「体験」する音楽。レコードが注目される理由とは

2014.03.28 13:00
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音楽を所有するという優越感、それがレコードの強み。
レコードに注目する昨今の流れを、米Gizmodoのマリオ記者が語ります。




90年代、僕は火曜日になると放課後レコードショップに走って、新譜の棚をチェックしていた。たまにCDを買うと、家に帰って急いで開けてラジカセにセット、宿題をやるふりをしながら聞き入っていた。なんと素晴らしい経験だったか。しかし今、あの経験に価値が見出されることはない。あれは、古くさい話なのだ。

もちろん、音楽を聞くのはいまだって素晴らしいことにかわりない。ただ、CDを買うなんて馬鹿げているというだけ。もちろん、僕だけが「馬鹿げている!」と言っているわけではなく、世界のみんながそう言っている。過去10年以上、CDの売上げは年々落ち込んでいる。デジタル音楽の時代において、聞くのも持ち歩くのも、CDはもはや使い勝手が悪い。

かといって、物理的に音楽を購入することに意味がないかというとそうでもない。音楽レコード業界が衰退している一方で、レコード自体にはカムバックの流れがきている。その流れを感じている人も少なくないのではないだろうか。友人の家を思い浮かべれば、必ずターンテーブルの横にレコードを並べ飾っている人が1人や2人はいるはず。カフェやショップでも、レコードが飾ってあるのを見ることは多い。また、例えばテイラー・スウィフトの新曲の歌詞をググってみれば、新曲「Red」がレコードで発売されていることにも気づくだろう。

レコード、それはたんなる偶然に起きた流行ではない。レコード会社のセールスが伸び悩んでいるとしても、レコードの売り上げはここ数十年で1番の伸びなのだ。2013年のレコードの売上げは31%増。2007年の売上げ100万アルバムから、2013年まで毎年約100万枚ずつ伸び続けている。


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レコードの時代は1度終り、今この再ブームの訪れに注目しているのは何も僕だけではない。何故か? その理由は一概には言いにくい。レコードを買う必要がない時代において、人々は敢えてレコードを選んでいる。CDは古くさくて、デジタル音楽は実態がない、そんな時代で、人々がお金を払って手に入れる物理的な価値がレコードにはあるようだ。音楽業界が生き残るとしたら、なぜ人々がレコードを買うのか、その理由を探らずにはいられないだろう。


そもそも何故音楽を買うのか?


2014年、音楽を買うべき理由は少ない。もちろん、そこにモラルの問題はある。アーティストをサポートしろ、彼らにも養うべき家族がいる。しかし、いくらそんなモラルの問題を挙げたところで、人々にお金を払えと強要することはできない。特に、払わなくても手に入るものならなおさらだ。圧倒的な存在のBeyonce(Beyonceの新アルバムリリースでは、一時iTunesが落ちるという嬉しい悲鳴があがった)でもない限り、音楽購入に人々を走らせる実用的な方法はない。

なにも違法音楽、海賊版だけが問題なのではない。現に、ここ数年、人々はデジタル音楽を購入してきた。その理由はひとえに、iTunesのような手軽なオンラインストアがあったからだ。面倒で違法リスクのあるファイル共有よりもずっと楽だからだ。が、SpotifyやRdio、Beats Music等のより手軽で安価な音楽ストリーミングサービスの台頭によって、「音楽を所有する」ということは、ただ好きな時に好きな場所で好きな端末で音楽を聞くという単純なものではなくなってしまった。複雑化したのだ。

Spotifyが全ての音楽を網羅しているというわけではない。が、満足できる十分な選択肢がある。多くの人にとって、この微々たる料金で音楽への欲求は十分満たすことができる。一方で、もちろん世の中には物を購入することに意味を見出す人々も存在する。特に個人アーティストのものを購入する場合。彼らにとって、CDを購入することは、そのままアーティストのお財布にお金を落とすサポート行為となる。が、こんな気前の良い人々も、買ったCDをきっとデジタル化してストレージにいれて聞いているのは否めないだろう。それどころか、買っただけで聞かずに、結局いつものSpotifyを聞くなんてこともあるだろう。


音質よりも手軽さを


デジタル音楽ファイルの多くは、CDよりも音質が遥かに悪い。それでも、人々は質の悪いデジタル音楽を選んでいる。もちろん、CDからそのまま圧縮なしでデジタル化している人もいるのだろうが、ほとんどの人はiTunesにいれることでデジタル化するので、やはり音質の悪いものを選んでいることになる。CDの音質のままだと良質のMP3の約7.5倍の容量を喰うことになるからだ。大抵の人はそんな音質の差に気づくこともなく、7.5倍の音質よりも7.5倍の曲数が入る便利さを選ぶだろう。

また音質を気にする人には、HD trackのような高音質なダウンロードを提供するサービスもある。しかし、昨年、ついにデジタル音楽の売上げは、10年前にiTunesが登場してから初めて減少を見せた。一方で、ストリーミング音楽サービスは、32%の伸びをみせており、音楽業界の売上げ16%を担っている。この流れは、まさにデジタル音楽を好む人間にとって、音質は二の次だという証拠と言えるだろう。

では、レコードはどうだ。音質を気にする人々により音楽業界で復活の兆しを見せてうんたらかんたら…、そんな安易な結論を出そうとしているのではない。オーディオマニアと科学者は、常に、デジタルVSアナログの音質について議論し火花を散らしている。オーディオマニアは、科学的に否定されているというのに、アナログの方が音がいいと主張する。対して科学者は、CDもレコードも同じ音源から作られたものであれば、数学的に見れば瓜二つであると説く。44.1 kHz/16-bitのCD音質はランダムな数ではない。サンプリング論にもとずいているのだ。人間が聞こえる最も高い周波数は2万Hz。つまり、これ以上高いサンプリング周波数や画質が数学的に見て意味がない、だからこそCDの音質はあの音質なのだ。

それでも、中には科学を無視して反論する者もいる。自分の感覚だけを信じ、アナログの方が良いと訴える。もしかしたら、彼らはただレコードの表面を針がひっかくあの音が好きなだけじゃなかろうか。しかし、このようなコアファンが、つまりは僕の言おうとすることを裏付けてくれる。人々がレコードに注目する理由、それは単純にレコードの方が楽しめるからだ。


レコードの場合


所有するという体験に重きをおく人々は、どんどんレコードへと舞い戻っている。そこには、ただCDを買うのより、もっと満たされる物理的な体験があるからだ。カムバックの理由はいくつかあるにしても、突き詰めていけばすべて体験という言葉にたどり着く。レコードを買うことで得られる、暖かくて胸騒ぎがするなんとも幸せな気持ち、これは他の音楽の在り方では手に入らない。

レコードは、いつもどこか親しみのある経験を提供しいてる。その大きいフォーマットにまずはずしりとした実のある重みを感じ、カバーデザインに満足する。CDではこうはいかないのではないか。レコードをセットして片面聞いひっくり返してもう片面を聞く、この面倒とも言える流れには、なんともインタラクティブな趣がある。聞くという経験に、常に自分が物理的に、そして感情的に巻き込まれている気持ちになる。社会的で楽しくて、CDやデジタルでの体験とはまるで違う。

レコードで聞く音を語るならば、やはり針がひっかく音を忘れてはいけない。音楽好きでコレクターでもある僕の父親は、僕は高校時代に初めてレコードにはまった時に不思議な顔をしたものだ。彼は、CDのアーリーアダプターであり、その理由といえば針のひっかき音がないからだった。が、そのスクラッチは悪いことではないだろう。テクスチャーと温もりを加えるスパイスだと思う。ミュージシャンの中には、曲の「キャラクター」としてデジタルレコーディングにも関わらず、あのスクラッチ音を加える者もいるくらいなのだ。

レコードは脆いし、他にも完璧とは言えないところがいくつもある。が、それらは逆に、全てレコードの魅力とも言える。古いレコードは、音がとび、針がぶれ、傷がはいった箇所をスキップしていく。これは、レコードをどこかノスタルジックな何かへと変えるキャラクターだ。祖父からもらった「スティッキー・フィンガーズ」のレコードが、僕は今でも大好きだ。そこで、ふと思う。僕は自分の子どもに何を渡すのだろう。フラッシュドライブか? Dropboxのパスワードか?

レコードの致命的な欠点、その地位をカセットに、後にCDへと奪われることになった最大の弱点、それは持ち歩けないことだ。実用的ではない、ということだ。

が、今日においてその解決法はすでにある。1つのフォーマットだけしか持てない時代ではないのだ。レコードを買えば、それにデジタル音楽版ダウンロードコードがついてくる。今はそういう時代だ。ここ2年で、僕は12,3枚の新譜レコードを購入した。そのどれもが、無料のデジタル版ダウンロードがついていた。いくつかのレコード会社への調査では、今のレコードは、無料ダウンロード版がついてくるのが主流としている。他にもAmazonのAutoripサービスだってある。レコード購入するとストア経由でMP3も手に入る。つまり、レコードを買っても、曲を容易に持ち歩くことができる時代になっているのである。


音楽の未来は「体験」を売ることにある


音楽業界の役員達はデジタルを嫌う。かつて、1枚のプラスティック片を法外な値段で売り、人々もそれを喜んで買っていた時代があったからだ。音楽がない世界は有り得ない。1度、音楽の、歌の魅力にはまれば、その曲を何度も何度も繰り返し聞きたくなるものだ。そして、好きなだけ繰り返し聞くのに最も手っ取り早い方法は、曲を購入することだった。もちろん、テープだってCDだってコピーを作ることはできた。しかし、MP3が登場するまで、インターネットが広まるまで、大きく売り上げに影響を与えることはなかったのだ。MP3とインターネットの台頭で、人々は音楽の購入に必要性を感じなくなった。

音楽を買う、お金を払う、この行為は必須ではなく、人が選択して行なうこととなった。音楽業界の人間は全員、この音楽を買うという選択をした人々にもっと注意を払っていかなくてはいけない。お金を使いたいと思える商品をどのようにつくっていくのか? アーティストには対価を得る権利がある、そんな理屈じゃすでに十分な商品理由とは言えない。人々の心をぐっと掴む主張が必要だ。そして、レコードはその主張を持っているのではないか。例え、レコードの売上げがさらに上昇しても、それは十分ではないかもしれない。しかし、そこに主張があるのは間違いない。

僕は、ここで、なにか明確な答えを出そうとしているわけではない。が、レコード業界が、音楽を売るという仕事が、今後生き残っていくためには、人々を音楽購入に駆り立てる何かを見つけ出さなくてはいけないのだ。好きだ、幸せだ、欲しい、そもそも何故人が音楽を聞くのか、その根本に基づく何かを見つけなくては。

レコードは、ただの音楽ではない。レコードは体験である。そして、それはお金を払う価値があるものだろう。




音楽は無料で手に入るかもしれません。しかし、音楽を聞く、物理的に手にとって体験するのはプライスレス。そのプライスレスなものこそ、商品価値があるのでしょう。
レコードやCD、ビデオやDVD、そして本が並ぶ棚、それは無駄なようで、まさにプラスレスな体験が詰まった場所なのかもしれませんね。

プレイヤーにセットしてレコードを聞く。コーヒー豆を挽いて淹れるような、そんな大人の贅沢な時間が今後もっと注目されていく、の、かね。
30代前半の私は思います、それも悪くない、オツなもんだと。


そうこ(Mario Aguilar 米版

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