知ってた? 輪ゴムの誕生秘話

2015.02.01 23:00
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

150128rubber.jpg


安くて頑丈で、何かと便利。輪ゴムは世界でも広く浸透している製品の1つです。紙を束ねたり、長い髪が顔に落ちるのを防いだり、ゴム鉄砲になったり、時には家畜を去勢させるための道具になることもあるそうで…使い方は実にさまざまです。原料のゴムそのものは何十世紀も前から存在していますが、輪ゴム自体は正式に特許が取得されてからまだ2世紀も経っていません。それでは、どんな道のりを経てこの便利アイテムが誕生し、使われるようになったのか? 輪ゴム誕生にまつわる話を見てみましょう。


そもそも原料のゴムって何?


最近の調査で、原料のゴムは3,000年前からメソアメリカ文明(アステカ族、オルメク族、マヤ族などがいた文明の総称)で作られていたことが分かりました。南米のパラゴムノキから出るラテックスと呼ばれる乳白所の樹液と、アサガオの蔓からの液とを混ぜることで、かなり頑丈なゴムを作っていたんだとか。
メソアメリカ文明の人たちはサンダルやボール、装飾品といったあらゆる用途にこの太古のゴムを使っていました。加硫ゴム(硫黄と熱を加えることで、より丈夫でベタつかなくなったゴム)の発明者は一般的にチャールズ・グッドイヤーだと認識されていますが、原料(ラテックスとアサガオの液)の配合を変えるだけで異なる強度になる太古のゴムを作り出したのはアステカ族たちのようですよ。


英単語「rubber」の由来とは?


16世紀になると、スペインの探検家たちが南アメリカに到着し、彼らは伸縮自在で柔らかなラテックスのあらゆる使い道を発見します。1740年頃にゴムを見つけたフランス人探検家シャルル=マリー・ド・ラ・コンダミーヌは、それを南米の言葉を変化させたフランス語「カウチューク(caoutchouc)」と呼びました。彼はそれが厳密にはなんであるかを解明しようとするも、間違った結論に達します。濃縮された樹脂の油だと思ったのです。英語の「ラバー(rubber)」という名称は、1770年に英国の科学者ジョゼフ・プリーストリー(酸素を発見した人として有名)がゴムを使って紙上の鉛筆の跡をこすり落とせることに気付き、消しゴム「rubbing material(「こする物質」の意)」を発明したのに由来しています。18世紀の終わりにはもう、ゴムは「rubber」として浸透していました。


輪ゴムの発明


1819年、兄弟とともに駅馬車業をやっていた英国人トーマス・ハンコックは、顧客が移動中に濡れないようにする良い方法を模索していました。彼はゴムを使い伸縮性と防水性のあるサスペンダーや手袋、靴に靴下の留め具を開発します。すっかりゴムに魅了され留め具をどんどん生産するようになりますが、その過程で大量の不要ゴムを生み出していたことに気が付きました。そこで彼は残ったゴムを細断する「Pickling machine(「酢洗い装置」の意)」を開発します。これはのちにmasticator(マスティケーター)と呼ばれるようになりました。全部潰され新たに硬い塊となったゴムは、彼が望むデザインを作るため鋳型に流し込まれます。彼の初期のデザインの1つにゴム製の輪っかがありましたが、その実用性に気付かず売り出しませんでした。それに、この後に登場する加硫ゴムはまだ発見されていなかったため、バンドは暑い日にはとても柔らかくなり寒い日には硬くなってしまうという状態だったのです。つまり、多用な使われ方をしている現在のそれと比べ、この段階の輪ゴムはまだ実用的でなかったのです。ハンコックは、発明した機械やそれで生み出した輪ゴムなどの特許を取得しませんでした。門外不出にすることで、工程を完全に秘密にできていると信じていたからです。しかしこれは大きな過ちでした。

1821年になるとハンコックは装置を完成させますが、市場を独占するために10年間もその存在を秘密にしていました。「酢洗い装置」と名付けていたのも、人を惑わすためだったのです。これが功を奏し、ゴムを商業的に実用的なアイテムにした彼は、その後20年間も市場を独占し続けました。


加硫ゴムの発見


1833年、負債を払えずに投獄されていたチャールズ・グッドイヤーは、天然ゴムを使った実験を始めました。数年後、出所した彼は加硫の工程 を発見します。ゴムに硫黄を混ぜる実験をしていた化学者ナサニエル・ヘイワードとともにグッドイヤーは、ゴムをある温度まで加熱し一定量の硫黄と化学反応をおこさせることで、伸縮自在でベタつきがなく、そして強度があがる素材を作れる工程を開発しました。数年後の1844年、彼はその工程を完成させ、アメリカで特許を取得します。それから海外でも加硫ゴムの工程の特許を取得するため英国に飛びますが、そこで大きな問題に直面します。トーマス・ハンコックが1843年に非常に酷似した特許を既に取得していたのです。


加硫ゴムと特許バトルの勃発


ハンコックはグッドイヤーからの影響を受けずにゴムを加硫する工程を開発したのか、それとも多くの人が言うように彼はグッドイヤーの加硫ゴムのサンプルを手に入れて工程に僅かな変化を加えたのか…。これには相反する報道があったようです。どちらにせよ、ハンコックの特許があるのでグッドイヤーは英国で特許を取得できません。こうして始まった特許バトルはおよそ10年間も続きました。本件の判事は、渡英したグッドイヤーの眼前で、たとえハンコックが自力での開発に先がけてサンプルを取得したとしても(どうやらそのようでしたが…)サンプルを調べるだけでは模造する手順は突き止められっこなかったと宣言したそうですよ。とはいえ、高名な英国の発明家アレクサンダー・パークスはこう主張していました。その当時は特許が登録されていなかった加硫の工程をグッドイヤーのサンプルから割り出すために数々の実験を行っているとハンコックはかつて語ったことがある、と。

しかし結局1850年代の終わりになると、ハンコックが勝訴し裁判所は彼に特許を与えたのです。この裁判でグッドイヤーは大金を失いました。もし逆の判決だったなら、彼はトマス・ハンコックとその同僚ステファン・モールトンから莫大な特許使用料を受け取っていたことでしょう。

判決に抗議する権利があったにもかかわらずグッドイヤーは、このように考えることにしました。「業界のこれら部門に関して過去を思い返してみると、作った人は『自分が植え、その実を他の者が摘んだ』と述べるために嘆きたかったわけではない。そう評価されがちではあるが、人生における職業の優れた点はドルやセントの基準だけで評価されるべきではない。男にとって後悔する理由となるのは、種をまいても誰にも収穫されないときだけだ。」

グッドイヤーは最後には称賛を得るようになるも、1860年に亡くなりました。娘の死を知り、憔悴した直後のことでした。家族には約20万ドル(現在の価値で500万ドル相当)の負債を残していたそうです。

この特許紛争は、ハンコックにも甚大かつ致命的にネガティブな影響を及ぼしました。何年もの時間がかかるゴタゴタに巻き込まれている間に、特許を取得していなかったマスティケーターの製法や使い道のないように見えた輪ゴムから利益をこうむる連中が出始めたのです。具体的には、ロンドンのゴム製造業者Messers Perry and Coに勤めるスティーブン・ペリーが1845年に「バンド、ベルトと包帯の弾性における改良、そして輪ゴムの製造における改良」の特許を申請した件です。ペリーは紙を束ねられるという輪ゴムの活用法を見つけたのです。特許のなかで、自身の発明と進行中の加硫ゴムの紛争について、こう記載することで距離を取っていました。

「ここで言及した天然ゴムの調合、ここで言及した商品に適用したそのような天然ゴムの調合による弾性から成る私たちの発明、そしてそのような天然ゴムの製造からできた輪ゴムの特殊な形状については、我々は主張しないものとします。」


一般家庭に輪ゴムが普及するようになるまで


輪ゴムは19世紀に発明され特許が取得されたにもかかわらず、この時点で主に使われていたのは工場や倉庫で一般家庭ではありませんでした。この認識を変えたのはオハイオ州アライアンスに住むウィリアム・スペンサーでした。Cincinnati Examiner紙によると、こんな経緯があったとか。

スペンサーは地元紙Akron Beacon Journalが自宅の芝生のみならず隣人の芝生にまで頻繁に飛んでいるのに気づいたのは1923年のこと。そこで、彼はある解決策を考え出しました。ペンシルバニア鉄道の職員だった彼は、余っているゴム片と捨てられたチューブを手に入れられる場所を知っていました。Goodyear Rubber Companyも近郊の街アクロンにあったのです。彼はそれらのパーツを円形の細片に切り分けて出来た、お手製の輪ゴムで新聞紙を束ねるようになりました。あまりにもうまくいったので、同紙がスペンサーの輪ゴムを買い取り、その作業を彼ら自身が行うようになりました。そうして彼は輪ゴムをその地域にある事務用品や文房具として販売するようになったのです。事業を築き上げながらも、彼は10年以上ペンシルバニア鉄道で働き続けました。

スペンサーはさらに初の輪ゴム工場をアライアンスに、そして1944年にはアーカンソー州ホットスプリングスに2つめの工場を造りました。1957年、彼は世界の輪ゴムのスタンダードを作ったAlliance rubber bandをデザインし、その特許を取得します。現在、Alliance rubberは世界で1位の輪ゴム製造業社で、年に1,400万ポンド以上の輪ゴムを生み出しているそうですよ。

たかが輪ゴム、されど輪ゴム。今度使うときにはメソアメリカ文明から始まり、ハンコックにグッドイヤー、そしてウィリアム・スペンサーまでの壮大な歴史を思い出してみるのも一興かもしれませんね。


本稿はTodayIFoundOut.comからの許可を得て再掲されています。
Image by Graham under Creative Commons license.

Matt Blitz - TodayIFoundOut.com - Gizmodo US[原文
(たもり)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 共和 ゴムバンド #16100g GG011
  • 共和
  • セメダイン ゴムバンド 箱 No.16 100g XA-129
  • セメダイン
・関連メディア