チャレンジャー号爆発事故から30年

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スペースシャトル・チャレンジャー号が爆発した日から30年経ちました。発射を世界中が見守る中、起こった悲劇。これを機にNASAは危機管理に対する考え方を大きく変えました。

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チャレンジャー号は、テストのみで終わったエンタープライズ号に次いで2番目に製造され、宇宙航行に耐えうる初のスペースシャトルでした。スペースシャトル計画において初めて宇宙遊泳をした宇宙飛行士と、2人の女性宇宙飛行士を乗せていました。また、夜間に発射された初めてのシャトルでもありました。

そして、爆発して宇宙飛行士が全員亡くなってしまった初めてのスペースシャトルでした。

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チャレンジャー号の爆発

1986年1月28日は氷柱ができる寒い日でした。その日の気温は、シャトルの密閉用ゴム製Oリングが耐えうる温度よりも低いものでした。エンジニアチームはこんな寒い日の発射は危険だと忠告していました。

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たくさんの氷柱がついている整備塔の写真

事故はものすごい速さで起こりました。発射からたった58秒後のことでした。初めは固体ロケットモーターの右側に小さな火が光り、68秒後には外部タンクから炎が噴き出し始めます。

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タンクの破裂から脱出燃焼噴射剤から出る光に包まれるチャレンジャー号

宇宙飛行士たちが問題の発生に気づいたことを示す唯一の記録は、マイク・スミス宇宙飛行が言った「あれっ?」でした。これはシャトルが急に横向きになったことに対する反応だったかもしれませんし、エンジン温度の急激な上昇を確認したからだったかもしれせん。73秒後にはすべてのエンジン温度が上限に達し、自動でシャットダウンしています。

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76秒後、火災により機体の破片が散っている様子。液体水素推進剤が制御システムから燃焼して赤っぽくなっている

78秒後には、排気トレイルは爆発して炎、煙などに変わっていきます。爆発は機体の破片をいろんな方向へ飛ばし、左翼、乗員室のある上部胴体、そして推進剤がまだ燃え続けるメインエンジンを破砕しました。

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碁盤状のテープの上で事故を再現している様子

事故後、チームは残骸の回収を行い、事故の原因を調査するとともに、すべてのスペースシャトル計画は32カ月の間中断されました。そして回収した残骸で、できる限りシャトルの様子を再構築しました。

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大西洋から回収されたチャレンジャー号のエアロック

事故調査大統領委員会には、アメリカ女性初の宇宙飛行士サリー・ライド氏、人類で初めて月を歩いたニール・アームストロング氏、そしてノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマン氏もメンバーにいました。彼らはすべての入手可能な証拠を検証し、ついに小さな一つの欠陥を発見。ゴム製のシールが寒さによってもろくなっていたことが原因でした。

通常、柔軟なOリングは右側固体燃料補助ロケットで破裂すると、高温ガスが漏出し始めます。このことは、1977年から確認されていたにもかかわらず、対処されることがないままでした。チャレンジャー号の事故時には、この高温ガスが溶接機のように接合部を焼き、外部タンクを切断してしまいました。のちにスペースシャトル・コロンビア号も空中分解してしまいますが、原因はチャレンジャー号の時と同じで、意志決定過程の欠陥によるものでした。

最後に、タンクは複数箇所で破裂しており、秒数未満で起こった連鎖反応により完全に破壊されてしまったとのことです。

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緊急脱出訓練をおこなう宇宙飛行士たち

タンクの爆発によって機体が放り出されて、コントロールを失っています。超音速気流のなか、空気力ストレスがあまりに強く、機体は粉々になってしまいました。

前部胴体にあった乗員室は、シャトルの他の部分よりも強くしっかりと作られていたため、損傷を受けずにいました。爆発時には宇宙飛行士たちは無事で、その後の強い遠心力によって放り出されたと言われています。電力系統のスイッチが動かされていたことから、パイロットのスミス氏が乗員室の電力を復元しようと試みたのだと思われます。乗員室の与圧が維持されていれば、乗組員たちの意識はあったかもしれませんが、どちらにしても普通の重力の200倍のGで海面に打ち付けられているため、そこで生き延びることはできなかったでしょう。

結局7名の乗組員全員が亡くなりました。彼らの遺体は10週間後、海から回収されました。乗員室からグレゴリー・ジャービス宇宙飛行士の遺体が流されていってしまったため、ロバート・クリッペン宇宙飛行士は自分で釣り船を借り、彼の遺体を捜し続け、ついには遺体を回収しました。

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ケネディ宇宙センターに移送されるチャレンジャー号の乗組員の遺体

チャレンジャー号の悲劇はシャトルのブースター自体の設計をすべて変えることにつながりました。そして、のちに同じ意思決定が原因での事故が起こってはいるものの、NASAの報告構造とリスクに対処する際の意思決定のプロセスを大きく変化させました。

1月28日はチャレンジャー号の爆発事故の日でもあり、またNASAでは宇宙飛行のために亡くなったすべての人々を追悼する日となっています。

image by NASA

Source: NASA

Mika McKinnon - Gizmodo US[原文

(リョウコ)