月面を歩いた12人の男の話

月面を歩いた12人の男の話 1

今からちょうど45年前、人類は初めて月に足を踏み入れました。

45年間で地球の技術は大きく進歩してきました。が、月に足を踏み入れた人類はたったの12人だけ。全員NASAの宇宙飛行士で、アポロ計画の任務で行っています。12人とは少ない気もしますが、米国の月面着陸計画は1972年に終了したので、3年半ほどの期間なのですね。地球と最も近い関係にある月、その土を踏みしめた男達の話を少し。

アポロ11号:1969年7月20日

ニール・アームストロング

人類で初めて月面に降り立ったのがアームストロング。そして、史上最も有名なあの台詞を彼は言います。

「これは1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)」

アームストロングはNASA退職後も、オハイオ州のシンシナティ大学で航空宇宙工学を教えたり、宇宙飛行船の事故を調査したり、さまざまなビジネスのスポークスマンとなったり、幅広く活躍しました。2012年死去。

バズ・オルドリン

アームストロングと同じく、アポロ11号ミッションにて月面着陸。彼らの月面歩行は2.5時間にも及びました。彼らが残した銘板には「全人類の平和を希求してここに来れり(We came in peace for all mankind)」などと刻まれています。

アームストロングは人類初の月面歩行を行なった人物である一方、オルドリンは月面にて初めておしっこをした人類なのです。

アポロ12号:1969年11月19日

ピート・コンラッド

彼はアポロ12号から出て、船外活動を3時間39分行なった。この間に、太陽風実験を行い、Sバンドアンテナを配置し、サンプルを摂取した。ジョーク好きとしても知られ、初めて宇宙にグラビア雑誌(PLAYBOY)を持ち込んだ人物としても有名。

1973年のNASA引退後は、さまざまな仕事についた。1976年から1990年代までは、マクドネル・ダグラスにも務めていた。1999年死去。

アラン・ビーン

アポロ12号ミッションにおいて、ビーンは2時間58分を月面歩行で過ごす。月面にテレビカメラを設置するのが任務の1つであったが、うっかり太陽光にさらしてしまったためカメラは動かず断念。しかし、16インチの月のサンプルを持ち帰るのには成功した。

宇宙飛行士引退後も、 NASAに残りAstronaut Candidate Operations、Training Groupにつとめた。

アポロ14号:1971年2月5日ー6日

アラン・シェパード

着陸船アンタレスは2度の月面歩行ミッションを行なった。今までで最も順調なアンタレスであったが、最初の着陸(2月5日)は通信面でのエラーがあり開始が1時間ほど遅れた。それでも、シェパードは、月面にて4時間49分を過ごした。2度目の着陸とあわせると、9000フィート(約2.7キロ)を歩き月面歩行距離の新記録を樹立。

1974年のNASA引退後は、数多くの企業の役員を務め、自らも会社(the Seven Fourteen Enterprises, Inc)を運営した。

1998年死去、彼は火葬されその灰は、カリフォルニアの自宅近くにあるスティルウォーター・コーヴリージョナル公園にまかれた。

エドガー・ミッチェル

アポロ14号の2度目の着陸ミッションにて、シェパードと共に2月6日に月面へ降り立ち、4時間35分を過ごした。ミッション中に、2つの月の石のサンプルを摂取。

1972年のNASA引退後は、自身の興味であった超常現象を追い、純粋知性科学研究所(the Institute of Noetic Sciences)を創設した。UFOやエイリアンはすでに地球に訪れているという説の支持者でもある。

アポロ15号:1971年7月31日ー8月2日

デイヴィッド・スコット

月面車が採用された最初のミッション。月面車での17.5マイルの移動を含め、他の宇宙飛行士と共に18時間37分を月面で過ごした。

宇宙飛行士引退後、1975年から1977年までNASAの飛行研究センターにてディレクター長を務めた。後に映画「アポロ13」の務めた。

ジェームズ・アーウィン

スコットと共に月面にて18時間以上も活動し、月のサンプル170ポンド(約77キロ)を摂取した。その中には、月面から10フィート(約3メートル)下のサンプルも含まれていた。

1972年にNASAを引退してからは彼の信仰するキリスト教に従事し、the High Flight Foundationを設立して活動した。ノアの方舟の考古学的資料を求め、幾度かトルコのアララト山へ探検旅行に出掛けるが失敗。1991年に死去。

アポロ16号:1972年4月20日ー23日

チャールズ・デューク

ヤングと共に、月面滞在時間は71時間強。3回の船外活動時間の合計は20時間14分。最初の船外活動は7時間11分で、FlagクレーターとSpookクレーターを探検し、サンプルを摂取した。3度目の船外活動では、その活動時間が縮小されたもののNorth Rayクレーター、House Rock、Shadow Rockまで訪れた。

1975年にNASAを引退し、キリスト教に従事した。

ジョン・ヤング

最初の船外活動では、デュークと共に2.5マイル(約4キロ)を月面車で走行。2度目の船外活動(7時間23分)では、合計6.9マイル(約11キロ)を月面車で走行し、Stone MountainとCincoクレーターへ行き、サンプルを摂取した。

アポロ16号ミッション後も、2度スペースシャトル飛行を務めた。2004年までNASAで活動した。

アポロ17号:1972年12月12日ー13日

ユージン・サーナン

アポロ17号での3回の船外活動でトータル22時間4分を過ごした。12日に月着陸船を最初に離れ、最初の船外活動は7時間12分。2度目は7時間37分、3度目は7時間15分だった。彼は、月面を歩いた最後の人間である。

1976年にNASAを退職し、その後は民間企業に勤める。ABCニュースの寄稿家でもある。

ハリソン・シュミット

シュミットはアポロミッションの宇宙飛行士の中で、唯一の地質学車であり、彼が採取したTroctolite 76535は、月から持ち帰られた最も興味深いサンプルだと言われている。このサンプルが、月がかつて磁場のある地表であったという説をもたらしたのが、その理由である。彼は、月面を歩いた最後から2人目の人間である。

1975年のNASA退職後は、ニューメキシコ州で上院議員をつとめた。

次に人間が月を歩く日はいつになるかなぁ。

Republished with permission from TodayIFoundOut.com.

Melissa (TodayIFoundOut.com) - Gizmodo US[原文

(そうこ)