6万人のネパール人にインターネットを届けた男

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こちら、ネパール人Mahabir Punさん。かなりのやり手です。

彼は、ネパールの小さな村に住んでいるため自分宛のE-mailをチェックするのに2日も森や山を歩かなくちゃいけませんでした。当然、Punさんはそんな生活にサヨナラしたいと思い、Nangi村インターネットをひくことを決意!

これは、Punさんが村でインターネットを接続できるようになるまでの記録をClemens Purnerさんが映像におさめたものです。毎日をなんとなく過ごしてちゃダメだなって気持ちになりますよ。

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Nangi村にはインターネットがありませんでした。1番近いPokharaには2日も歩かないといけません。私は月に1回Pokharaまで歩き、E-mailをチェックしに行ってました。6年間、毎月毎月。しかし2001年、もっと賢い方法があるはずだと思いつきました。私の夢は、Nangi村と世界を結ぶワイヤレス・ネットワークを構築することでした。皆、私の頭がいかれたと思いネパールの誰もが失敗すると思っていました。それもそのはず。ネパールでは機材を入手することすら出来ない環境だったから。そこで、私はBBCオンライン・ニュースにメールして、誰か私を助けてくれる人はいないか?聞いてみたんです。辺ぴな地域でワイヤレス・ネットワークを構築する手助けをしてくれる人を。

すると返事がありました。なぜネットワークを構築したいんですか?と質問がきたので、私たちは僻地に住んでいるからと答えると、現在、どこまで進んでいますか?と聞かれたので、木の箱でコンピューターを作ったと答えました。彼らにとって、興味深くおもしろいネタだったと思います。私たちは連絡をとりあい、2001年にBBCオンラインニュースで記事になりました。その結果、プロジェクトを助けたいと沢山のE-mailをもらい、実際に2人の男性が私たちの村を訪ねてくれて、ワイヤレス・ネットワークを構築してくれました。1人はベルギーから来てくれたJohannさん、もう1人はフィンランドから来てくれたJonnyさん。

市場ではアンテナを売っていませんでしたが、ラッキーなことに基本原理が同じテレビ用のパラボラアンテナをみつけたので代用することにしました。そして2002年5月の朝、すべてが完成しました。Pokharaのパラボラアンテナがワイヤレス・シグナルを私たちのほうに送り、Moharaで巨大なレシーバーと共にシグナルを待っていました。少しづつアンテナの角度を動かしながら山頂の尾根で待つこと2時間、実際に作動したんです! 私たち自身も驚いてしまいました。

この成功は、簡単にE-mailをチェックできるようになっただけじゃなくもっと大きな影響力がありました。ビデオ・カンファレンスシステムで、カトマンズの病院の先生とNangi村クリニックの医療従事者をつなげることができたり、e-コマース・プラットフォームも村の人々を助けています。物を売ったり効率的に生産することが出来るようになりました。

また、Nangi村に高校をつくったので現在、350人の子供たちが最新のオンライン教材で学んでいます。

いま、ネパールは大きなチャレンジに直面しています。仕事不足で若い人達は十分な収入を得ることができていません。そのため、仕事を求め外国へ行ってしまいます。とても貧しい生活状況です。このプロジェクトは、次世代の人達が収入を得るための新しいチャンスを切り開いてくれます。

貧しい子供たちのために山間部に大学をつくり総合大学に育てるという夢もあります。そして、もう1つは既に進行中のプロジェクトで、友人たちとイノベーション・センターを建てています。若者たちのクリエイティビティと革新的なアイディアを考える力を養うために。才能のある若者が沢山いますから。夢はどんどん広がり、山岳地域で実行可能な収入を生むプログラムをもっと沢山スタートさせたいです。たとえば、僻地を観光するツアーやアンナプルナ山トレッキングを企画したりしたいです。また、可能ならPokharaとManangを繋ぐケーブルカーを設置したいですね。なぜなら、Pokharaの村人たちは雪を見たり触ったことがないから、雪の多いManangで雪を体験させてあげたいから。将来的には、山で葡萄を育てワインを作ったり、オリーブを育ててオリーブオイルを売るこが出来たら…。きびからウイスキーがつくれたら…。

興味が湧いたら、私たちの村に遊びにきてください。

Punさんの数々の夢たち、時間をかけながらでも、ひとつづつ叶っていくといいですね。

source: Vimeo

Jamie Condliffe - Gizmodo US[原文

(junjun)