わたしたちが「意図的だ」と判断する仕組みのフシギ

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突然ですが次のシナリオについてちょっと考えてみてください。

とあるCEOは自身の計画が環境にダメージを与えることを知っていますが、彼はそれについてまったく気にしていません。利益を増やすという目的だけのために彼は計画を実行します。CEOは意図的に環境にダメージを与えたといえるでしょうか?

みなさんはどんなふうに答えますか? あるいは「計画によって絶滅しかけている蝶を救えるとCEOが知っていた」場合はどうでしょう。CEOは意図的に環境を救ったといえるでしょうか?

これは心理学者のJoshua Knobe氏がとある実験で参加者に回答してもらった質問です。おもしろいことに、CEOが意図的に環境を破壊したことには多くの参加者がイエスと、意図的に環境を救ったことにはほとんどの参加者がノーと答えたのだそう。人間が「意図的だ」と判断するときには、こういった不思議なダブルスタンダードがあることが浮かびあがってきたのです。この「Knobe Effect」と呼ばれるダブルスタンダードは感情にまつわるものなのか、それとも文脈が関連しているのか? 専門家たちは研究をつづけています。

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デューク大学の研究者は、MRIを用いて、実験をしているときの被験者の脳の動きを観察しました。すると「CEOが環境を破壊している」と被験者が聞いたときは、「環境を救っている」と聞いたときよりも脳の扁桃体(喜怒哀楽などの情動をつかさどっている場所)が動いていることがわかりました。人びとはCEOの無知を不快に感じるからこそ、ポジティブな結果について肯定的な感情が湧かないのではと研究者は推測しています。

実験では、判断の後に被験者がCEOを罰したり褒美を与えたりできるわけではありませんでした。つまり直接自分に関係するかどうかにかかわらず、ネガティブな結果は「意図的である」、ポジティブな結果は「意図的でない」というふうに判断がブレていることがわかります。

これを読んでいる方はCEOの行動についてどんなふうに判断しましたか? 何気ない判断のなかにこういったダブルスタンダードが沢山あるといわれると、自分の判断ってなんだか信じられないなあとつくづく思います。

source: Two Distinct Moral Mechanisms for Ascribing and Denying Intentionality

Esther Inglis-Arkell - Gizmodo US [原文]

(Haruka Mukai)