ハンカチ用意。「大切な人」に会いたくなる脅威の体験型コンテンツ

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あとどれだけの時間が残されているのか?

Facebookのタイムラインを眺めていると、ふと目にとまる投稿ってありますよね。先日も不意打ちをくらったページがありました。それがセイコーウオッチが開設したサイト「Precious Moment」。

こちらのサイトは「自分」と「大切な人」の年齢と生年月日を入力することで、2人にとっての「大切な時間」が具体的に示されるというもの。

「大切な時間って何?」ってなりますよね。実はこの具体的な数字にドキッとさせられたのですが、実際にどんな「時間」が示されるのか、手順を踏まえながら紹介していきます。

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まずはこちらのページで「大切な人」を選びます。

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それぞれの名前/年齢/生年月日を入れます。手順としてはこれだけです。すると入力した内容に従い、あなたと大切な人との「貴重な時間(Precious Moment)」が次々と示されます。例えば、

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出会った時や、一緒に過ごしてきた時間が示されます。

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あと何回かはわからないですが、その時はいつかはやってくるんです。

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限られた「時」を知ることで、その時が貴重に思えてきます。

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この辺から耐えられない人も出てくるかもしれません。

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という風に、日々の忙しさの中で気付けなくなってしまっている大切な人との時間を教えてくれます。日常生活で使用する「時間」とは違い、普段はあまり意識しない「時」を具体的に示されるとなんだかドキッとさせられますよね。まさに不意打ち。

いつまでもあると思っていた「時間」が、実は限られたものだと知ることで、その時間が愛おしくなってきます。大切な人とゆっくり話せるのはあとどれくらいなのでしょうか?

「母」を選択して仮想ストーリーを体験した私は、年甲斐もなく実家に帰って母に会いたくなりました。このサイトを体験した方は、きっと自分なりの大切な思い出があふれるように出てくると思います。

そこで今回は異なる4人にそれぞれのストーリーを体験してもらいました。私、ギズモード編集部・瀧のほかに、ギズモード元ゲスト編集長・清田いちるさん、ギズモード副編集長・松葉信彦、編集部アルバイト・斎藤真琴が、大切な人と実際にあったエピソードを交えながら、大切な人との思い出を語ります。

大切な母へ。編集部・瀧の場合

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母は、人生の節目、節目によく唄を聞かせてくれました。

あれは自分が島を旅立つ日のことでした。私が生まれ育ったのは鹿児島県の離島・奄美大島。大学進学のため、島を離れる時のことです。空港まで見送りに来た母がその場で奄美の民謡を唄ってくれました。不器用で照れっぽい母は、何かを話すより、ことあるごとに島の伝統民謡を唄って気持ちを伝えることが多かったのです。その唄は「行きゅんにゃ加那」という奄美でも最もポピュラーな島唄。

行きゅんにゃかな 吾きゃ事忘れて 行きゅんにゃかな......

(行ってしまうのですか愛しい人よ 私の事を忘れていってしまうんですか......)

奄美では旅立ちや門出の際にはなむけの唄として披露される島唄で、島を去る人に向けて、残された人たちの惜別の思いを伝える内容です。お祝いの唄のため、これまでも節目、節目で何度も笑顔で聴かされていました。しかしその時ばかりは、私が二度と帰らないわけでもないのに、母の目にはうっすらと涙があったのを覚えています。そしてこれを最後に、母が自分のために島唄を唄ってくることはなくなったのです。

あれから19年。既に奄美で過ごした18年よりも、東京で過ごした時間のほうが長くなってしまいました。そして母をずいぶんと待たせましたが、私は昨年結婚しました。結婚の報告後、母からあるモノが届けられました。中を開けるとそこにはカセットテープ。それは昔のテープではなく、今現在も母が使用しているもの。どうやら母の音楽生活はテープの時代で止まっているようです。カセットデッキを持たない自分はあの手この手を尽くして、ようやくこのテープを再生させることに成功しました。そして流れてきたのは、母が自ら吹き込んだあの唄だったのです。

行きゅんにゃかな〜 吾きゃ事忘れて〜 行きゅんにゃかな...…

結婚という新しい門出を祝いながらも、息子が自分のもとを離れることに寂しさを感じているようです。あれほど早く結婚しろとずっと言い続けてきたくせに、いざ決まると惜別の念を抱く母心。とっくに親離れしていても、未だに子供扱いしてくる母心。よくよく見るとカセットが「ノーマル」ではなく「メタル」テープで、それなりに気を遣っているよう。本当は実際に唄って聴かせたかったのでしょうが、自分がなかなか実家に帰らないためにテープで送ってきたのだと思います。

そんなエピソードがよみがえってくるなか、今回、私はこう思いました。カセットテープではなく、生の唄が聴けるのはあと何回なんだろうと。早く実家に帰って母の生唄を聞かなくては。でも陸続きの本土の人たちとは違って、離島の私は一日一便の飛行機に乗って帰らなければなりません。特に盆と正月は便が混みあうため帰りたくても帰れないということもしばしばです。それでも時間は待ってくれません。自分の場合はすぐに帰りたくても、帰れる「時」はおのずと決められていることに気付かされました。

時間の長さは変えられないけど、大切な人と過ごす時間は変えられる

だから私は実家に帰ります。そして今度は、母にリクエストを出そうと思います。これまで人生の節目節目にしか聴かされなかった島唄を、思う存分に聴いてみたい。何度でも聴いてみたい。今度は妻も一緒に。きっとそれぐらいのワガママは許してくれると思います。

大切な娘へ。元ゲスト編集長・いちるの場合

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まさかここまでとは思わなかった。完全に油断していた。

そりゃあ娘が生まれてくるのは楽しみでしたよ。「子どもが親と遊んでくれるのは小さい頃だけ」という先輩方からのアドバイスを受け、ワークライフバランスも考え、できるだけ家事や育児に時間を割くつもりでもいました。

しかしなあ、ここまで可愛いとはなあ。

ハンドタオルが掛け布団になるほどの小さな身体。お風呂代わりになった洗面台。ときおり見せる笑顔らしき何か。大きな瞳でこちらをじっと見つめ、ウーアーとおしゃべりごっこ。転がり移動できたときの喜び。つかまり立ちで脚が震える。とうとう立って数歩歩いたときの興奮。両親や祖父母から浴びる祝福の嵐。おしめがとれてトイレで用を足せたときの誇りに満ちた瞳。好きな遊びはベッドでピョンピョンと、お姫様ごっこ。顔しか隠れてないかくれんぼ。会社から帰ってきたパパにとびついて抱っこ。言葉もどんどん覚えていく。パパ・ママの次に覚えた言葉は何故か「じゅーでん」。口癖は「大好き!」。スラスラしゃべれてるつもりから、スラスラしゃべれるようになっていく。

いろんな公園に遊びに行ったね。いろんなおもちゃで遊んだね。おててつないでお散歩したね。ご飯一緒に食べたね。抱っこしたら寝ちゃったね。肩車もお馬さんごっこもいっぱいしたね。絵本も寝る前にいっぱい読んだね。

最初のうちは、ママがお出かけしてパパだけになるときは号泣してたっけ。パパとお風呂に入るのが嫌なときもあったっけ。パパに怒ったことも、怒られたこともあったね。パパはあまりお歌の歌詞を覚えてなくてごめんね。疲れてたり体調が悪かったりして遊べなかったときもごめんね。ついイライラをぶつけちゃったこともあってごめんね。

特別な瞬間なんてない。全てが宝物のように大切な時間。だからできるだけ家族と過ごし、僕は頭の隅でかすかな不安を覚える。他のみんなが僕を追い抜いて先に行っている気がする。他のみんなが僕を忘れていく気がする。いつか娘も外に自分の世界を見つけていくだろう。そのとき僕にはいったい何が残る? 人生にポッカリと空く巨大な空洞を、僕は今から覚悟している。

しかし、今すべきことはやはり、僕自身より大切な宝物が、喜んで僕と遊んでくれる、その限られた期間を存分に味わうこと、「娘との大切な時間=Precious Moment」をしっかりと自分の中に積み上げていくことなのだと思う。これは本当に今しかできないのだから。

大切な妻へ。編集部・松葉の場合

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出会ってから10年以上、付き合ってから3年以上、プロポーズから2年近く、もうすぐ結婚式を挙げてから1年が経ちますね。ずっと友達の期間が長かったので、こうしていま夫婦でいるのがなんだかずいぶん奇跡のように感じます。

思えば、付き合い始めたとき、僕は無職でした。なんとも情けない限りです。でも、付き合い始めて覚悟を決めたというか…がんばらなきゃと思えたのも事実。なんとか仕事を見つけて、いまは充実した日々を過ごしています。それもあなたのおかげです。

付き合い始めた当時、「自分はまだ何者でもない」という変な焦りがあって、どうにかしようともがいていました(そうは見えなかったかもしれないけど)。いま思うと若かったなと思います。そうした時期を経て、いまもまだ「何者にもなれていない」んですが、それはさておき目の前のことを一つひとつやっていこうと思えるようになりました。

ありがたいことに子どもも授かって、いまはもう臨月。あと少しで生まれますね。そうしたら、3人での賑やかな生活がはじまります。たいへんなことも多いと思うけど、ちからをあわせて乗り越えていきましょう。

今回、「Precious Moment」を体験してみて、プロポーズしたときのことを少し思い出しました。あのとき確か「楽しいことをいっぱいやろう」といいましたね。その気持ちはいまも変わりません。なので、同じ時間をこれからも大切に共有していきたいなと思っています。

大切な友達へ。編集部・斎藤の場合

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中学から地元を出て遠い中高に行った。予備校に通うために県を出た。大学に入ることになって上京した。振り返ると、小学校の友達で連絡をとる子なんて一人もいなかった。毎日一緒に受験勉強した予備校の友達でさえも。自分がどんどん変わって、みんなと離れていくのを感じていた。でも、友達と違う人生を進んでいくことは楽しくもあった。

だから大学でも、友達ってそんなものだと思った。いずれ、卒業して、就職して、家庭を持って、それぞれ違う人生を歩み始めれば、また他人に戻る。新しい場所で、新しい友達ができる。素晴らしい友情なんて今まで感じたこともなかった

でも、入学してすぐ、ゼミの発表会の準備で彼女と出会った。私たちは似ていたと思う。同じように真剣で、反対の考えも持っていた。熱心に本を何冊も読み比べ、お互いが納得しないと、何時まででも話し合った。時には共感し、時には反発した。私はその発表会の内容はもうよく覚えていないけれど、彼女と頭が痛くなるほど考えつづけた喫茶店を覚えている。ちょうど東日本大震災の混乱のあとだったから、今日じゃあねと別れて、明日会えなくなってしまわないだろうか、と人知れず不安な気持ちで駅に向かったのも覚えている。

永遠の友情なんてない、とまだどこかで思っているかもしれない。いまでも友情の素晴らしさは信じていない。でも、あなたと会って「もしかしたら一生友達かも」と感じた。

それは、友情でなく、友達が、あなたが素晴らしいからだと思う。だから、私もあなたにとって素晴らしい友達でありたいと思った。卒業したらお互い忙しくなって、ちっとも会えなくなるかもしれない。だから卒業まであと少し、いつもの会話を大切にしよう。めちゃくちゃおもしろいことをして過ごそう。

それで、私たちがおばあさんになって、どっちも暇になったらまた会おうね。若い頃の思い出とか、話して。

はやくおうちに帰りたい。

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というわけでそれぞれの熱い思いをお届けしました。大切な人の時間「Precious Moment」が有限であるからこそ、これからの一瞬一瞬を大切に生きようと思うのは同じのようですね。自分にとっての「大切な時間」を知るきっかけになると思うので、気になる方はこちらからぜひご体験ください。

私の場合も年末に向けてさっそく飛行機のチケットを予約しましたよ。それから、「大切な時間」を共有する悦びを少しでも忘れないために、帰省の際には自分とおそろいの時計をプレゼントしようと考えています。その時計が正確な時を刻むのを見るたびに、きっと母のことを思い出せるはず。

心を動かされるだけではなく、実際に行動することが大切です。年末にはまだ早いけど今から荷造りして、帰れる日を指折り数えようと思います。

source: Precious Moment|セイコーウオッチ

(瀧佐喜登、清田いちる、松葉信彦、斎藤真琴)