アップル必勝パターンはここから。Macintoshの始まりの始まりを振り返る

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既存のアイデアをうまーく組み合わせるやり方は、30年以上前から。

30年前の1月24日、アップルのMacintoshが生まれました。Macintosh、それは全ての始まりであり、全てを変えたデバイスであり、パーソナル・コンピューター時代をスタートさせた存在です。30歳になったMacintoshに、まずはおめでとうと言いたいです。

Macも三十路ということで、その一番最初の始まりを振り返る良い機会だと思います。ここでいう「始まり」とは30年前、スーパーボウル中継の中で伝説のコマーシャルが流れて、Macが正式発売されたとき、ではありません。Macintoshの歴史を本当にさかのぼるなら、1979年、スティーブ・ジョブズがゼロックスのパロ・アルト研究所(PARC)を訪問したところまで巻き戻さなきゃいけません。ギズモード読者の方なら、このへんで「ああ、その話」と思われるかもしれませんね。

アップルは当時、大成功したApple IIの後継機、Lisaの仕上げに入っていました。でもジョブズはすでに、Lisaのさらに次の何かを探そうとしていました。そのとき、彼はゼロックス作の実験的コンピューター、Altoが動くところを見たんです。それはMacほどコンパクトじゃないにせよ、今まで見たこともないような処理性能を備えていました。

ある意味ではそのAltoが全ての始まりとも言えます。コンピューターとして初めてGUIを持ち、デスクトップのメタファーを使ったもののひとつです。Altoは、パーソナルコンピューターの概念にみんなが気づくより何年も前にそれを体現していました。

CNETのダン・ファーバー記者がMacの歴史に関する記事で指摘していますが、AltoのGUIにはアイコンやウィンドウ(スクロールも可)、フォルダといった機能があり、さらにイーサネットベースのローカルネットワークや、WYSIWIG(What You See Is What You Get、「画面表示と同じものが得られる」)のテキストエディタ、カット・コピー・やり直しといった機能が搭載されていました。さらにはマウスなる小さな未来のデバイスも付いていました。

そこから長い年月の後、ジョブズは自らの伝記を書いたウォルター・アイザックソン氏に対し、ゼロックスのAltoを初めて見たときの感覚について「目の前のヴェールが取り外されたようだった」「コンピューティングの未来がどんな運命かが見えた」と語っています。

かつてPARCに在籍し、その後アップル社員になったラリー・テスラー氏は次のように回顧しています。「(スティーブいわく)『君は金鉱の上にいるんだ。この技術をどうにかしたらどうなんだ? […略…]世界を変えることだってできる。』彼には、ゼロックスでは彼が思い描くような革命的なことはムリだってはっきり見えていたんです。」

そこでジョブズはどうしたかというと、自分の会社でMacintoshを作り、世界を変えたんです。ジョブズがPARCを訪れた頃、アップルのビジョナリーだったジェフ・ラスキン氏がMacintoshプロジェクトを立ち上げていて、すでに手頃かつ使いやすいコンピューターを作るというビジョンを持っていました。そこからややおいて1981年、ジョブズがAltoで見たアイデアをヒントにしてMacintoshプロジェクトに参加し、全力を傾けました。そしてMacに搭載された最初のOSには、デスクトップやアイコン、ウィンドウ、フォルダ、カット・コピー・やり直し、そしてもちろんマウスといった機能が詰まっていました。

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スティーブ・ジョブズの好きなピカソの言葉に「良い芸術家はコピーし、素晴らしい芸術家は盗む」という言葉があります。でもMacintoshは、Altoから「盗んだ」ものとは言えません。ジョブズはゼロックスに対し、PARCを訪問してAltoの設計の一部を自社製品に使わせてもらうことと引き換えにアップル株を与えることを提案していたんです。それにAltoがMacintoshのいろんな機能のヒントになったとはいえ、アップル自身がアイデアの上に積み重ねたものもたくさんあります。スティーブ・ウォズニアックは次のようにWebサイトに書いています。

スティーブ・ジョブズはPARCの役員に直接、「あなたたちは素晴らしい技術を持っているが、アップルはそれを手の届くものにして、世界を変える方法がわかっている」と言いました。それはオープンでした。最終的にゼロックスは、技術と引き換えに大量のアップル株を手に入れました。だから盗んだわけじゃありません。

とはいえ、ゼロックスはそう思っていませんでした。彼らは1989年にアップルに対する訴訟を起こし、ジョブズとアップルがMacintoshとLisaのソフトウェア開発のためにゼロックスの研究者のアイデアを使ったと主張しました。ゼロックスはまた、アップルがゼロックスのアイデアとMacintoshやLisaのソフトウェアの間の関連性を「意図的に隠した」としました。これは小さな訴訟で収まらず、ゼロックスはアップルに対し未払いのロイヤルティと不正行為への賠償金として1億5000万ドル(約154億円)を要求しました。でもゼロックスは結局敗訴し、PARCの研究員も約半数がアップルに引きぬかれてしまいました。

Macintoshのコマーシャルが流された1984年は、そんなジョブズのゼロックス訪問から5年近く経ったときでした。その年1月24日にMacintoshは発売となり、便利なGUIを誕生させ、そこには3.5インチフロッピーディスクスロットまでついていました。売上は爆発しました。

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Macintoshは世界を変えました。コンピューターを買いやすく、使いやすくして、ハードウェア・ソフトウェア両面にブレークスルーをもたらしました。その中には借りてきた要素もあったとはいえ、Macintosh自身もWindowsを含め他の無数のプログラムにインスピレーションを与えました。

またMacintoshは、アップルの成功パターンを作り出しました。今から15年前、MP3プレイヤーがすでに無数にあって音楽を保存、再生できていましたが、iPodはそれをはるかにうまく作り上げました。スマートフォン市場におけるiPhone、タブレット市場におけるiPadも、同様のパターンを踏襲しました。

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それを盗作という人もいれば、イノベーションという人もいるでしょう。またはビジネス上手だとも。でもいずれにせよ、Macintoshは革命を起こし、それは今も続いています。

Adam Clark Estes(原文/miho)