ザハ・ハディド氏、死去。彼女の存在が変えていくこれからの建築

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彼女の存在は今後もこれからの建築に影響を与えつづけるでしょう。

新国立競技場の初期デザイン案で知られるザハ・ハディド氏が心臓発作のため米フロリダ州マイアミの病院にて死去したと、英BBCが報じました。世界中にプロジェクトを抱える彼女はまだ65歳でした。

イラク出身のザハ氏は、女性として初めて建築界のノーベル賞ともよばれるプリツカー賞を受賞した建築家でした。また、今年の2月には優れた建築家に送られる英国のロイヤルゴールドメダル(Royal Gold Medal)賞も受賞しています。こちらも女性個人での受賞は初。そんな彼女の建築スタイルは従来にない曲線を多用したもので、見るものを圧倒してきました。日本で彼女の新国立競技場が実現することはありませんでしたが、世界中には数多くの作品が存在します。ロンドン五輪で使われたアクアティクス・センター、香港工科大学のジョッキークラブ・イノヴェーション・タワー、ローマの国立21世紀美術館...挙げていくときりがありません。

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アクアティクス・センター image by Ron Ellis / Shutterstock.com

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ジョッキークラブ・イノヴェーション・タワー image by e X p o s e / Shutterstock.com

巷では「アンビルトの女王」と呼ばれることもありましたが、それも過去の話。ドローイングでしか描かれることのなかった作品は、コンピューター技術の進歩とともに、着々と実現するようになりました。こちらは、彼女が世に知られるきっかけとなった1982年の設計案「ザ・ピーク」のドローイング。

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このような彼女の頭の中にだけ存在した革新的な建築の数々が、21世紀に入りやっと現実の世界に建設されはじめたのでした。新国立競技場もそのひとつで、あの屋根を支える大きなアーチは現代の構造解析やモデリング技術なくして成り立つものではありません。半世紀前、建築家丹下健三氏が吊り屋根方式によって、内部に柱のない大空間を代々木第一体育館で実現しましが、ザハ・ハディド氏はそれを上回る大空間を新国立競技場で実現しようとしていました。彼女の作品は見るものを圧倒させるだけでなく、我々の世界の限界を常に取り払っていくものでした。彼女の功績は若手の建築家にも影響を与え、今後は彼女に代わり挑戦的な建築を世に送り出すことでしょう。

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丹下健三氏による代々木第一体育館 image by Sira Anamwong / Shutterstock.com

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ザハ・ハディド氏による新国立競技場初期デザイン

そんな新国立競技場のデザインですが、コストや景観の問題が指摘され最終的には日本政府により白紙撤回されました。しかし、その後もザハ・ハディド氏はいかに彼女の案が、あらゆる面において合理的であるかを説明し、短期間で新たにデザインをやり直すリスクについても警告し続けていました。そして、新国立競技場の問題は建築界の枠を超えて議論を巻き起こし、今までわたしたち個人が考えることのなかった建築と都市の問題に目を向けるきっかけとなりました。ザハ・ハディド氏はわたしたち以上に2020年の五輪のこと、そして未来の日本を考えていたのかもしれません

数十年後の未来で今日の都市について語るとき、間違いなくザハ・ハディド氏は今私たちが現代建築に多大な影響を与えたと称えるル・コルビュジェのような存在としてあげられることでしょう。彼女のご冥福をお祈りします。

ザハ・ハディド氏の功績については彼女が率いた設計事務所Zaha Hadid Architectsのページでまとめられています。

source: BBC

(kazoomii)