(現実が近づいて来ているので)改めて紹介。シンギュラリティ後の世界を描いたSF小説『アッチェレランド』

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落合陽一さん特集、面白かったですね。彼のエッセイとインタビューを読むだけで、SF小説を丸ごと一冊読んだ気になります。特に、以下の部分を読んだとき、

あらゆるものがソフトウェア化していく中で、人間の身体性の議論はだんだん崩れていくと思います。「私がいまここにいる」っていうことに価値がなくなってくるからです。むしろ私が今どこにいてもいいことにもなる。そうなったときに、身体ってなんなんだろうと。

落合陽一さんインタビュー前編:人間は「重すぎる身体」をもてあますより)

僕は強烈に、チャールズ・ストロスの『アッチェレランド』という小説を思い出しました。

アッチェレランドは、ローカス賞受賞のサイバーパンクSF。著者がコンピューター・サイエンスを専攻していたこともあって、ネット系の人々にはお馴染みの単語がバンバン出てきます。出版当時は、あの小飼弾さんが解説を書いていたことでも話題になっていました。

アッチェレランドはシンギュラリティ(技術的特異点)を超えた後の世界を描いた小説と言われていますが、むしろ僕は「人間がデータ化された後、どんな可能性があるのか?」を、ブラックジョークたっぷりに描いた作品だと思っています。

そう、この小説は、ギャグ小説です。

最初は人間的だった世界が、進化が進むにつれて、文字通りアッチェレランド(accelerando。音楽用語で「だんだん速く」の意味)していき、どんどん非人間的になっていく。思考や感情や感覚や関係や精神など、全てが「演算」になっていく。最後の方は、人間の一生など一瞬で演算可能になってしまう。

そんな世界だと、人はどうなっちゃうの?

発想がブッとんでいるし、皮肉もたっぷりだし、理にかなっているところもあって、ブ厚いのに笑いながら飽きずに読める名作です。

できるだけ物語としてのネタバレはしないように、いくつかのお気に入りのシーンを紹介すると…… たとえば、こんな感じ。

● 冒頭から、主人公はぶっ飛んでいる。彼は「支払い」というものを一切しない。代わりに、人や企業にアイディアを提供し、対価として様々な特典を得て生活している。贈与経済や評価経済というよりも、むしろ、株式優待を駆使して生活する元棋士の桐谷広人さんを想像してしまう

● 何度も何度もデータのみの存在になったり肉体を持ったりするせいで、お爺さんが自分より若かったりすることが日常的に起きる。自分のコピーも(自分が許せば)いくらでも作れる

● 「個人」がデータ化されたことで、「法人」との区別がどんどん曖昧になっていく。ヒトと企業の混血が生まれ、「企業知性」が台頭する

● ネット空間「サイバースペース」と対になるものとして、肉体を持って生きることは「ミートスペース」と呼ばれている。ミート!

● 決闘は商業活動。「あなたなら、あんな連中、こてんぱんにしてしまえるわ。株価収益率を青天井にして、証券取引所の床を血まみれにしてやれる

● 選挙のときは、有権者毎に自分のコピーを作って支持を訴える。しかし有権者との議論の結果、オリジナルから考えが変わってしまったコピーは、独立したり、対立候補になったりする

● 理想的な子どもを育てるために、「子供時代」を20回以上もリセットされ、やりなおさせられる

● 哺乳類レベルであれば、だいたいヒトくらいまでは知性をアップグレードできる。そうして知性を得た哺乳類は、当然ヒトと同様の権利を主張している

マトリョーシカ・ブレイン。太陽はマトリョーシカのように何層ものコンピューターで覆われている。太陽のエネルギーを最大効率で使うためだ。惑星はコンピューターの部品を作るために、次々と解体されていく

● ヒトとシンギュラリティ後のポスト・ヒューマンとの処理速度の差は、ヒトと条虫との差に等しい。もはやデータ化していない従来型の「ヒト」には外の世界で何が起こっているのか、さっぱりわからない。従来型のヒトから見ると、世界は衰弱し、静かになっていくように見えている

● 主人公の、新しい世界の使いこなしっぷりといったら、群れる鳩の集合体をひとつの脳と捉えて、そこに自分の精神をダウンロードしてしまうほどだ

コンピューターの演算速度がどんどん上がり、人類が世界からどんどん取り残されていく様子が、詳細に描かれます。この小説の帯には「ギブスンの鮮烈 x クラークの思弁」と書かれていますが、読後感としてもまさにそんな感じです。平たく言うと「わけがわからないのに、深い」。

しかし、このような世界を可能とする基本的な基盤整備には、落合陽一さんが提起しているようなビジョンや問題が絡んでいます。

物語の冒頭で、ロブスターの神経ネットワークが解析され、ネットにアップロードされます。そのロブスターから助けを求められた主人公は、ロブスターの「市民権」を獲得するために奔走します。これは、落合陽一さん的な未来を考える上で、非常に重要なポイントです。つまり……もし自分の精神がデータ化しネットにアップされたとすると、その「所有権」は誰のものなのか?

アップロード先の企業のものだとしたら、自分は奴隷と化したも同然だし、どう改造されるかわかったもんじゃありません。でも、たかがデータに、自己の権利を守る闘争などできるわけもありません。だから、最初っから「データ化されネットにアップされた精神」の所有権や、社会での正当な権利を認めておかないといけない。企業や国家に自分自身というデータを所有させてはならない。

主人公のこの彗眼と努力のおかげで、この小説世界では、人間がデータ化され、AIが人類を超え、シンギュラリティに到達してしまった後も、死ぬことすら許されない奴隷にはならずに済んだわけです。

シンギュラリティ後の世界は、人間の知性を超えるから想像できないと言われています。そんな世界を、想像力を駆使して描かれた本作は、ギズモードを読むような方であれば、きっと楽しめると思いますよ。あ、もちろん宇宙人(のようなもの)も出てきます。ネコも出てきます。戦闘シーンもあります。基本的には三世代の家族のゴタゴタという、むっちゃ狭い世界のお話です。オススメです。

source: Amazon

(清田いちる)