「ハンニバルの象」の謎を追い、象とアルプス越えした人がいた

「ハンニバルの象」の謎を追い、象とアルプス越えした人がいた 1

ロマンある冒険。

紀元前218年、カルタゴの天才戦略家ハンニバルは象を率いてアルプスを越え、ローマ帝国をパニックに陥れます。この第2次ピューニックウォー(ポエニ戦争)は、ローマの歴史においてひとつのクライマックスですが、このとき象が辿ったルートは未だ謎のままです。

そこで「象を連れて通ればわかるんじゃね?」と考え、実行に移した人たちがいました。1959年のことです。

ハンニバルといえば今は人食い博士の代名詞ですが、名将ハンニバルの方はこの奇略で信じられないほどの戦果を挙げ、イタリアを10余年に渡って恐怖に陥れました。カルタゴ近郊がローマに攻め入られて本国に戻ってからは負けて裏切られ、最後には毒で自害する悲劇の人でもあります。

否が応でも後世の関心は象に向いてしまうわけですが、象は体が大きいので水も餌も大量に要ります。何百万年も平野で生息してきたため、膝は柔軟性に欠け、足は扁平。山登りには全く向いていません。ましてやアルプスの急峻な山なんて絶対ムリ!

というわけで、2000年近くずっといろんなルートが提唱されては消え、ということを繰り返してきました。そこに現れたのがケンブリッジ大の学生John Hoyte君(山登りが得意)。

どうしても真相が知りたくなって、トリノの動物園からメスの象ジャンボちゃんを借り、コックと象使い、獣医学教授、第2次世界大戦の元軍人John Hickman大佐と一緒にアルプス探検隊を組織します。

生まれてからずっとサーカス小屋しか知らないジャンボちゃんにアルプスはちょっと厳しいんじゃ…と考えた慧眼のHickman大佐は、象が怪我しないようにブーツをデザインし、風邪を引かないように大きなコートをこしらえてやりました(写真上)。

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戦象にこんな鎧兜を被せたハンニバルとはえらい違い。(c) Hannibal: The Father of Strategy

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この出発に先立ち、Hoyte君はひと夏かけてアルプスを彷徨い、ハンニバルが通るなら絶対クラピエ峠しかない、と目星をつけていました。ところがあいにくその年、クラピエ峠は雪崩で通れなくなっていたのです。でも幸い、もうひとつの有力ルートであるモンスニ峠は開いていました。そっちでやり直して見事クリア。

山越えには10日かかりました。ジャンボちゃんは1日に23kgもの体重を減らしながらも激務を立派にこなし、イタリアのスーザに到着。村の人々はお祝いのキアンティで盛大に象を迎えました。

ハンニバル行軍では途中で脱落した象も沢山いました。そういうものの骨でも出てこない限り、どのルートかは謎のままですけど、象のアルプス越えは確かにできるとわかった瞬間です。

アルプスの土を踏みしめる象の足音が聞こえてくるようですね。

image by LIFE magazine

Esther Inglis-Arkell - Gizmodo US[原文

(satomi)