本来100円もしないエピペンが6万円超えっておかしいだろ。Mylan製薬に怒り拡大

エピペンが6万円超え。Mylan製薬に怒り拡大

途上国では100円もしないエピネフリン*。

それが主成分の「エピペン」が、2007年の約6,000円から今年6万円以上に値上がりし、「いい加減にせえや!」と、Mylan(マイラン)製薬がアメリカでだいぶ吊し上げられてます。

「子どものエピペンか住宅ローンか」で新学期を前に親が頭を抱える中、Heather Bresch CEO(上院議員の令嬢)の報酬は2007年の約2億5000万円から20億円弱に膨れ上がってウハウハなことが報じられ(トップ画像)、エピペンを死ぬほど買わされている親たちの怒りに油を注いでいますよ。

エピペンは、蜂の毒や食物で起こる急性アレルギー反応の「アナフィラキシーショック」が起きたときにブスッとやるだけで応急処置できる便利な薬。

自分も中華料理屋のピーナッツで急患に運ばれた経験者なのでわかるけど、アナフィラキシーショックは確かに怖いものです。しかし、死亡に至る最悪のケースは極めて稀でありまして、たとえば1999年から2009年の米国内の死者数は年間186~225人でした。ぶっちゃけ食べ物のどに詰まらせて死ぬ人(年間約4,800人)よりずっと少ないんです。

でも同社は「今の顧客200万人~250万人より、潜在リスクを抱える人は遥かに多い」(2011年10月、CEO発言)とか言って、当時もう市場の98%を独占していたんですけど、アメリカ食品医薬品局(FDA)の政策変更で配布対象を広げ、2013年には全米の学校に配布し、人気女優サラ・ジェシカ・パーカー(アレルギーの息子を抱える愛用者)をキャンペーンに起用。

それやこれやの政府ぐるみの運動で、Merck製薬から部門を買収した2007年には年商約2億ドルだったエピペン事業を、年商約10億ドルのビジネスに拡大したのであります(ブルームバーグ調べ)。

エピペンはもう特許も切れているので、みんなさっさと似たような薬つくってこの(研究開発ゼロなのに天井知らずのワケのわからない)値上げを止めてくれよって思うんですけど、競合はほぼ不在です。唯一それに近かったのが「Auvi-Q」ですが、ここは1年近く前に処方量ミスでリコールとなって消え去りました。同じ成分で後発医薬品を売ろうとした「Teva」には今年FDAの認可がおりず、再申請は来年以降に持ち越されました。どんだけ政治力強いんだ!

エピペンみたいな古参の製品が市場を独占しちゃったら、もうやることは決まってますよね。値上げと販路拡大です。

アメリカの場合、高い保険に加入していればエピペンは2本1組30ドル(約3,060円)で買えます。しかし安い保険の人は値上げに続く値上げで今や自己負担金が150~400ドル(約1万5300~4万800円)。しかも「家、学校・職場、車に1本ずつ」常備するよう推奨されているうえに、せっかく揃えても1年で使用期限が切れる! また買い足さなきゃならない!という泥沼。

とうとう「独占的立場を悪用している」と、アレルギー症の娘を抱えるミネソタ州選出Amy Klobuchar上院議員が公聴会と連邦取引委員会(FTC)の調査を求める声明を発表し、ヒラリー・クリントン大統領候補も「法外な値上げ」と同社に値上げの説明を求めて、Mylan製薬株が下落。アメリカ全体で怒っているというわけです。

10億ドルの巨大ビジネスにしたのは政府と議会とタレント

まあ、しかし、元をただせばエピペンをこの数年でここまで広めたのは当の議会なんですよね。

2013年、オバマ大統領は「School Access to Emergency Epinephrine Act(学校での救急エピネフリン投与を認める法案)」に署名し、新法が成立しました。珍しく民主・共和両党が一致団結し、上記のKlobuchar上院議員も推進者に名を連ねた法案で、新法成立当初は「子どもの命が救われる」とオバマ大統領(娘がピーナッツアレルギー)も上機嫌でした。

この新法でエピペン事情は2つ変化しました。

まず1点目。公立校でエピペンを使って被害が起こっても、善意による投与である限り、投与者に責任は問われないと定めたこと。これで取り扱える人がそれまで救急救命士と保健の先生だけだったのが、一般教員にまで拡大しました。

2点目は、それまでエピペン持参の児童だけが投与の対象だったのが、学校にエピペンを常備して全児童で共用してもOKになったこと。常備する学校には政府の補助金も交付されることになりました。

みんな良かれと思って進めた善意の新法。全学校に行き渡った辺りから独占企業が値上げをここまで大胆にやるとは誰も見通していなかったようです。まあ、アメリカ学校管理職協会(AASA)なんかは新法に最初から反対でしたけどね。高過ぎる、そんな1年で有効期限が切れるものに金払えるかって。今となっては彼らの主張は正しかった…。

Mylan製薬は学校に無料でエピペンを配布するプログラムもやっているので、「有効期限が切れたあとも無料で何年間か配布を続けるんですか?」とメールで取材してみたんですが、その質問には答えず、こんな概要案内が返ってきただけでした。

「EpiPen4Schools®事業が2013年に始まって以来、当社は70万本以上のEpiPen®を無料で配布してきました。プログラムには全米の学校の約半数におよぶ6万5000校が加盟しています」

前からエピペンを常備してる人はたぶん気づいたと思いますけど、エピペンって2010年ぐらいからパック売りになったんですよね。あれは政府FDAが2010年にガイドラインを変え、エピペン(エピネフリンが0.3mg入ってる)は2本1組で処方しなきゃならないルールにしたためです。それでバラ売りがゼロになりました。

もうひとつの大きな制度改正は何か? FDAは2008年に販売対象を大幅に拡大してるんですね。従来はアレルゲンでアナフィラキシー反応が出た人だけだったのが、アナフィラキシーの発症「リスク」がある人にまで売っていいことにしたもんだから、ドワッと消費が拡大したんです。

これについてFDA広報のTheresa Eisenmanさんはメール取材にこう答えています。

「エピペンのラベル表記の改正が承認されたのは2008年です。エピペンの用途は生死に関わる状況(循環/気管が詰まるアナフィラキシー反応など)を防ぐこと。発症の状況は幅広く、医師による臨床的判断が欠かせません。エピペン使用のゴールは症状の拡大を阻止することにあります」

息子のピーナッツアレルギーについて語るサラ・ジェシカ・パーカー(今年5月)

今年5月にMylan製薬はピーナッツアレルギーの息子をもつ人気女優サラ・ジェシカ・パーカーを旗振り役に起用し、アナフィラキシーの恐怖体験と対策プランをネットで共有する「Anaphylaxis for Reel™」という啓蒙キャンペーンもはじめました。

CBS番組「Doctors TV」(動画上)も「非営利団体」と間違って紹介していますけど、これは別にチャリティ団体ではありません。Mylan製薬のキャンペーンで、食物アレルギーを抱える全米児童の5%がターゲット。目的はエピペンを売ることです。

なのに番組中、パーカーは一度もエピペンの商品名は出さず、「息子にはいつもエピネフリン自己注射薬を2本持たせてるわ。いつも、いつも、いつもよ」と普通名詞で紹介しています。でもまあ、1社独占なので、おんなじことですよね。番組を見た視聴者が医者に行って「エピネフリン自己注射薬処方してください」って言ったら出てくるのはエピペン。エピペン以外ありえないんです。

もう、エスカレーターとかホームシアターみたいなもので商標が普通名称化してて、エピネフリンでピンとこない消費者もエピペンと聞けば「ああ、あの気管が詰まるとき太ももにブスッと刺す注射ね」ってわかります。CEOが最近の決算発表で言ってるように、後発医薬品が出てもエピペンがむしろ儲かるぐらいの独走体制を築いてしまっているんですね。

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「Anaphylaxis for Reel」をPRするサラ・ジェシカ・パーカー

サラ・ジェシカ・パーカーの事務所にも取材したんですが回答はいただけませんでした(この原文記事公開後、批判の高まりを受けてパーカーはキャンペーンの契約を打ち切ることを発表しました)。

僕がエピペンを買うのをやめた理由

エピペンさえ打てば重度のアレルギー症状は治ると勘違いしている人もいるかもしれませんけど、FDA広報が言ってるように、エピペンは応急薬に過ぎません。目的は病院に辿り着くまで気管を空けておくこと。結局は医者による治療が必要なんですね。それに気づいてからは常備しなくなりました。馬鹿なことなのかもしれないけど。大きな都市に住んでるし、病院まで間に合わないってこともないだろうなーと。リスクとコストを天秤にかけて、そう判断したんです。

よくナッツ類の料理が出されて「アレルギーだ」って言うと、「同じ部屋にナッツあっても大丈夫?」って聞かれるので、「大丈夫、アレルギーが出るのは食べたときだけだよ」って言うと、みんなに本当かな~っていう半信半疑な顔されます。

でもこれはウソじゃなくて、空気感染でアナフィラキシーショックが起こるのって信じられないぐらいレアなんですよ。同じ部屋にピーナッツあったぐらいで発症してたら身が保ちません。

最悪、肌に触れても、アナフィラキシーショックまではなりません。重度のピーナッツアレルギーの児童30人の肌にピーナッツバターを塗りたくって15分置いて反応を確かめるっていう2003年の二重盲検プラセボ対照研究でも、27人は反応が出なくて、反応が出た3人も、軽くかぶれた程度だったそうですからね。

啓蒙キャンペーンも啓蒙し過ぎには注意しないと、食べ物でちょっと鼻水が出るぐらいの人まで本当に「全員常時携帯」しなきゃならないようなもの?って思っちゃいますよ。

「欧州全土はもとより諸外国へのエピペン製品と啓蒙にも投資と販路の拡大を図りたい」とCEOは語っているので、10億ドルの次は10億ユーロ? 2011年からエピペンに保険が効くようになった日本も市価の動きにはアンテナを張っていきたいですね。

* 非営利団体「Management Sciences for Health」が2014年に行なった調査では、エピペン成分のエピネフリンは一部途上国で1mlあたり1ドル未満でした。エピペン1本には1mlの約3分の1しか含まれていません。

top image: NBC

Matt Novak - Gizmodo US[原文

(satomi)