アップルのiWatch、本当にある? あるとしてもヘンじゃない?

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奇異の目で見られないようなものができるのかと。

アップルが開発中とされる腕時計型デバイス、人呼んでiWatch。ウェアラブル・コンピューターの未来を体現するものとして期待される一方、本当に製品として登場するのかはわかりませんし、あったとしてもどんなものか全く不明です。そんなiWatchはどうある(ない)べきか、米Gizmodoのサム記者が物申しています。

アップルのファンボーイとして、iWatchが発売されたら多分買ってしまう、でもそれは本当にナード丸出しガジェットになるんじゃなかろうか、アップルは本気でウェアラブル・デバイスに信念を持って作っているんだろうか...と、愛すればこその疑念と不安をこめた考察です。以下、どうぞ。

もはや既定のことのように聞こえ始めたアップルのiWatchですが、今のところ実在はしていませんし、これからも実際出てこないかもしれません。が、もし本当にアップルが腕時計型デバイスを売り出すとしたら、我々にはある覚悟が必要です。iWatchを着けていたら、間違いなく「ヘンなやつ」に見えるってことです。その価値があるのでしょうか?

我々が語ろうとしているその「未来」は、本当にやってくるかどうかわからないってことは意識しておくべきです。とはいえ、ウェアラブル・テクノロジーの重要性については議論の余地はありません。もう、「ウェアラブル・デバイスを使うかどうか」って問題じゃなく、「(ウェアラブル・デバイスを使うという前提で)アップルにするか、グーグルにするか、Jawboneにするか」という問題なんです。

iWatchが本当に登場するとしても、それはアップルが良いと考えたからとは限りません。アップルはそこで市場を作り出しているのではなく、市場を追っているだけになります。たとえば4インチのiPhoneだってシェアを伸ばしているAndroidの後追いだったし、iPad miniもグーグルのNexus 7とかアマゾンのKindle Fire HDへの対抗商品でした。どちらも良い製品にはなりましたが、アップルが守りの姿勢から打ち出したものであることに変わりはありません。iWatchも、ナイキのFuelBandとかFitBitとかのマネと見なされます。アップルの経営陣は投資家とかアナリストとか、ウォール街方面からすごいプレッシャーを受けているんです。その種の人たちは、アップルが初代iPodみたいな革新的なものを3年ごとに出さないからってバッシングするんです。ティム・クックCEOは大変です。

つまりiWatchは、インスピレーションからではなく義務感から生まれるんです。それでちゃんと、身に着けて「なんか、ダサくない?」と思わないようなものになるんでしょうか? マンガとかSFの世界にしか存在しなかったものを新たに作るよりは、少し大きい電話とか少し小さいタブレットを作る方が簡単です。スマートウォッチを作るのはすごく難しいです。

その難しさは、アップル自身がその歴史で証明しています。アップルはiPod nanoである意味もう腕時計型デバイスを発売していたんですが、次のモデルではそのコンセプトから完全に撤退して、腕時計的な使い方をしないデザインに戻してしまいました。それは多分賢い選択でした。だってよっぽどのナードとかアバンギャルドな人じゃなければ、誰もiPod nanoを腕時計として使おうとはしなかったからです。それはただのギミックでした。気恥ずかしく、見た目的にイマイチでした。

そもそもスマートウォッチを着ける理由なんて、あるでしょうか? それなりに見栄えの良かった(機能的には問題もありましたが)ソニーのスマートウォッチでさえ、公共の場で着けるのははばかられました。液晶画面をタップするたびに周りの人からじろじろ見られ、嘲笑されました。僕にスマートウォッチのことを聞いた唯一の人は、何か見てはいけないものを見るような目をしていました。彼女は、未来なんて見ていませんでした。そして、自分はどこでそれを買えるかなんて聞きもしなかったんです。

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アップルがiWatchを作るとしても、僕のそんな体験を繰り返さずに済むようなものを作れるんでしょうか? iWatchは、比較的控えめなFuelBand(それでも目立つ)より、もっと悪目立ちするものになってもおかしくありません。FuelBandのLEDピカピカを大げさに感じるなら、iWatchの燦然たる「カーブ型ガラス」はどんなにお腹いっぱいでしょうか。サイズも大きくなるはずです。iOS搭載なら、それなりに表面積が必要だからです。iWatchというより、iBangleです。多分着けていて不快です。僕らは何がしたいんでしょうか? というか、アップルは我々をどうしようとしてるんでしょうか?

噂になっている機能の半分でも実現するには、タッチスクリーンデバイスとしては非効率だったiPod nanoより大きなサイズが必要です。とすると、冒頭の画像を見てください。それがもっと大きく、明るく、手首を覆うようにカーブしている状態を想像してください。気持よく使えるようにするには、もっと小さなデバイスにする必要があります。

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グーグルのProject Glassだって、現段階では妄想プロジェクトとして嘲笑の対象です。ニューヨークの地下鉄に素知らぬ顔で乗っていても、セルゲイ・ブリンは映画『サイバーネット』から抜けだしてきた人みたいでした。ウェアラブル・デバイスは、まだリアルな生活にはなじめないんです。そして、ソニーのスマートウォッチだって、他人から見ても自分自身からも、ヘンだったんです。ウェアラブル・デバイスに慣れるまでは、カーブ型ガラスの超小型コンピューターは、ジョニー・アイヴの聖痕みたいに感じられることでしょう。

要するに、iWatchに関してアップルに課せられているのは、非常に重く、厄介な課題です。それはウォール街の魔物たちを喜ばせなきゃいけないし、アイヴの家にも素敵に収まらなきゃいけないし、奇異の目で見られたり盗まれたりしないよう、控えめなものにしなきゃいけません。それはリアルな生活、そして僕らの体になじむ必要があって、アナリストの思いとか、未来を望むファンボーイの願望とかはその次なんです。それは腕時計であり、すごいアップル製品であり、なおかつ堂々と着けられるものじゃなきゃいけません。そんなものを実現するには、アップルがこれまでやってきたことを超えるような魔法が必要です。

Sam Biddle(原文/miho)