掃除機の革命を起こしたダイソン。その初号機「G-Force」が発掘されました

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日本のお客さんがいなければ、いまのダイソンはなかったんです。

新機軸の掃除機をリリースしつづけているダイソン。その輝かしいブランドヒストリーを紐解くと、まだダイソンという会社が生まれる前に、サー・ジェームズ・ダイソンの理想を具現化したMade in Japanな掃除機があることに気がつきます。

それが「G-Force」。従来の紙パック式掃除機では吸引効率が必ず低下してしまうことから、サイクロン技術でもって空気とチリを分離する技術のプロトタイプが考案されたのは1983年のこと。しかし世界中でアピールするも彼の技術を買ってくれる企業はありませんでした。

目をつけたのは、当時のデザイン誌に掲載された試作機をみた日本の商社エイペックス。家電メーカーではなく、美しいデザインのモノを各国から集めてくる商社が真っ先に反応したというのも、G-Forceのデザイン力の高さ、インパクトの強さといった特異性を表していますよね。

1986年に最初の製品が発売されたのですが当時の価格は驚きの20数万円。バブル景気とはいえ、よくぞこの価格帯で売れたものですよね...と思っていたら、当時G-Forceを購入され、今なお使っているご家庭があるとのこと!

そこでG-Forceのオーナーさんにお話をうかがってきました

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「母が富山の薬売りとか、訪問の営業マンを断れない性格だったんですよ」というオーナーさん。G-Forceはオーナーさんのお母さんが、訪問販売にきた営業マンから購入したものだったそうです。

「昔は日本家屋だったのですが、28年前に今の家に建て替えまして。そして床が全部カーペットになったんですよ。当時はまだクリーニングのサービスもなかったし、このカーペットをどうきれいに維持していくかと考えていたとき、母がこのコ(G-Force)を購入しちゃったんですね。金額は20万円近かったような...家族全員驚愕で(笑)」

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キャニスター型が一般的な日本の掃除機と比較すると、大きいし、重いし、重心も高いG-Force。ぶっちゃけ取り扱いも大変だったのではないでしょうか。

母は結局使いませんでしたね(笑)。このコ(G-Force)を使うのはもっぱら私か子供の役目。それでも掃除をしていると、腕がもっていかれそう!になったり。あと部屋の隅が掃除できないんですよ! カーペットの広いところを掃除すると細かいチリもどんどん吸い取ってくれるのですごい!と思いましたが、端の方は日本の掃除機を使っていました」

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お話をうかがいながらマニュアルを見せてもらい、各部を動かすと。

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ホースが伸びました。

「えっ!?」

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アタッチメントを変えたら高い場所の掃除できる状態に変形しました。

「なにこれ、こうなるんですか!? 一回もそんな使い方してなかった! あ、これならコーナーも吸えたんだ! どうりでホースが硬いのはおかしいと思っていたんですよ。できるコだったんですね。いま、祖母が一番喜んでいると思います。家族からはときにひんしゅくを買っていたこのコが、いまこれだけ注目されているんですから。」

そして多くのアタッチメントが付属し、いろんな床や壁などシーンを選ばずに掃除できる合理性は、今でも受け継がれているダイソンのDNAなんでしょうね。

そこで、現行の充電式スティック型掃除機「ダイソン DC62 モーターヘッド プロ」と比べて、どれだけの吸引力があるのかテストしてみました。カーペットに小麦粉をすり込むという難易度の高いテストです。

さすがに現行品には適いません...が。この掃除力、すごくありませんか? 28年も前の製品ですよ? ダイソンを有名にした「吸引力の変わらないただ一つの掃除機」のスゴさを見せつけられた思いです。実際にG-Forceはマーク2となって、2011年まで生産・発売されていた(90年代以降、G-Forceの発売権利を持っていたシルバー精工が取り扱っていた)という事実にも驚きです。

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そして現行の「ダイソン DC62 モーターヘッド プロ」も、よくぞこれだけ小さくしたのに吸引力が上がっているものですよね。

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もちろんコードレスだから、部屋の隅々まで掃除できるというメリットもあります。

さて。ダイソンの歴史を語るのに欠かせない、エポックメイキングすぎたこの初代G-Forceはとても貴重品なんです。日本のダイソンオフィスで保存されているのが1台。そのほかに日本国内で確認できているのは多摩美術大学プロダクト研究室に保存されている1台、プロダクトデザイナー山本秀夫さんの事務所に1台の計3台だけとか。

「これが売れたから今のダイソンがあるんですよね。ということは今までもっていた皆さんは掃除機を買い替えるときに廃棄しちゃったりしたということなんでしょうか。うちでも年一回以上使ってはきましたけど、まさか歴史的価値があるとは思ってもいなくて(笑)。最初は母が『これはすごくいいのよ!』と言っていたけどみんなはだんだんしらーっとしてきちゃって、そうも言えなくなってしまったみたいな。そして壊れちゃったかなと思っちゃったところがあって、そろそろ廃棄しようかなとは考えていたんですよ」

ということで、今回、取材をセッティングしていただいた、いしたにまさきさんの口添えで、このG-Forceはダイソンジャパンにプレゼント、ダイソン DC62 モーターヘッド プロをお返しプレゼントすることになりました。

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G-Forceのオーナーさん(左)とダイソンのエンジニア、アンドリューさん(右)

アンドリュー・マカラック/シニア デザインエンジニア

2003年入社。2005年から日本常駐のエンジニアとして日本市場のマーケットへの新製品導入に関わる製品開発を本社及びマレーシアと連携し実施。2004年からサイクロンやバッテリーパックの開発に関わり、主に日本マーケット向け研究開発に携わる。

DC62を受け取ったオーナーさんからはこんな感想が。

「もともと欲しかったんですよこっちのコ(DC62)! 掃除機って一度しまっちゃうと出すのが面倒で、掃除するのは週末でいいやと思っちゃいますが、このコなら外に出しておけるから、ちょっと汚れたときもちょちょっと掃除できますよね! でもこっちのコ(G-Force)には悪いことしちゃったかも。ちゃんと説明書読んであげればよかった(笑)」

さらに、ダイソンのエンジニアのアンドリューさんも、「G-Force」を目の前にして興奮が隠せなかったようです。

「『G-Force』がキレイに使われていて感動しました。私は日本に住んで10年近くになるんですが、『G-Force』を間近で見られたのは実は初めて。さまざまな機能が搭載されていて妥協せず作られていることに感心しましたし、実際にテストしてみたら吸引力が予想以上に高かったことにも驚きました」

確かに、最初のプロダクトにして吸引力、アタッチメントによる拡張性の高さ、機能とデザインが寄り添っている感じ、いずれも今のダイソンの製品に通じる気がしました。

そして、こうして現存するG-Forceユーザのお宅にお邪魔してみて感じたのは、当時を知る開発者の方の話も聞いてみたくなったということ。そこで、もうひと方にもインタビューしてきました。

さらにG-Forceの開発を手がけた山本秀夫さんにもお話をうかがってきました

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G-Forceの構造を考案したのはジェームズ・ダイソンその人ですが、一緒に設計開発を行っていたプロダクトデザイナー、ottimo DESIGN山本秀夫さんがいなければ生まれていなかったのかもしれません。山本秀夫さんは前述した現存するG-Forceを所有するプロダクトデザイナー、そのひとです。

ヤマハで楽器やスタジオ機器、システムキッチン、浴槽、スポーツ用品のデザインを手がけてきた山本さんが日本におけるG-Forceの企画・開発を行ったエイペックスに入社したのは1985年のことでした。

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山本さん:1984年にアメリカで出版された「Product Design」という本に、ピンク色の掃除機の写真が出ていたんですよ。そしてエイペックスの社長が一目惚れしちゃって、すぐジェームズに連絡を取ったんですね。

ギズ:ジェームズからはどんな返答が?

山本さん:彼はサンプルを1台持ってすぐ日本にやってきました。社長は、完成済みの掃除機を輸入して売るつもりでした。だけどジェームズ曰く「これはまだ試作品で完成していない」。彼はその当時から完璧を目指しているエンジニアだったので、不具合のあった試作品に我慢ならなかったんでしょうね。もう一回はじめから作りたい、作り直したいとうちの社長にもちかけた結果、「日本で作ってくれるなら販売の権利を譲る」という交渉が成立しちゃったんですね。でもエイペックスは本来ステーショナリーに強い輸入業の会社でエンジニアはいないし、工場もない。そして転職したばかりの僕が社長に呼ばれて「お前、これできる?」と言われました(笑)」

ギズ:それはかなりのむちゃぶり!

山本さん:無理!といっても社長のハラはもう決まっているんですよ。作りたい、と。工場は俺がなんとかするからやってくれと言われ、日本で作るために検討と議論を重ねました。最初の問題は、イギリスと日本では電圧が違うのでモーターから見直す必要があり、同じくらいのパワーを出せる100Vのモーターを探したらかなり大きくなってしまったんです。これを納めるために、筐体の設計をすべて見直す必要がでてきました。日本で作り始めてからの一台目の試作機ができるまでは半年くらいかかり、その後1年半、不具合との戦いが続きました

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ギズ:どのような不具合があったのでしょうか。

山本さん:いざ組み立てたら大きなモーターが重いし、動かしてみたらカーペットに食いついちゃって前に進まない、無理に押したらタイヤが割れる、そうこうしているうちにゴミがつまってモーターが過熱してボディが溶けちゃったとか。すごいことがいろいろ起きましたね。

G-Forceの製造を依頼した工場は本来精密機械の工場で、掃除機専門というわけではなかったんですよ。僕も掃除機をデザインしたことはなかったし、ジェームズも当時は掃除機のスペシャリストというわけではなく、自分が設計したG-Forceしか知らなかった。全員素人みたいなものだったんですよ。それがみんなでああでもないこうでもないと。そこから使える道具にしていくまで時間がかかりましたね。

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当時、山本さんが使っていた製図台

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ダイソンのサイトには製図台の前でポーズをとる若きジェームズ・ダイソンの写真が掲載されている

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山本さんが当時ジェームズ・ダイソンとFAXでやりとりしたという設計図

ギズ:開発当時、ダイソンさんは日本に来ていたんですか?

山本さん:ちょくちょくではないですが、販売にこぎ着けるまで、一度に1~2週間の滞在で数度来ていました。彼はエイペックスとの契約上、不具合をすべて解決する責任があり、図面を仕上げなくてはなりませんでした。彼と私は、一緒に工場にも行きましたし、図面を引き、実験もしました。

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ギズ:山本さんがデザインしたのはどの部分ですか?

山本さん:サイクロンのタンクの中にある、この小さな穴が開いているシュラウドという部品です。タンク外周部の気流がコーンの内側に入る入口がここ。この部品がないとここにゴミが詰まっちゃうんです。ゴミは回転し、空気だけが中に入るようにするためにこの部品を追加し、様々な穴のサイズ、形状を実験して解決しました。ジェームズがイギリスにいる間はFAXを何度も何度もやりとりしましたね。

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ギズ:山本さんの経歴のなかでG-Forceはどのような位置づけにありますか?

山本さん:このプロジェクトで怖いものがなくなりました(笑)。この後すぐ僕は会社をやめ、プロダクトデザイナーとして独立したんですよ。ジェームズといっしょにこの仕事ができたのは、自分にとって大きな経験になりました。新しいものを生み出そうとすればたくさんの問題にぶつかります。彼からは気になる問題点があったらすぐに実験する、問題は諦めずに必ず解決するというスタンスを学びました。それを今でも仕事に役立てています。

実は日本育ちだったダイソンはこれからもいろんな革命を続けていくのでしょう

1993年にダイソン社が発足。以後はDCの型番がつく各種モデルを自社で開発、製造、販売を行い、その結果ジェームズ・ダイソンはサーの称号を得るにまで至りました。

いままでダイソンのニューモデルは日本でも大々的な発表会を行ってきました。それは日本のマーケットが大きいという理由かなと思っていましたが、実は日本のプロダクトデザイナーがG-Forceの開発を手助けし、日本の消費者がG-Forceを購入していなければ、ダイソンの掃除機という存在はなかったのかも...と考えると感慨深い。バブル景気だった当時の日本に感謝したい!

カーペットもじゅうたんも畳もOKで、チリから大きなゴミまで吸い取れる日本の家屋に適したコードレス掃除機「ダイソン フラフィ コードレスクリーナー DC74」や、IQの高いロボット掃除機「ダイソン 360 Eye ロボット掃除機」、さらには空調やハンドドライヤーといった世界でもイノベーションを起こし続けているダイソン。これからも彼らの活躍に期待したいですね!

source: ダイソン

Special Thanks: いしたにまさき , ottimo DESIGN

(武者良太)