なぜアップルはBeatsデザイナーを雇わないのか?

なぜアップルはBeatsデザイナーを雇わないのか? 1

アップルがBeats買収を発表しましたが、あれで雇われるのはDr.ドレーとジミー・アイオヴィンの重鎮ふたりだけ…

「あれ? Beatsのインダストリアルデザイナー、ロバート・ブルーナーはどこよ!? 」

と思った方もいるのでは?

そりゃムリもありません。ロバート・ブルーナーといえば1989年にアップルにデザイン部門トップとして入社し、1992年に若造ジョナサン・アイヴをアップルに引き入れた人ですからね。

当のブルーナーは昨日(米時間水曜)、自社のAmmunitionを通して声明を発表し、Beatsがアップルに吸収されるのは「本当に感激だ」とお祝いの言葉を述べました。が、この買収成立の影では、ブルーナーをデザインから外すことが条件として盛り込まれていたようなのです。

こう語ってるんですね。

今後数ヶ月で、BeatsのデザインはAmmunitionの手を離れる。自分がこれだけプライドをもっているブランドのチーフ・デザイナーを辞めるのは辛いけど、世界で最も業績の目覚ましいデザインチームに引き渡すのだと思えば、それほど辛くはない。

なぜ、これほどまでに高名なデザイナーが降板なのか?

アイオヴィンとDr.ドレーはアップルにフルタイム採用でほぼ確定です(正式な肩書きはなんと「Jimmy」と「Dre」らしい…)。スケジュールの許す範囲でクパティーノ本社に通勤もすることになってます。ちょっと高速101とか280を走ってるドレーなんて想像つきませんが…ともあれ。Beatsの成功を支えたという意味ではブルーナーもふたりに負けないほど重要な役割りを果たしたはず。なのに爪弾きというのは解せませんよねー。

この裏にはアップルが今回の買収をどう捉えているかを示す手がかりが隠されているのかもしれませんね。まあ、ただ単にブルーナーとアップルの関係がアレなだけかもしれませんが。

もう一度、今回の買収のことをおさらいしてみましょう。Beats買収はアップル歴代最高額&最注目の買収です。しかもハードウェア。となればジョナサン・アイヴが仕切っても…まあ、驚くほどのことでもないですよね? アップルがデザインも全部インハウスにして、それまでの担当に「降りろ」って言うのも、しょうがないかなって気もします。

デザイナー重視してないってことは、アップルがBeats ElectronicsよりBeats Musicの方にずっと関心を抱いている証と解釈することもできます。ヘッドフォンなんかより、とにかく今はiTunesの競争が脅威なので、とりあえずそっちの競合を振り切ることが先決。ストリーミングサービスのテコ入れのためにもアイオヴィンとドレーを招聘して、そのあり余る音楽業界への影響力をふるいまくって競合をふっ飛ばしてもらいたい、っていうね。ブルーナーはそっち方面は関係ないですからね。

まーしかし、ブルーナーとアップルの間には、話せば長い歴史があることも確か。アップルのインダストリアルデザイン部門は元々ブルーナーが1989年に立ち上げた部門です。「雇われではなく腕一本でやっていきたい」という若者ジョナサン・アイヴを口説き落として雇ったのもブルーナー。結局は後釜のつもりで雇ったアイヴのミニマリズム的デザインがアップルの看板になってしまうわけですがね…。

Fast Companyが関係者に聞き回ってまとめた秀逸なアップル社史の中でブルーナーは、アイヴの名声で自分の影が薄くなってしまったことをこんな風に話してます。

「ときどき冗談で言うんだ。俺が死んだら、墓碑にはこう刻まれるだろうってね。『ジョナサン・アイヴを雇った男、ここに眠る』」

いやいや、実際には彼の果たした役目はとても「雇った」なんて言葉に収まり切るようなものじゃありません。アイヴの才能を見込んで発掘したのもブルーナーでした。アップルにくる前の会社のLunarで、ものすごく若くて、ものすごく寡黙な学生を面接した、その学生こそがアイヴだったんです。それを覚えていて、アップルに移ってからもアイヴに入れ入れとしつこく誘って、アイヴがやっと「YES」と首を縦に振ったのは、実に6年後のことでした。

1989年にアップルに入ってすぐ、ジョニー(アイヴ)に電話をして、アップルに入る気はないかってきいてみた。返事はNOだった。自分でTangerineという会社を始めたばかりだから、最後まで見届けたいって言ってね。

1992年になって、Juggernautっていうモバイル事業があったんで、そのTangerineに委託してみた。本当のこと白状すると、彼にアップルに関心もってもらえないかなと思って任せたっていう下心もあった。何点かすごいモデルつくってくれてね。それ持ってジョニーが見せにきたんだ。あれは本当によく晴れたカリフォルニアの週末だったなあ。どうだ、こないかって聞いたら、やっとYESって言ったんだ。

アイヴがアップルに来たのは結局それからずっと後の1996年のことでした。が、ブルーナーはそれとほぼ入れ替わりにアップルを辞め、Pentagramのサンフランシスコ支社に入ります。後輩のアイヴに部門トップの座を任せて。アイヴはまだ29歳でした。

翌年アップルに復帰したスティーブ・ジョブズは、アイヴを上級VPに抜擢します。一方、ブルーナーは2007年にAmmunitionを創業。それとほぼ時を同じくしてBeatsの開発に着手したのでした。

こうして見てくると、ほんとにシリコンバレー、狭すぎ。デザイナーもあちこち出たり入ったり回転ドア状態なので、こういう巡りあわせもあるのかな…。実に感慨深いものがあります。

アップルのような大企業ならデザイナーも有能な人材大勢抱えてるし、中には優れた会社を立ち上げる人も出るわけで、それがアップルの目に止まることもある、と。アイオヴィンとドレーはたぶん、ブルーナーでいんじゃね、昔アップルで働いてたんだし…っていう感じだったと思うんですけどね…。

アップル史上最大の買収先が、アップル史上初の公式インダストリアルデザイナーのデザインした製品とは、なんという因縁。

それにしてもわからないのは…アップルに入ることにNOと言ったのがどっちなのか、というところです。アップルはブルーナーも雇いたかった、なのに元部下の下で働くなんて願い下げだよ、って言ってブルーナーからNOと言ったのか? それともアイヴの方から降りろって強制したのか?

ブルーナーさんからはコメントとれませんでした。アップルは社内政治のことは昔からコメントはしたがらない会社だし、真相は永久に迷宮の中なのかな。わかってる事実の断片を繋ぎ合わせるだけでも充分想像が膨らむ話ではありますね。

Alissa Walker - Gizmodo US[原文

(satomi)