「ステージで自分が尾崎豊になった気持ちがした」。息子・尾崎裕哉が聞くハイレゾライブ音源

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中学1年のとき、隣のクラスのS(なぜかパンチパーマ)が僕に貸してくれたカセットテープ。「お前、こういうの好きかと思って」。

Sがどういうつもりで僕に貸してくれたのかはわかりませんが、ちょうど音楽に興味を持ち始めていた思春期の僕は、素直にそのカセットテープを借りて家で再生しました。そのカセットテープに入っていたのが、尾崎豊でした。アルバム名は「回帰線」。

尾崎豊の代表曲である「卒業」や「シェリー」はもちろん、「存在」「ダンスホール」といった曲が、僕の心をとらえました。

その後、尾崎豊にのめりこみます。高校2年生のときに東京ドームのコンサート「LIVE CORE」に行くと、客席のあちこちに中学の同級生がいたことを覚えています。ちょっとした同窓会でした。そして、客電がついたあとに尾崎豊がギター1本で歌った「僕が僕であるために」は、今でもはっきりと覚えています。

大学時代には3rdアルバム「壊れた扉から」に収録されているバラード「forget-me-not」が大好きすぎて、46分テープいっぱいにこの曲を入れ、カーステレオでずっと流していました。

尾崎豊といえば、楽曲のよさはもちろん、ライブパフォーマンスも印象的。僕は、人生のなかで尾崎豊のコンサートは2回しか見ていませんが、どちらも鮮明に記憶に残っています。

そんな尾崎豊のライブを、ハイレゾ音質で聴いたら、どんな印象を受けるのでしょうか。

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ソニーのサイトで展開されている月刊コンテンツ「大人のソニー」では、尾崎豊の一人息子である、シンガーソングライターの尾崎裕哉さんに、尾崎豊のライブアルバム『MISSING BOY』のハイレゾ版を聴いてもらった様子を記事化しています。会場は、1984年に尾崎豊が伝説のデビューライブを行った〈新宿RUIDO〉の流れをくむライブハウス、〈新宿RUIDO K4〉。尾崎豊の没年と同じ26歳となった裕哉さんには、どのように聴こえたのでしょうか?

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また今回は、〈新宿RUIDO K4〉などを経営する株式会社アズミックスの代表取締役 落合壽年さんにも楽曲を聴いていただきました。尾崎豊の伝説のデビューライブが行われた1984年、〈新宿RUIDO〉で新人スタッフとして勤務。デビューライブをはじめ、1985年11月15日の代々木五輪プール、1988年9月12日の東京ドームで尾崎豊のライブを観ていた人物です。

まるで自分が、ステージ上の尾崎豊になった気分

「ステージで自分が尾崎豊になった気持ちがした」。息子・尾崎裕哉が聞くハイレゾライブ音源 4新宿RUIDO K4のステージで、スマートフォンとワイヤレススピーカー「SRS-X99」をWi-Fi接続し、ハイレゾ音質で楽曲を試聴。現場では、楽曲を聴きながらギターを弾いていただいた

1985年〜1991年までのライブで構成された『MISSING BOY』。まず裕哉さんに聴いていただいたのは、セカンドシングルであり代表曲のひとつ「十七歳の地図」です。収録テイクは1985年11月14日に行われた代々木五輪プールでのもの。デビュー間もない尾崎豊の疾走感あふれるパフォーマンス。ハイレゾ音質で聴いた裕哉さんはどのように感じたのでしょうか。

「ハイレゾ楽曲を聴くのははじめてだったので、聴くまでは正直そんなに期待していませんでした(笑)。『そんなに変わらないだろう』と。でも、音量を上げれば上げるほど臨場感が増して、観客側として会場にいる気持ちになるのかと思ったら、まるでステージにいるような気持ちになって驚きました。ドラムも低音が響き、まるで自分の後ろでドラマーが叩いているようだし、途中マイクがハウるんですけど、本当に自分が使っているマイクがハウっているように感じますね。そして尾崎豊の声が、なんだかすごく不思議な気分で…。隣に尾崎豊がいるというよりは、まるで自分で歌っているような、ステージで自分が尾崎豊になっているような気持ちになりました」

そばにいるような感覚ともまた違う、自分自身が尾崎豊になったかのような感覚さえ覚えたという裕哉さん。

「僕は尾崎豊のライブに行ったことがあるらしいんですけど、やはりとても小さい頃だったので覚えてなくて。そういう意味でも、すごく貴重でよい体験ができたと思います」

「ステージで自分が尾崎豊になった気持ちがした」。息子・尾崎裕哉が聞くハイレゾライブ音源 5ウォークマンとワイヤレスヘッドホン「MDR-100ABN」の組み合わせでも、楽曲を試聴いただいた。機器をBluetooth接続し、LDACで再生

「ハイレゾ楽曲というとクラシック音楽の印象があったんですけど、よい意味で今までのイメージが覆りました。自宅の地下にオーディオルームをつくっているような年配のお金持ちの人が、贅沢な設備で聴くようなイメージがあったのですが、こんな小さなウォークマンやスピーカー、ワイヤレスのヘッドホンで手軽に聴けることに驚きました」

楽曲が父親がわり。音楽だから伝わったメッセージ

「ステージで自分が尾崎豊になった気持ちがした」。息子・尾崎裕哉が聞くハイレゾライブ音源 6尾崎裕哉さんから、ハイレゾ音質で「黄昏ゆく街で」を聴いてみたいというリクエストをいただいた。「おそらく尾崎豊がNYに住んでいたときに感じた、乾いた感じやさみしげな印象が混ざっていて、すごく好きな曲なんです」

ここで気になっていたことを率直に質問してみました。普段、尾崎豊の音楽を聴きますか?

「聴いてます。母はあまり尾崎豊の楽曲を聴かせてくれなかったので、自分でCDラックから取り出して。それこそ14歳くらいまでは父親の曲しか聴いていなかったくらいで、ある意味自分のリファレンスなんですよ。自分の父親でありミュージシャンで、音楽といえば尾崎豊。その後AC/DCと出会ってからはギターに走ったんですけど(笑)。子どものころに聴いていた音楽がルーツになるという話もありますが、そういう意味では僕のルーツですね。曲をつくろうと思ったときも、立ち返るのは尾崎豊です」

物心ついた頃にはもう父親がいなかった裕哉さん。そのぶん尾崎豊の楽曲は、唯一父親を感じられるものだったのでしょう。

「『自由はなんだ? 夢ってなんなんだろう?』と考えていた時期、尾崎豊がそんな曲を歌っていたこともあり、歌を聴けば、まるでとなりで助言をしてくれているみたいな感じがあって、すごく助けられたという思いがあります。でも、絶対に尾崎豊って説教臭いタイプだったと思んですよ(笑)。だから、曲を通してのコミュニケーションである意味よかったのかもとも思います(笑)。音楽は言葉だけじゃなくてメロディーがあるから、その分ごまかせる部分があったり、感情に直接訴えることもできる。だからこそ伝わってくるものもありますからね」

音楽だからこそ伝わるものがある。残された曲が父親代わりになったという裕哉さんが個人的に好きな曲でもある「黄昏ゆく街でを、ハイレゾ音源とMP3音源とで聴き比べていただきました。

※『MISSING BOY』には未収録です

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「やっぱり全然違いますね。特にボーカルにかかっているリバーブとディレイの感じが違います。ミックスの意図も伝わりやすいし、空気感、ライブ感がすごくよい。『黄昏ゆく街で』はフェードアウトで終わる曲ですが、フェードアウトの終わり際、聴こえなかった2秒くらいまでが聴こえて『ここまで続いてたんだ!』って。発見でしたね。ギターの音もよいし、オルガンも鮮明に聴こえて、素直に『こりゃいいな』と思います」

「(同曲が収録されている)『誕生』というアルバムが一番好き。ミュージシャンやエンジニアをアメリカから呼んでいて、音がすごくよいんですよ。僕のことを歌った曲もありますしね。そのなかでも特に『黄昏ゆく街で』は、尾崎豊の作品のなかでもおしゃれな曲で、音が鳴っている状態と鳴っていない状態があり、空気感がすごくよい」

「それにしても、ハイレゾ楽曲は贅沢。普通の音源のときもきれいだなと思っていたけど、それぞれの楽器の旋律がこんなにも分離したきれいな音だったと分かると『尾崎豊はスタジオでレコーディングしていたとき、こんな感じで聴いていたのかな』なんて考えますが、そんな音を聴いて日常を過ごせるというのはすごく贅沢ですよ。もし10年前にハイレゾ楽曲があったら、僕はもっと音楽うまかったかもしれないな…と思いました(笑)。この音ってこうやってつくってるんだとハッキリ伝わってくるので」

父親と息子の関係としてだけでなく、ミュージシャンとしても尾崎豊の楽曲が原点だという裕哉さん。やはり繰り返し彼の歌を聴いた経験が大きいのだそう。

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「僕の声が尾崎豊に似てると言われるのは、やはり半分は遺伝だと思うんですけど、もう半分はずっと彼の歌を聴いてきたからなんですよ。声は似ても息遣いは自然と似ることはないと思うのですが、細かいブレスのタイミングなんかは、やはり何度も聴いてきたから似ているんです。だからソニーさんがもっと早くこれを出してくれていれば、ボーカルスタイルも楽に勉強できたんじゃないかなと思います(笑)。本当に今、これを使える世代が羨ましいですよ」

尾崎が目の前で歌っているような感覚に

次に、落合さんにハイレゾ音源での楽曲を聴いていただきました。楽曲は『MISSING BOY』に収録されている「Teenage Blue」。実際にその目と耳で、現場で体感していた落合さんには、どのように聴こえたのでしょうか。

「ステージで自分が尾崎豊になった気持ちがした」。息子・尾崎裕哉が聞くハイレゾライブ音源 9ウォークマンとワイヤレスヘッドホン「MDR-100ABN」をBluetooth接続し、LDACでハイレゾ楽曲を聴いていただいた。屋外でもストレスフリーで鑑賞できる

「正直なところ、ライブ当日のことってそんなに覚えてないかも…なんて思っていましたが、歌唱の声や間奏で入ってくるギターを聴くと、非常に臨場感があって。当時の記憶がよみがえるようでした。でも客席にいる自分が浮かぶというよりは、まるでステージ上に自分も立っているような感じがしましたね。目の前に尾崎豊本人がいて歌ってるんじゃないかというくらいで」

「私は何度か尾崎豊のライブを観ているのですが、とにかくオーラがすごかったですね。パフォーマンスも強烈なインパクトがあって、1984年はずっと尾崎さんの余韻が〈新宿RUIDO〉に残っていたくらいです。新曲がリリースされるたび、何か新しい動きがあるたび、スタッフの間で何度も話題に上がりました」

『MISSING BOY』収録曲のうち3曲を会場で聴いている落合さん。デビューライブの余韻を胸に、その後の尾崎豊を追い続けていました。

「ステージで自分が尾崎豊になった気持ちがした」。息子・尾崎裕哉が聞くハイレゾライブ音源 10実際に落合さんが行ったライブの半券。『MISSING BOY』に3曲が収録されている代々木2DAYSのうちの1日、85年11月15日のライブのものだ

「自分が働いているライブハウスで伝説のライブをやったアーティストをずっと見ていきたいというのもあったし、ファンになったということもありました。1stの『十七歳の地図』もよく聴きましたが、のめり込んだのは2ndの『回帰線』からでしたね。当時自分は23歳で、尾崎豊は19歳だったのですが、年下に感化されているという自分にすごく複雑な気持ちを抱いたのを覚えています。代々木でのライブは『あんなデカい会場でどんなパフォーマンスをするんだろう』とわくわくして観に行きましたね。今回ハイレゾ音質で聴いて興奮がよみがえりましたね」

ライブハウスのバイト時代から尾崎豊を追いかけ続けた落合さんは、今や〈新宿RUIDO K4〉ほかライブハウスやレーベルを運営しています。音楽人としての落合さんにとって、尾崎豊はどんな存在だったのでしょうか?

「今でもふと歌詞の一節が出てきます。働いているなかで突然に。まるで励ましてくれるみたいに。だから自分が思っている以上に影響を受けてきたんだろうなと思います」

最後に、レーベル社長としてハイレゾへの期待や所感をお聞きしました。

「ハイレゾ音質は本当に良い音なので、とにかく浸透していってほしいですね。テレビも数年前にHDになりましたが、もうそれ以前の映像には戻れないですよね。音楽は一度MP3が普及してみんなの感覚が落ち着いてしまいましたが、ハイレゾ楽曲はそれを上げるチャンスになる。だからハイレゾ音質はオーディオマニアだけのものだけじゃなく、気軽に聴けるようになって大衆化していって欲しいですね」

ハイレゾ音質なら、あの日の尾崎豊がよみがえる

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ハイレゾ音源がよみがえらせた、彼にまつわる2つの記憶。まるで尾崎豊本人になったよう、ステージ上に自分が立って目の前に尾崎豊がいるかのよう、2人がそう表現したハイレゾ版『MISSING BOY』。3月中旬に発売予定の「ウォークマン® NW-ZX100 尾崎豊生誕50周年記念モデル」にプリインストールされています。

また、東京・銀座ソニービルソニーショールームソニーストア名古屋ソニーストア大阪では、ワイヤレスヘッドホン「MDR-100ABN」やワイヤレススピーカー「SRS-X99」などを体験できます。

尾崎豊とともに青春を過ごした、愛すべきものすべてに。

ハイレゾ音源が、あのときの気持ちをきっと呼び覚ませてくれるはずです。

source: 大人のソニー

(三浦一紀)