今回の次世代iPhone流出、アップルがあえてつかませたんだろうという見方もあります。
でも、アップルの広報はそんなやり方はしません。
もしこの件がアップルの仕込みだとしたら、アップルが広報戦略をまるっきり転換したことになります。アップルの広報のやり方はビジネス界誰もがうらやむもので、それをひっくり返すなんてありえないと思われます。これまでの努力を、ほとんどメリットないままムダにしてしまいます。次世代iPhoneは、わざと報道させるなんて手の込んだことをしなくても、発売されれば十分に話題になるはずですから。
リークではないことの裏付け、そして、リークでないことがなぜ大事なのかを続きでお伝えします。
アップルは世界有数の秘密主義の企業です。多くのバイスプレジデントがブログを書き、企業ツイッターが普及する中で、アップルは軍需産業並みに寡黙をつらぬいてきました。
アップルの広報と関わったことのあるジャーナリストに聞くと、口をそろえて言うのは「アップルは一番仕事しにくい相手だ」ということです。うまくいく場合でも神経質、テスト製品を借りるようなよくあることに対しても大げさな要望をしてきます。うまくいかない場合、ありがちなのは、アップルは依頼に対して何の返事もよこさないのです。
いったんアップルとうまくいくようになると、彼らはすごく良い人たちです。人間的で、思慮深く、協力的です。でも、うっかり彼らの気に障るようなことをしてしまうと、態度が一変します。それが彼らのやり方で、非常にうまくいっているのです。アップルに近づきたければ、彼らを怒らせてはいけません。この業界でアップル製品ほど注目されるものはないので、技術系の報道関係者はアップルのご機嫌を取り続けなくてはいけないのです。
(アップルは気に入らない媒体には広告を載せなかったりもします。ギズモードには、我々がジョブズの健康問題を報じて以来、広告を出していません。幸い、編集と広告の間の風通しが、完ぺきとは言えないまでも他と比べて良い会社なので、それによって編集方針が揺らぐことはありません。)
こうしたやり方が通用するのは、彼らが伝説的と言えるくらい秘密主義を貫いているからです。コミュニケーションを完全にクローズドにすることで、そこにアクセスできるジャーナリストに対して強い力を持つことができます。こうした力があるからといって、製品についての良いレビューばかり書かれるという保証にはなりません。でも、こうして情報源にすりよる「アクセス・ジャーナリズム」がジャーナリストの客観性を保つのに害がないといえばウソになるでしょう。
ジャーナリストにこの問題提起をすると、それは彼らが道義的または心理的に汚れているという指摘に聞こえるらしく、キレられることが多いです。ガジェット企業にプロトタイプを使わせてもらったり(借りるだけとはいっても)する立場としては、我々も自戒しなくてはいけないと思います。そういう恩恵を受けても、自分たちの記事が影響されないようにベストを尽くしていますが、まったく影響を受けていないとは言い切れません。
アクセス・ジャーナリズムが即、報道をだめにするというわけではありませんが、まったく無害とは言えないのです。
で、アップルはこのように力を持っています。それなのに、わざわざギズモードにプロトタイプをリークするでしょうか? この10年努力して得られたメディアに対するパワーを不意にするようなことをして、アップルにとってメリットはあるでしょうか? アップルが持っている、または持っていたパワーに匹敵するほどのメリットは思い当たりません。
今回の記事が、ちょうどHTC Incredibleのレビューと同じ日になったことで、競合製品から注目を奪う目的ではないかという意見もありました。なぜ同じ日になったのか? それは、月曜日だったから、ただそれだけです。いくらアップルがグーグルを恐れているからって、Android端末がまたひとつ増えるくらいでそこまで反応するはずはありません。
iPhoneはアップルのコア製品です。大事な赤ん坊のような存在です。それを、どちらかというとニッチなサイトであるギズモードにリークするというのもおかしな話です。(まあ、世にあるサイトの中で、もっともこういうネタを取り上げそうなのがギズモードである、という見方はできなくはないですが。)
アップルが次世代iPhoneをリークするビジネス的メリットは?
iPhoneや、iPadさえも、買い控えられる可能性すらあるのに? 僕自身、次世代iPhoneにフロントカメラが付くとわかってから、iPadを売ろうかと思っているくらいなのです。
たしかに、かつてアップルがメディアに対してストーリーを「食わせた」のではないかという疑惑はあります。たとえば、ウォールストリート・ジャーナルがiPadの価格が「大体1000ドル」という説を流したときなどです(僕が話をしたことのあるウォールストリート・ジャーナルの人たちはこれが事実だとは言いませんでしたが、彼らはあまり話してくれませんでした)。でもこれなら、まだメリットがわかります。あらかじめ「1000ドル」と言っておけば、実際の価格が安く感じられますから。
アップルのエンジニア、グレイ・パウエルさんの名前は、出さざるをえませんでした。既に米国の数多くのメディアが、今にも報道しようとしている動きがありました。また、公表することで逆にアップルでの職を維持することにつながるかもしれない、とも考えたのです。公表の仕方が大々的すぎたかもしれませんが、これにも理由があるのです。
この状況下で、アップルが、パウエルさんに制裁を加えるでしょうか?パウエルさんは生身の人間、まだ若者です。これから先、少なくとも当面は、テック史上に残る失敗談とともに生きなくてはならないのです。アップルは厳しい会社かもしれませんが、そんな彼を解雇したりするほどではないと思います。
アクセス・ジャーナリズムへの解毒剤は、アップルや他の技術系企業と同じように、ストーリーを冷徹にコントロールすることだと思います。別にジャーナリズムとか、自由とかいう名目で飾る必要はなくて、ただギズモードのようなブログメディアをやっていると、こんな考え方をするようになります。
アップルが公開する前にiPhoneを公開するのが不適切、という立場をとるなら、それはアップルが自社製品のニュースをコントロールすることを是認することになります。その考え方を否定するわけではありません。でも、だとするとギズモードも他の報道機関も、企業から与えられる情報を右から左に流せば良い、ということになります。
今回の件がリークだと思うのは偏った考え方だと思います。また、そうした考え方は、アップルが報道をコントロールして良いとする立場につながります。そう思う人たちはきっと、アップルの作戦はつねに完ぺきだと思いたがっているのです。でも、どんなに綿密に練られたプランでも、たった一人の失敗で、崩れてしまうことがあるのです。
Joel Johnson(原文/miho)