アップルのテクニカルサポートにかかった最初の電話の中身

    アップルのテクニカルサポートにかかった最初の電話の中身

    Computer Shopper』のStan Veit初代編集長が書いたApple誕生当時の秘話が話題です。第1話では、人類初(?)のAppleテクニカルサポートへの問い合わせ電話の中身も載ってます。受話器の向こうはスティーブ・ジョブズ本人

    1983年から5年以上編集長だったVeit氏の元にジョブズから電話がかかってきたのは、編集長がNYに出したコンピュータショップが大評判になった頃の話です。編集長の友だち2人が自社の新型コンピュータを買って(1人は50台!)ディーラーになり、その2人から連絡先を聞いたと伝え、とにかく一度でいいから自分とこの素晴らしいコンピュータを見てやってください、と早口でまくし立てたそうです。「insanely great(めちゃくちゃすごい)」と言ったはどうかは分かりませんけど、編集長も友だちが選んだものなら間違いないだろうということで、「よし、送れ」と気安く応じたんです。

    すると翌日さっそくFedExが到着。なんと500ドルの代金引換払い(C.O.D.)です!

    さすがの編集長もこれにはやや引いたようですが、その場は払って受け取り、技術に一番詳しい部下の一人、デイブに渡しました。

    編集長 : はい、これ見てやって。後で感想教えてね。デイブ : なんですか、これ?編集長 : コンピュータだよ。「Apple I」。デイブ : 何言ってんですか、コンピュータって、あのちっちゃい箱に全部? またまた~!

    これが史上初のアップルコンピュータ「Apple I」です。その極小ぶりに驚きつつも、Dave君は箱を持って消え、後でレジからお金を抜いて家電屋からワイヤとビデオモニタを調達してきました。いじくり回してセットアップを終え、編集長を呼びました。映っているのは黒い四角だけです。

    デイブ : ほら! 動きますよ。編集長 : これで何ができるんだい?デイブ : なんにも! キーボード必要みたいっすね。調達してきます。(自前のSWTPCのキーボードをもってきて回路を調べて繋ぐ)デイブ : やっぱ動きません。先方に電話で問い合わせた方がいいですよ。

    そこで編集長は紙にあった電話番号を回し、「スティーブに代わってくれ」と頼みました。

    若い男 : どっちの?編集長 : 早口で喋る方さ若い男 : ああ、スティーブ・ジョブズね。少々お待ち下さい。

    キーボードが使えないと伝えると、ジョブズは言いました。

    スティーブ : どんなキーボードをお使いですか? Southwest? いやあ、あれじゃ動きませんよ。ひとつ、いいの送ります。ソフトウェアも一緒に明日。

    また代引きで翌日FedEx送ってこられたんじゃ堪りません。時間はたっぷりあります。でも編集長が「ちょっと待て」と言った時にはもうスティーブはいなくて、翌日ピューンと得意のFedEx代引き(C.O.D.)60ドル分の小包みが届きました。中身は小さなプラグインの回路基板で、上にチップ2つとカセットがついてます。またカリフォルニアのスティーブに電話すると…

    スティーブ : キーボード届きました? 最高でしょ! いっぱい買うんで、これからもっと安くなりますよ。ちっちゃい基板…ああ、そーそー、あれはカセットインターフェイスです、チップ2個だけの。ウォズが発明したんです。1200 baudで動きますよ。すごい、ゼッタイ気に入りますって。ソフトウェアは「Game of Life」です。

    と一息で捲くし立てるので、編集長はそのまま受話器を置きました。

    結果は大満足で、言った通りに動きます。編集長はちょうど米国計算機学会(ACM)のNY支部に他のディーラーと一緒にデモに招かれてたんですが、仲間がみんな大型コンピュータを披露する中、急に気が変わって「Apple I」を披露し、大変な注目を集めました。

    翌週カリフォルニアの会議に出張するとジョブズが(ウォズの)姉妹の家に呼びつけて、「アップルはこれから大きくなるから1万ドル投資してくれ。株の10%あげるから」と持ち掛けました。ロン毛のヒッピーとその仲間を見ながら、「おまえに預ける1万ドルなどあるもんか!」と内心思った編集長ですが、口ではこう言ってました。

    編集長 : スティーブ、投資の金は全部自分の店につぎ込んじゃってるんだ。でも力になるよ。アトランティック・シティとニュージャージーで8月に大展示会があってブースを2つ予約してるんで、来てくれたら1つは無料で貸すからAppleコンピュータの宣伝したらいい。

    スティーブは却下にがっくりきたようでしたが、すぐ気持ちを立て直し、このオファーに飛びつきました。ブースは借りると高いし、ショーは既に完売だったのです。

    スティーブ : 会場までの運賃が集められるかどうか分かりませんけど、集まったらオファーに是非乗らせてください。ウォズもApple IIのプロトタイプ終わったばかりなので、それも彼が持ってってご覧に入れます。

    そのアトランティックシティのブースが写真の左下で、隣にいるのは編集長の奥さんDedeです。会場ではジョブズの穴だらけのジーンズを見かねて、編集長の義母が裁縫セットを取り出してその場で繕ってやりました。

    結果は大好評でしたが、まだ「Apple I」は1台も売れてなかったし、ショーの後には2人のスティーブで意見も割れました。ウォズはProcessor Technologyに技術を売ろうして拒まれ、ショーの評判で買収にきたCommodoreもジョブズに法外な値段を吹っかけられて撤回。ジョブズは自分で宣伝営業をやることに決め、その分野で高名なバレーのレジス・マッケンナとの面接に漕ぎつけ、マイク・マークラから投資を取り、ウォズはHPを辞めApple専従となり、1977年アップル法人化となるわけです。

    Apple Ⅱで人気がブレイクして暫くは編集長もNY一円の卸販売で潤ったのですが、アップルは契約をキャンセルしてボストンに配送センターを開き、編集長のライバルに卸しを任せ、その移行で品切れやロスが生じ、スティーブに直接連絡しても取り合ってもらえず苦い思いをします(5回目の後半)。

    最後は、1984年4月モスコーネセンターで開かれたApple IIc発表会の昼食会のシーンです。

    報道陣と著名人に昼食が供された。私はスティーブ・ウォズニアックの両親と一緒の席だった。自己紹介をして会話を切り出し、やがて、1万ドルでアップル株の10%をあげると言ってくれたスティーブ・ジョブズのオファーを蹴った話をするとみんな(勿体無さそうに)頭を横に振るという話になった。

    するとウォズニアック夫人は「気に病まなくていいですよ。ジョブズが小額の投資で株をオファーした相手は貴方が最初じゃないんですからね。あの子たち一度、プリント回路基板が必要なことがあって、その時はジョブズが回路基板を作る男の人に会社株あげるって話しだったんですよ。でも基板のお金は全部なんとか都合できたので、結局その男の人は1株ももらわず仕舞いでした。

    アップルが上場した時にはジョブズはアップル創業のため力を尽くした社員の何人かに株をやらなかったんです。彼らにはうちの息子が自分の割り当てから株をあげましたよ。そうじゃなかったら今ごろあの人たち、会社の立ち上げで何時間も働いて尽くした分の見返りが何一つ手にできなかったんです。貴方もジョブズにそのお金を渡してたら、株から貴方を遠ざける方法をきっと見つけてたと思いますよ」

    …アウチ! だいぶ訳してしまいましたけど、興味のある方は以下リンク先で全文どうぞ。

    Computer Shopper

    Jesus Diaz(原文/訳:satomi)

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    * UPDATE: 修正を反映しました、ご指摘ありがとうございます!

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