あるアップルストア店員の目からみた「iPhone発売日」

あるアップルストア店員の目からみた「iPhone発売日」 1

ストア前に並ぶユーザーとは全く違う1日。

アップル製品発売日に、列にならんだことはありますか? ギズモードではお馴染みとなった行列参戦。徹夜組や始発組。欲しいものをいち早く手にいれるために並ぶのも、これまた一興。私たちが列に並んでいる時、アップルストアの中はどうなっているのでしょう。そこで働く人々の興奮はどれほどのものでしょう。体育祭や文化祭の前の、あの独特な雰囲気なのでしょうか。

McSweeneyで公開された「アップルストアの裏方」ストーリーを紹介したいと思います。この話は、アップルストアスタッフJ.K. Appleseed(ペンネーム)さんの1年で最も忙しい日、iPhone発売日の様子がスタッフ目線で描いたものです。

教会やモスクではこんなことはない。しかし、もしあったとしたら、教徒達は教会の前で1日中列をなして待つことができるだろうか。3日間待てるか? 1週間は? どうだろうか。罪を償い平和を手に入れる、それは列に並ぶ動機に十分なものだろうか

宗教にあげる熱、アップルストアの駐車場を強い朝日を浴びながら歩いている時に、頭にふと浮かんだのがまさにこれだ。iPhone行列の横を通る、新しいiPhoneを手に入れるために並んでいる人の中には、綺麗とは言えないこの路上に1週間ほど泊まり込んだ人もいる。仕事はいいのか? 学校はないのか? 家族はどうなのか? 彼らハードコアファンに、来週手に入れればいいなんて考えは無い。今日欲しいのだ。せめて雨が降らなかったのは幸運だった、としか言いようがない。

アップルは「商品発売」を熟知している。アップルがPRを武器にしたのは、今から31年前のこと。サミュエル・L・ジャクソンがSiriと会話をするもっと前、「I’m a Mac, I’m a PC」の広告のもっと前、iPodsのカラフルな背景でシルエットが踊るあれよりもっと前の話だ。

1984年、広告賞を受賞し人々の会話の的となった1分間のテレビCM。アップルの「1984」こそ、スーパーボールという大イベントに合わせ、その放送のために制作された初のTVコマーシャルなのだ。

発売2ヶ月前

アップルが期待されるのは、世界を変える何か。新製品発表の兆候が出るのは、年々早くなっているようで、まるでクリスマス広告のようだ。客は、スタッフが知っているのは絶対だとばかりに、新製品がいつでるかを尋ねてくる。初代Macや、iPod、iPhone、iPadのような大きなリリースなのか、と尋ねてくる。その度に、ストアスタッフは何も知らないと答えるのだが、誰も信じてくれない。なんでだろ。

ネットで見たから!

紙の雑誌が衰退する中、何十というテックブログが登場しアップルへの興味をそそる話題を提供してくれる。テックとテックの相利作用だ。ブログもアップルも、互いに新製品に関するニュースヘッドラインで盛り上がる。まるでパパラッチのように企業の特許を追うサイト、過去の情報を元に新製品の発表日を予想するサイト。さらに第2の層として、そういったブログサイトの正確性、あれは合ってた、あっちは間違っていたなんてまとめるものまである。インターネットの生態系だ。

こんな世の中ならば、世界に影響を与えるIT企業が、新製品や内部のことをストアスタッフにばらさないのは、もはや当たり前だと言えるだろう。リークされては大損害だ。

が、お客さんは公式発表まで待てずにやっぱり聞いてくる。そんな時は、僕もこう答えるしかない「僕も発表まで待てないです」と。

9日前

ついにティム・クックCEOが、iPhone 5sとiPhone 5cを発表。発売日も明らかになった。カウントダウンのスタートだ。

何百万という商品が世界中に発送される、オンラインの予約販売もレビュー用の製品も発送される。各ストアのスケジュールも固められる。マネージャーから何度も何度も「全員の手がカウンターにある状態で」と聞かされる。つまり、発売日はスタッフ全員誰であれみんな働くぞ、ということだ。

7日前

行列のニュースが出始める。きっと各メディアのプロデューサーは、どうすれば真新しい話になるかと考えているのだろう。列の先頭は誰だ、東京の男性もいる。列の長さは、ニューヨークでは横を歩いて7分だ。列の場所をいくらでゆずる、数百ドルだ。なんて具合に。

4日前

この頃の僕は、こんなことを口にするようになる。

「ここはクパチーノじゃないし、僕はデザイナーじゃない。なんでゴールドモデルがあるのかなんて知らないってば」

「確かに、新iPhoneにX線機能が絶対にないとは僕も言い切れません。ただ、発ガン性が心配ですよね」

「いや、どうやったらテーザー銃アプリなんてものができるわけでしょう…」

47時間前

アップルにくるまでデイビッド・ポーグ(David Pogue)が誰かなんて知らなかったが、彼はニューヨーク・タイムズ紙でテック系コラムを担当しており、iPhone 5sのパロディレビュー動画や、ウソ機能(車の鍵になるとか、暗視カメラがつくとか)なんかを取り上げている。こういうジョークは、いわば技術への期待だ。もちろんiPhone発表のたびにジョークのような機能はついていないので、パロディにされる。サタデーナイトライブも、中国の工場で働く人が人生の難しさについて語るなんてちょっと毒のあるコーナーを設けていた。とにかく、様々なメディがアップルを取り上げる。ついには、どれほどメディアに取り上げられたかまでニュースに取り上げられる。他にこんな企業があるだろうか。

中には張り合おうとした企業もある。マイクロソフトはタブレット端末をリリースした際に、Newsweekに舞台裏の記事を掲載してもらった。Stephen Colbert(スティーヴン・コルベア、米国のコメディアン)は、彼の番組でその記事を取り上げたが、ちらっと触れただけで大見出しのiPad記事をメインで扱うという皮肉ぶりだった。

ビジネス記事では、アップルの戦略という視点で取り上げる。5cは残念ながら「廉価版」として世に知られているが、これは中国やインドでの中級階級層に絶大な需要があるとされている。大きなビジョンを持つ戦略である。実に、市場獲得の戦略、キャリアとの交渉、さらに世界に目をむけた価格設定と、新製品発表とは僕の頭を超えて巨大なものなのだ。僕はというと、この大きな日を前に多少寝不足になるくらい。少しでも自分がこの巨大な何かの一部だと考えてしまうのは、世間知らずなのだろうか。

12時間前

ストア裏方チームが、大量のiPhoneを受け取る。箱の中にまた箱、これらを開けて翌日に備えて効率的に動ける配置にしていく。

ここから在庫管理チームも長い夜が始まる。ディスプレイをメンテナンスしてセットしていく。が、この時ソフトウェアのアップデートや若干の修理が必要なため大変だ。個人的な意見だが、世界4カ国でランダムに訪れた13店舗をみた感想では、このディスプレイチームにはクールな感じの女性ギークスタッフがいることが多い。なんでかわからないけど多い。

細部に気を使ってディスプレイを並べるのが楽しいのか、前線での接客が嫌だからこっちにまわったのか、なんでかわからないけれど、もしまだ誰も知らないいい感じのバンドを先取りしたいと思ったら、このディスプレイチームに尋ねるといい。それほど、クールでかっこいい人が多いのだ。

なにはともあれ、このチームのおかげで、店内は整然として全てのMacがアップデートされて準備が整うのだ。彼らは劇場の技術チームのようでもある。

45分前

早めに入る。列の横を歩くとデジャヴュのような気分になる。折りたたみ椅子に寝袋、クーラーボックスに、このなんとも言えない匂い

列の人々とフランクに会話することはないが、列や周りのレポーターを追い抜いて歩いていると、なんだかセカセカした気分になる。

30分前

ストアの裏では、フィリピン系アメリカ人でビンテージスニーカー集めが趣味のヴァンが、ロッカーの鍵があかずにあせっている。

「いや、絶対これが俺のロッカーだったって!」

自分のロッカーがどれか忘れてしまうのはいつものことだが、リリース日は特にひどい。それもそのはずで、いつもより多いスタッフが出勤しているからだ。いつも同じロッカーを使うと決まっていないので、僕は名刺を目印に挟んでいるのだが。

いくぞ!

店内に緊張が走る。

10分前

円陣を組む。黒いカーテンをしいているので外からはガラスを通して中の様子は伺えない。僕らも外が見えない。が、確かに彼らはそこにいる、待っている。ユーザー、報道陣、そして警察。

うちのストアマネージャーの髪型は完璧なセットで、何があっても乱れない。さぁ、いくぞ。楽しもう、お客様1人1人にきちんと対応しよう、メディアとは話さない。リリースだ。楽しむ、それが全て

2分前

音楽が流れる。ダンスするスタッフ、拍手するスタッフ。僕は、初め拍手するのがなんとなく嫌だったけど、めちゃくちゃかわいいスタッフが目の前で拍手しているのを見て、僕も始める(このかわいい子、シフトの時間がまるで違っていたようで今日会うのが初めて)。マネージャーがカーテンをあけ、ドアを開ける。

3、2、1、ゼロ!

スタッフ全員で拍手、歓声をあげて最初のお客さんを迎え入れる。ずいぶん若い男性だ。キャンプ道具を全部バックパックに詰め込んで、先頭の歓迎に手を挙げる。そこから、20~30人のお客さんをどんどん拍手で迎え入れる。1人客が入店するたびに、拍手をしていたスタッフは1人減る。手が痛くなってくる。拍手がようやく少しやんでくると、入店ごとに盛り上げるためちょっと手を挙げる。

発売4分後

僕が担当した最初のiPhoneが売れた。準備されたiPhoneの数はとんでもない。正確な数字は明らかにできないが、すごい数だ。今日はかなり稼ぐ。

18分後

スタッフ数人は、今日のこのイベントを記録するための撮影係になる。笑顔で応えるお客さんもいる。スムーズな流れだ。過去に幾度とあったiPhoneやiPadの発売で、みんな上手くなってきている。行列キャンプしていたユーザーもスムーズだ。彼らのゴールは明らか、ストアに入ってiPhoneを手にして出ること。

友人のマックスが店内にいるのに気がつく。どうやら、さっきのかわいいスタッフが対応しているようだ。僕に気がついて、ウィンクをよこしてきた。

31分後

マックスに話しかける。

「調子どう?」

「なんで? 今日ってなんか特別な日だったっけ?」と鼻で笑われた。

50分後

バーテンダーになった気分だ。人々が欲しいものを次々与えていく。僕が成功への鍵、そんな気分だ。

2時間後

高揚感もとけてきた。営業スマイルのし過ぎでほお骨が痛い。足もだるい。たくさんの人で、店内が暑い。

3時間後

休憩時間だ。マネージャーが僕らのためにランチのケータリングを頼んでおいてくれた。ちょっと高級なメキシカンフード。美味しい。座れるのも嬉しい。

ヴァンが、ビーフエンパナーダがもうなくなっていることに嘆いている。次のケータリングが到着する頃は、すでに休憩を終えて店内に戻っているだろう。

彼は言う。

鶏肉だけで、どうやって1日乗り切んだよ!

5時間後

LAには、2通りのストアスタッフがいる。1つは、どんな有名人が来て誰の担当をしたかにこだわるもの。もう1つは、こだわらないフリをするもの。サラは前者だ。なので接客は得意である。もちろんゴシップ好きでもある。「ブレイキング・バッドの関係者が買いに来たけど、割り込みとかしないいい人だった」なんて話をサラが広めている。本当かウソかわからないし、確かめようもない。そもそも関係者ならば、照明や音響スタッフかもしれないのだ。

クラブの入り口にバウンサー(IDチェック等を行う人)がいるのは納得だ。あの力は素晴らしい。僕たちはみんなこの行列をさばく仕事になれておらず、誰が誰でどんな重要人物かなんてわからない。今朝は宗教の力を考えていたが、午後にはクラブバウンサーの力に思いをはせる。しかし、確実に何より力があるのは、世界中でこれほどの需要をつくりだし、メディアに注目させ、ストアに人を動員させて回しているものだ。

友人のマックスとコーヒーを飲み、カフェインの力まで考える。

8時間後

あと1時間、それで今日は終わりだ。目の前の客が、徹夜キャンプ組なのか、今日列に並んだ人なのかもうわからなくなってきた。徹夜組はもう裁ききったと信じたい。残業を申し出たスタッフの全員が、リリース日には許可される。この残業分の儲けを何に使うのだろう。音楽か、外食か、はたまた飲みにでも行くのか。

ヴァンが接客中に、別の客から腕を掴まれている。

「あなた、ちょっとこっち対応してよ!」

「すいません、今こちらのお客様の対応中ですので」

ヴァンがそう言うと、腕を掴んでいた客はFワードで罵ってドタバタと歩いて行く。ヴァンが接客していた客は目を丸くして驚いている。

「あの人なんなの、こんなことがあるなんて…」

1日中こうですよ、ずっとね」ヴァンが答える。

10時間後

少し残業。この残業代に価値があるかは別として、人手が足りないのは事実。さらに、あのかわいい子の名前もわかったし、レイチェルだ。

この1日はこれのためだ!

誰がそんなこと言っているのかと振り返ると、ヴァンだった。何のためだって、そう聞くとヴァンは手にゴールド、もといシャンパンカラーのiPhone 5sを持っている。

「よくそんな金あったな?」

「親父がプレゼントしてくれたんだよ」

「親父さん、今日店に来てたの?」

「まさか。自分で買って、親父がお金出してくれたんだよ。Touch IDですよ、Touch ID。じゃ、家に帰るわ。母親が牛肉でメシ作ってくれるから」

そんな会話をかわして1日が終了。

1日後

LAタイムズ紙が、パサデナ店の列でケンカがあったと報じる。気の毒だがケガ人が出なくてよかった。

3日後

サムスンが、ゴールドのスマートフォンを発表。なんという偶然でしょうと、アップル系ブログが失笑している。

5日後

Facebookでは、Louis CKがなぜ娘にスマートフォンを与えないかで盛り上がっている。なんでもかんでもiPhone関連だが、この1週間は全てがそんな調子だろう。

6日後

これでメディアの波も終わりだろうと思うたびに、新たな記事がでてくる。アップルが発売週末で800万台のiPhoneを売り上げた。その次のニュースでは、iPhone市場は、マクドナルドとコカコーラの売上げの合計よりも価値がる、とかなんとか。

僕自身は、iPhoneやコンサートチケットのために徹夜でキャンプをするタイプではない。だが、この大きな波は感じる。これが好きか嫌いかはまだはっきりわからないけれど。とにかく今は、通常運転が待ち遠しい。あの騒然とした空気の前でも後でもない、ちょうど真ん中の頃が。

この記事は、Internet Tendencyで公開された記事を、許可を得て米Gizmodoが転載したものが元となっています。

そうこ(J.K. APPLESEED - MCSWEENEY'S 米版