脳科学者・藤井直敬に聞く「VRの世界で、人は服を着るのか?」

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脳科学者・藤井直敬に聞く「VRの世界で、人は服を着るのか?」

深く、そして刺激的な90分でした。

いまもっとも注目すべきテクノロジーが「VR(仮想現実)」であることは、もはや疑いようのない事実。2014年3月にはFacebookがヘッドマウントディスプレイを開発するOculus社を巨額資金で買収して話題になりました。米金融大手ゴールド・マンサックスのレポートによれば、世界のVR/AR(拡張現実)市場は2025年には約9兆円規模になると見込まれています。

でも、そうしたVR関連のニュースをいくら読んでも、VRというテクノロジーが人々の生活をどのように変化させるのかは意外と語られていません。というか、ぼくたちが本当に知りたいのはそこだったりするわけです。

そこで、仮想現実空間を手軽に体験できるダンボール製のヘッドセット「ハコスコ」を開発した脳科学者・藤井直敬さんにインタビューを行ない、もっと身近で生活に関係のあるテーマを通して「VRとはなにか?」について聞いてきました。

今回のテーマは「VRの世界で、人は服を着るのか?」。本テーマは、ユニクロが制作した動画をヒントにしました。

ユニクロは動画の中で「服とはなにか?」「なぜその服を着るのか?」と問いかけ、ユニクロが掲げる「LifeWear」というコンセプトが、ファッションの側面だけでなく、機能、品質、肌触りなど、あらゆる視点から「生活をよくするための服」を目指していることを伝えています。

わたしたちはなぜ服を着るのでしょうか──。

ユニクロからの問いかけは、VRやARが発展した未来では、もはや現実社会だけの話ではありません。バーチャルの世界で過ごす時間がどんどん増え、起きている時間の半分以上はVRに没入している、そんな未来がもうそこまで来ているのです。

ぼくたちは来たるべきVRの世界で、果たして服を着るのか?

経営者であり脳科学者でもある藤井さんの話を聞きながら、みなさんもVRの世界に想像をめぐらせてみてください。

脳科学者・藤井直敬に聞く「VRの世界で、人は服を着るのか?」1藤井直敬:
1965年広島県生まれ。2008年より理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チームリーダー。医学博士。株式会社ハコスコ代表取締役。主要研究テーマは、適応知性および社会的脳機能の解明。著書に『つながる脳』(毎日出版文化賞)『拡張する脳』『ソーシャルブレインズ入門』などがある。

自由度が高いほど、人は疲れてしまう

──VRの世界での「服の役割」はどうなると思われますか?

現実世界での服を考えると、まずは「機能」が求められます。寒さから体を守ったり、肌を清潔に保ってくれたりと、服という存在は自然と人間の関係をやわらげてくれています。服にはそうした機能としての役割がはじめにあり、次に他人からどう見られるかという「記号性」が重要になってきます。

もちろんVRの世界では「機能性」を考える必要はありませんが、ぼくは現実世界でもバーチャル世界でも、人々の身に着ける服がそこまで大きく変化するとは思っていません。

脳科学者・藤井直敬に聞く「VRの世界で、人は服を着るのか?」2

──しかし、バーチャル空間では現実的でないファッションも可能になります。服の機能性は考えなくていいわけですし、重力を無視した服を着ることもできます。

そうですね。好きなカツラをかぶってもいいし、背中に象を乗せて歩いてもいい。

──そういうことができる世界でも、人は現実と同じ服をチョイスするということですか?

結果的にはそうなると思います。だって、世の中にSF作品はいっぱいありますが、変な服を着ているのって「スタートレック」ぐらいですよ。

──ジャンプスーツみたいなやつですね

ファッションというのは「他者に対するメッセージ」の役割が大きいので、外にいるときはそれがより強調されます。VRの世界でどんな服を着るかについては、未来のわたしたちがどんな服を着ているかに置きかえるとよくわかります。

例えば、イラストや柄が自由に変えられるTシャツが開発されたとします。どんな柄にでも思い通りに変化してくれます。それがユニクロから販売できるぐらいの値段になったとして、誰でも簡単に購入できたとする。そんなTシャツをあなたが持っているとしたら、毎日どんな柄を身に着けたいと思いますか?

──うーん、そうですね。でも、そこまでなんでもできるなら、逆にシンプルな服でもいいような気が…。

それはとても自然な考え方だと思います。なんでもできるというのは、無限にあるものから自分の価値観でなにかを選ばなければいけないので、本当はすごく面倒なことなんです。ファッションを通して常に自分のメッセージを発信したい人にとっては刺激的なTシャツかもしれませんが、大多数の人からすれば、そういう過剰なメッセージのやり取りはただ疲れるだけなんです。

それはバーチャルの世界でも同じことで、どんな服が着られるからといっても、実際には現実と同じになるか、むしろよりシンプルな服を選ぶような気がします。

脳科学者・藤井直敬に聞く「VRの世界で、人は服を着るのか?」3

VRやARはいずれ統合される

──あらゆることが可能なバーチャル世界において、現実と同じような服を選ぶというのはちょっと意外でした。

人がなにかの服を着るとき、そこには文化的ルールが存在します。どこに行くか、誰に会うか、どんなシチュエーションかによっても選ぶ服は変わってきます。

仮にバーチャルの世界が存在するとしたら、最初はみんなが好き勝手な服を着るかもしれません。しかし、バーチャルが世の中に普及すればするほど、そこは日常のワークスペースに変化するわけですから、どこかのタイミングで「社会性」というものが持ち込まれてきます。この服では相手に対して失礼じゃないかとか、大事な場面で背中に象を背負っている人がいたら、さすがに「その象を下ろしてもらえませんか」となるわけです。

──かなり目障りですからね。

人と人がつきあう世界である以上、ぼくは現実世界とバーチャルの世界で服を変える理由があるとは思えません。現実世界と同じように「人を不快にさせない」といった社会性が入ってくる以上、結局は現実と似たようなファッションが浸透すると思います。

ただし、誰もアクセスしないようなクローズドなスペースはかんたんに作れるわけですから、そういう場所で好き勝手にすることはできますけどね。

──現実とバーチャルってすごく乖離した世界だと思っていましたが、本当は似たような世界ということですか?

一般的なVRのイメージは、現実世界という「A地点」とバーチャル空間の「B地点」が存在し、AからBへ瞬間的に移動するものだと思われています。しかし、本来のVRとは現実とバーチャルの区別がつかない、そういう技術であるべきだと思っています。

ぼくらが本物そっくりなCGで作成された空間にとばされたとしても、とんだ時点で嘘だとわかってしまう。それは虚構の世界であって、現実とは違います。本来のVRというのは、現実の延長で空間そのものが拡張するもの。だからヘッドマウントディスプレイ(HMD)を必要とする時点で、本当のVRとはいえないわけです。

一般の認識とは少し異なってしまいますが、現時点で本来のVRに近いのは、MR(複合現実)やARのほうだと思っています。HMDをつけて歩いているSF作品がひとつもないように、いまのHMDを中心に考えているVRの世界は未来の方向性としては違うような気がします。

──いまはAR、MR、VRといった呼び名がありますが、将来的にはすべての技術が統合されていくと。

呼び名はなくなっていくでしょうね。HMDをつけなくても、現実なのかバーチャルなのかわからなくなり、現実の中にいろんな情報がまぎれ込むような世界が、これから5年、10年ぐらいで少しずつ浸透していくと思います。

だって、スマートフォンも本当はものすごい超高性能なコンピューターですが、いまでは誰もこれがコンピューターとは思っていません。コンピューターやパソコンという言葉があまり使われなくなったように、すべてのことがスマホで完結できる時代になりつつあります。それと同じように、VRやARという名称は使われなくなっていくでしょう。

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VRとは現実にオーバーレイされた人工的なレイヤー

──バーチャルの世界と聞くと「セカンドライフ」や「アメーバピグ」といったアバターを操作するイメージでしたが、これから来るVRの世界はまったく別物になりそうですね。

これまでのアバターは、自分と一体のものではありませんでした。どちらかというと分身という感覚ですよね。しかし、これからのVRの世界ではアバターが自分と重なる存在になっていきます。社会的な属性が自分にオーバーレイされてくるので、現在アバターでしているようなことは、おそらくできなくなると思います。

アバターを使って勝手に人のスペースに入り込んで物を盗むなんてことはできないし、奇抜なファッションを着る機会も減っていくでしょう。バーチャルで発生した社会的なトラブルは、現実社会の自分が背負うことになるので、当然といえば当然といえます。テクノロジーがきちんと社会に実装されて、日常のぼくらの生活に役立つ技術に応用されるなら、それはアバターという方向ではないと思います。

──これからのVRが進む道は、現実との同一性にあると?

現実の延長、もしくは現実にオーバーレイされた人工的なレイヤーという考え方ですね。ただし、ひとつ問題があるとすれば、そういう世界が実装されたとき、「本当の自分自身はここにいる」という現実感を持つことがとても大切になってきます。

というのも、未来ではテクノロジーをまとって自分自身を加工できるだけでなく、目の前のものがフェイクという場面にもたくさん遭遇します。そのような世界でぼんやり生きていると、自我というものを見失ってしまい、自分が溶けていくような感覚に陥ってしまいます。いまでもネットやゲームの世界に依存しすぎて、精神を病む人がいるわけですから、未来ではもっと深刻な問題になっているかもしれませんね。

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この世が仮想現実であることは否定できない

──「この世はVR(仮想現実)である」というシミュレーション仮説について、藤井さんはどう思いますか?

本当にそこに存在するかどうかを確かめるには、実際に触れるしかありません。しかし、この世には触れることができないものもたくさんあります。「東京タワーの先端50cmは実在しない」と誰かが言ったとしても、それを否定するには誰かが登って実際に触るしかありません。VRが生活に浸透しはじめると、そういう曖昧な世界に突入するわけですから、この世がすべて嘘である可能性は常にあります。だって証明ができないのですから。

──ワクワクする一方、かなりややこしい世界になりそうですね。

人々の視覚はこれからどんどんハックされていきます。SR(代替現実)システムを体験するとよくわかりますが、どんな人でもはじめて自分の視覚がハックされた時は、世の中すべてが信じられないほどの衝撃を受けます。

現実が信じられなくなり、すべてを疑いはじめると、人は恐怖で身動きができなくなります。地面が存在しなかったらどうしようとか、目の前で話しかけてくる人は偽物かもしれないとか。ただ、ここからがおもしろくて、そうした現実とバーチャルの境目がわからない状態が続くと、人の意識には「ある変化」が生まれます。

──ある変化?

なにも信じられない状況が続いたあと、脳はすべてを疑うことをやめ、今度はすべてを信じ込もうとするのです。すべてを疑い続けることは、膨大なエネルギーと時間を必要とするので、脳にとってはコスパが悪すぎます。そこで疑い続けるよりも、信じてダマされるほうがいいと考え直す。つまり、人はすべてを信じることで生きていける、そういう生物といえます。

──人は、信じることで生きていける…。

それは小さい頃からいままで、現実世界が自分を裏切ったことがないからなんです。現実にあるものに触れて、存在しなかったということがこれまでは一度もなかった。だから信じても差しつかえない、という感覚が人には残されています。

これからの未来で大切なのは、すべてを疑ったあとに来る「すべてを信じる」というフェーズでしょう。それは、自分自身と世界との関係性を意識的に再構築するプロセスです。

これからの世代は大人へと成長していく過程、おそらく20歳ぐらいでもうひとつの成長ステージが現れ、世界と自分のかかわり方を考え直す時間が必要になると思います。それは新しい人の進化にも通じる話かもしれません。人の見た目はいまとまったく変わらないと思いますが、ぼくたちは常にテクノロジーの鎧を着ている、そういう未来になるわけですから。

インタビューを終えて

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インタビューに同席してくれた藤井さんの愛猫、いずちゃん

VRと聞くと「現実とは違う別の空間」をイメージしてしまいがちですが、藤井さんの話では、テクノロジーが進化した未来では、バーチャルは現実世界にオーバーレイしてくると予測していました。

そうした世界では、どれだけ自由なファッションが可能だとしても、人の社会性が大きく影響するため、現実と変わらないか、もしくはよりシンプルになるだろうという見解も、話を聞いているとなんとなくそうなりそうな気がしてくるから不思議です。

ユニクロが伝える「LifeWear」というコンセプトは、一日中VRに向き合うような未来でも通じる思想なのかもしれません。

source: ユニクロ

(稲崎吾郎)