「世界への窓」から学べること

Mugendai

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今やどんな情報でもネットを通じて手に入れることができます。たとえそれが地球の裏側でも……。

しかし400年前、日本は鎖国をしており、唯一長崎の出島の商館設置を許されたオランダだけが、日本にとっての外国、いわば欧米を知る唯一の「窓」だったわけです。

今回の「無限大(mugendai)」では、前身である日本IBMの広報誌「無限大」が1989年に組んだ特集のテーマ、「世界への窓から何を見たのか」について紹介しています。

1989年4月、大阪府堺市で科学技術フォーラム主催の日蘭修好380周年記念シンポジウムが開催され、「無限大」誌編集部が、その内容をまとめ、誌上で紹介したというわけなんです。

このシンポジウムでは、作家の司馬遼太郎さんによる「日本とオランダ」、日蘭学会常務理事(当時)のウィレム・レメリンクさんによる「オランダから見た日本」、そして大阪府立大学教授(当時)の金子務さんによる「オランダ渡りの科学技術」などの講演が行われ、興味深く、また貴重な内容が誌面で紹介されています。

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例えば司馬遼太郎の講演。

「おそらく次の世紀では、ECの中でたいへん重要な役割を果たす国だと思います」と、オランダという国の重要性、そして素晴らしさについて語っています。

司馬さんによると、「17世紀から18世紀にかけては、オランダがヨーロッパでいちばん国民所得の多い国」だったそうですが、「オランダはイギリスやフランスなどにずいぶんいじめられながら、一生懸命生き、自らの独立を保った国」だと言います。そして司馬さん曰く「我々は江戸時代に多くのことをオランダ人から教えられたのですが、オランダから学ぶべきことは、これからの時代の方が多いような気がいたします」。

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またレメリンクさんは「何よりも、蘭学は、今日ではもう忘れ去られた貿易の利益よりも、ずっと大切なもの、380年前に日本とオランダの間で始まった交流の、最も大切な所産なのです」と当時の蘭学の重要性を唱え、金子さんは、17世紀はオランダの世紀だといって、「社会的な土壌が江戸時代はまだ荒地だったので、オランダが巻いてくれた種が育ったとはいえない」という前置きをしながらも次のような言葉を残しています。

「その環境作りは、明治以降にまさに任されたわけです。明治以降の近代化の中でもお雇い外国人たちは、オランダ人を含めて非常に大きな役割を果してくれました。われわれはいま、思いを新たにして、こういう過去、営々と日本が近代化に進んで行くのをいわば手引きしてくれた外国人たちと、その難路に挑戦していったわれわれの先輩たちの勇気に対して、改めて感謝するとともに、今後の科学の発展と、わが国と地球文化圏の未来のために、より豊かな土壌づくりを続けなければならないと考えます」

このほかにもレイデン大学文学部 日本文化研究所助教授(当時)のヤン・ファン・ブレーメンさんの特別寄稿や日蘭科学技術交流と銘打ったシンポジウムの紹介など、日本とオランダの関係を知ることができる貴重な資料がもりだくさんの内容です。

昨年末、日本人がオランダで働く際、労働許可を取得する必要がなくなったというニュースが話題になりました。それに伴い「今、日本人の移住先としてオランダが熱い理由」もあるそうです。なんだか今回の「無限大(mugendai)」を読んでいると、もっとオランダのことが知りたくなりました。

source: 無限大(mugendai)

(ホシデトモタカ)