どうして人はiPhoneを壊さずにはいられないのか

技術依存への反発か、単に壊すのが楽しいのか。

iPhoneみたいなガジェットの大型発表のときって、恒例のリアクションがいろいろとあります。発表イベントがあればリアルタイムでその内容が中継され、発売日には店舗前に行列ができ、無事入手したらアンボックスやファーストインプレッション、詳細レビューの記事が次々と公開されます。これらは多くの人が知りたい情報でもあり、新製品を使うために必要な行為でもあります。が、中には理屈では説明できない「誰得?」な恒例イベントもあります。

たとえば、やっと手に入れたガジェットを派手に破壊する動画があちこちで公開されるのはどういうことなんでしょうか。あれほど待ちわび、事前予約も入れて、少なくないお金を払って買ったガジェットをわざと壊して、それを動画でみんなに見せてるアレ、「iPhone破壊ポルノ」です。動画の中には「耐久性を確認するため」という目的意識が見られるものもありますが、多くは日常生活ではありえないような過酷な状況にガジェットを放り込んでいます。しかもそんな動画を見る人が、決して少なくないんです。

この現象をいったいどう考えればいいのか…米GizmodoのOrf記者が考察しています。

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iPhoneはこれまで、発表されるごとにあらゆる地獄を見てきました。水責め50口径ライフル液体窒素ナイフやハンマー電子レンジブレンダーガスバーナーテルミット火炎瓶パワードリル七面鳥に入れてローストスタンガンラバランプ弓矢宇宙空間からの落下、僕個人的に好きなのは戦車の下敷き、などなど。

これらガジェット破壊ポルノの中心には、創造であり破壊でもあるという奇妙な二律背反があります。そのうち「創造」に関しては、みんな目にしているはずです。テック企業の幹部が「イノベーション」とか「素晴らしいデザイン」といった言葉を散りばめた得意げなプレゼンが、ガジェットお披露目動画に切り替わる…それらはみんな不気味なほど似ています。異常な接写、イライラするほどゆっくりしたパン、そこかしこに光る金属や金、ピアノの音が響き、なんでか出てくる宇宙空間など、共通点を挙げればきりがありません。それは多くのガジェットブロガーに対し、ガジェットのすみずみまでを収めた写真とともに「セクシー」とか「絶対欲しい」とか言わせようとする消費者崇拝の一形態です。

でもその後、まるで資本主義への反逆と単純な破壊衝動がひとつになったかのように、ダークサイドがやってきます。大きなハードウェアの発売から数日後、数週後、数ヵ月後になると、YouTubeには斬新な手法で欲望の対象を破壊する動画があふれ出します。

これはどうしてなんでしょう? そのヒントとなるかもしれない事例が、1999年の映画『Office Space』にありました。オフィスを舞台としたこの作品には、主人公たちがイライラ源のひとつであるプリンターをめちゃめちゃに破壊する場面があります。コミカルではありますが、ここで主人公も観客も感じているであろうカタルシスの大きさは否めません。

これ以降、我々のテクノロジー破壊行為はより広く普及し、複雑化していきました。でも当時と変わらないのは、脳にたっぷりとドーパミンを与えてくれるということです。

これらの動画で破壊する対象以外に共通しているのは、再生回数が数百万回にも達するということです。また、動画の品質も優れています。これらの多くは、WiredのBattle Damage動画シリーズがそうであるように上質で、一様に効果的にスローモーションを使っています。そう、テック企業がそのハードウェアをみせびらかすために使うのと同じ、洗練されたスローモーションです。

でもこれほど多くの人がiPhoneの破壊を楽しみ、ツイートし、そして見ているということの裏には、ある種の暗さも見えます。だって、iPhone 6にしても他のスマートフォンにしても、人類が技術を探求した末にできた究極の結晶なんです。50年前、人間を宇宙へ送り込むためにIBMやヒューレット・パッカード、NASA、DARPAのエンジニアが作った部屋いっぱいのコンピューターと同じくらいかそれ以上のものが、今は手の中に収まるんです。それを我々は今、あらゆる方法で破壊しているんです。

でもそれは、「世界が破壊されるのを見たい」といった邪悪な心理というよりは、依存に対する反発ではないかと思います。というのは、これら小さなコンピューターは日常生活にあまりに入り込んでしまっていて、近くにないと物理的にも感情的にも禁断症状みたいになる、それがつらいんです。だから壊したくなるんです。

もしくは、単に何であれ壊すのがエンターテインメント、ということなのかもしれません。マイケル・ベイ監督に仕事があるのも、そういうことだと思われます。でもそれでは説明としてあまりに単純過ぎるような気もします。

我々のガジェットライフのフェティシズムは、崇拝と完全破壊というふたつの極に引っ張られています。そして僕らはそんな両極端の悦楽に、喜々として浸ってしまうのです。

Darren Orf - Gizmodo US[原文

(miho)