立てはあったのか? 当然ある。だがそれも今となってはどうでもいいことになってしまった。 The Dailyは部数を伸ばして成功する要素はあれだけ揃っていたのに、結局インターネットから隔離したのが大きな間違いだった。(後略)

Peter Ha(原文/satomi)