こんなとこでも建築は進歩していた。南極建築ツアー

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建築に求められる機能はその場所場所によって違いますが、極寒の地・南極の基地における建築には沢山の機能が必要とされます。氷は不安定ですし、大量の積雪にも耐えないといけないし、あまりに気温が下がると建物が凍って壊れてしまうことも考えられます。

現在、氷の大陸には少なくとも30の基地がありますが、以前は南極にこのように長時間その形を保つことのできる建物はありませんでした。1980年の終わりまで、南極には仮設程度の建物しかなく、それは雪の中に埋もれ、氷ついてしまうものだったのです。

それが今では、南極にも仮設でない建物を建てられるようになりました。南極大陸が地図に記されたのは1820年頃ですが、その時と比べて、南極建築はどのように進化したのでしょうか。

まず、第一に建物はスキーをはくようになりました。

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Hally VI

ハレー VIは南極氷棚の端にあります。イギリスの研究者が最初にオゾンホールを観察した所です。この基地は1950年ごろからあますが、今回が6番目の建物となります。それだけでもこの基地の苦労が分かるかと思います。

ハレーⅠはつつましやかな木の小屋ですぐに壊れてしまいました。ハレー Ⅱも大差ありませんでした。ハレー Ⅲは鋼管でできており、理論によれば屋根に雪が積もるのを遅らせられるということでした。しかし、機械が壊れたため、数年後には結局は雪の中に埋まってしまいました。ハレー ⅣはⅢの教訓を活かして、合板のパイプを用いて作られましたが、完成後10年たって氷棚にのみ込まれてしまいました。1989年に作られたハレー Ⅴはより賢い方法が用いられました。床を思いっきりあげて、建物に下駄というか竹馬をはかせたのです。

そして今回のハレー Ⅵはそれをさらに進化させました。7つのカプセルは雪をよけるために単なる竹馬ではなく、鉄の大きなスキーをはいた竹馬の上にあります。このハレーⅥを設計したのはAECOM。この建物の最大の特徴は氷棚が変化すると、新しい場所に動くという点です。かしこいですね。Ⅵはきっとこれまでの建物より年齢を重ねることができるはずです。

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Princess Elisabeth Antarctic

ベルギーのプリンセス・エリザベス基地は99%の普通の建築よりもエコです。南極大陸で初の、CO2ゼロ建築なのです。全てのエネルギーは太陽光発電と風力発電でまかなっています。

この建物は岸から200kmほど離れたところにあるため、動く氷の危険はほとんどありません。しかし、岸から離れるということは、それだけエネルギーを自分でまかなうということが大切になってくるということです。

こんな事が可能になったのは、この建物ではほとんど温めるということが必要ないためです。プリンセス・エリザベスでは分厚い断熱材によって、空調をほとんど使わずに、夏涼しく、冬暖かいという環境を実現しています。

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Bharati Research Station

築年数1年のインドのバーラティ研究所はドイツの建築会社bof Architektenによって設計されました。bof Architektenはほとんどをプレファブリケーションで構成しました。134個のコンテナに材料が積まれてきたそうです。全てのパーツは金属のシェルに覆われていて、南極の巨大な風荷重から守られています。

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Jang Bogo

韓国の60人収容できる基地は現在建設中です。しかし来年竣工したら、南極にある大きな建物の仲間入りです。チャン・ボゴはハレーのように竹馬をはいています。そして、プレハブの建物パーツは風荷重に耐えられる金属のシェルに覆われています。

人間の周りの環境を整えていくエネルギーってすごいです。

KELSEY CAMPBELL-DOLLAGHAN(原文/mio)